「トヨタ産業技術記念館」 に対する検索結果 : 94

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インドの紡車・チャルカ

綿織物はインダス文明で生まれました。インドでは、当初は糸を紡錘で紡いでいましたが、やがて紡車チャルカが発明されました。チャルカがヨーロッパに伝えられたのは、14世紀ごろと言われています。年代:13世紀頃

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グレートホイール

14世紀にインドからヨーロッパに伝わった紡車は、主に羊毛を紡ぐために使われました。繊維長の長い羊毛を効率よく紡ぐために、全体に大型で「グレートホイール」と呼ばれました。年代:14世紀頃

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サクソニー紡車

以前の紡車は撚りかけと巻取りは別々の作業でしたが、サクソニー紡車はフライヤー機構によりこの2つの作業を同時に行えるようになりました。この機構は現在の紡機にも引き継がれています。15世紀末ごろ、ドイツのザクセン地方で亜麻用に普及したためにこの呼び名があります。年代:15世紀頃

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ジェニー精紡機

1764年、イギリスのハーグリーブスが発明。一人で複数の紡錘を操作できるようにした機械です。ジェニー精紡機は人間が手加減しながら動かす機械で、従来の手紡ぎと同様に農家の家内工業用に普及し、多錘化により大いに生産性が上がりました。しかし、これを改良したミュールに取って代られました。また、日本には輸入されませんでした。展示機は大英科学博物館所蔵の1770年製ジェニー精紡機をイギリスで複製したものです。

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ウォータフレーム精紡機

1769年イギリスのアークライトが発明。初めから水車の動力で動かす工場用の機械として設計されました。その原理は、順に回転が速くなる3組のローラによって粗糸を連続的に引き伸ばし、それをフライヤーで撚りをかけながら巻き取るものです。世界で最初に成功した連続多軸紡機です。ローラドラフトの原理と紡錘の駆動装置は、現在の精紡機に受け継がれています。展示機はイギリスマンチェスター科学産業博物館に保存されているものをベースにイギリスで複製したものです。

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アークライトのカード

1775年イギリスのアークライトは、混打綿から精紡工程までの機械化に成功しました。その中で、綿の塊をほぐし繊維の方向をそろえる工程を梳綿といい、回転するシリンダの表面に針金を植えつけ、繊維の塊から連続的に繊維をくしけずるように動力で動かすしくみになっています。展示機はイギリス大英科学博物館に保存されている1775年製のカードをイギリスで複製したものです。

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クロンプトンのミュール精紡機

1779年イギリスのクロンプトンが発明。ミュールというのは馬とロバの合いの子という意味で、ジェニー精紡機とウォータフレーム精紡機の両方の特徴を取り入れたのでこの名があります。ごく細い糸でも紡ぐことができるようになり、19世紀初めの英国の綿紡績業で爆発的に普及しました。展示機はイギリスのブラックバーンミュージアムに保存されてるものをイギリスで複製したものです。

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梳綿機(ローラーカード)

絹紡紬糸紡績工程で、繊維を解きほぐし、繊維の方向をそろえて篠(太いひも状の繊維束)を作る機械で、精紡機や粗紡機の前工程の機械です。展示機は1896年イギリス、グリーンウッド社製で、1877年に絹糸を紡績する官営新町紡績所が開設され、その後民営化された三井新町紡績所に導入以降、2002年までカネボウ戸出(株)で稼動していたものです。

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自動ミュール精紡機

1830年、ロバーツが発明。加撚と巻取りを交互に行い、品質の良い糸を紡出できる精紡機です。日本には1867年に初めて鹿児島紡績所に輸入されました。熟練と体力を要し、リング精紡機に比べ能率が劣るので、綿紡績には1890年代以降リング精紡機に移行していきました。展示機は、1925年のドイツ、ハルトマン社製の紡毛用で、起工業高校で教材としていたものです。

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プラット社製練条機

機械後方のケンスより数本のスライバー(繊維篠)をドラフトローラによって引き伸し1本のスライバーにすることによって、スライバーの太さムラを少なくし、かつ、繊維の平行度を高めます。その後、スライバーはコイラーチューブを経てケンスへ収められます。展示機は1910年のイギリス、プラット社製です。

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