「三菱重工長崎造船所史料館」 に対する検索結果 : 64

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三菱製紙高砂工場向け1号タービン

昭和11年(1936)完成の本機は、三菱ツェリー式で初の単気筒2段抽気復水タービンであり、当時の2段抽気復水ター ビンとしては日本最大容量機である。53年有余の永きにわたり三菱製紙株式会社高砂工場の自家用発電設備として活躍した。出力3,000kW。運転開始: 昭和11年9月、廃止:平成2年(1990)4月。 年代:1936

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九州電力知名風力発電所向け風力発電設備の翼

上側の風車翼は昭和57年(1982)鹿児島県沖永良部島知名町に建設された風力発電設備のもので、翼は翼根部の固定 翼と先端部の可動翼からなり、可動翼にヘリコプターの中古翼を使用することによって、開発期間の短縮とコスト低減を計った。定格出力300kWは当時日本 最大で、風力発電の実用化に先駆的役割を果たした。展示品は、使用された翼3本中の1本で、翼の長さ16.1mである。運転開始:昭和57年11月、運転 終了:平成4年(1992)2月。なお、下側の風車翼は出力250kW用量産タイプのもので、全体がFRP製で翼の長さ14mである。また、手前の展示品 は250kWタイプのナセル部分で翼は3枚である。 年代:1982

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立神第2船台ガントリークレーンの鉄骨柱

長崎造船所立神船台に一部残っていた第2船台のガントリークレーンは、平成16年4月に大部分解体された。昭和11年 (1936)に設置されて以来、戦艦武蔵を始め数々の名船、名艦を建造し、とくに戦後は昭和31年から51年までに長崎造船所が通算で15回年間進水量世 界一となったことに貢献し、造船所のシンボルでもあった。展示品はそのガントリークレーンの一部である。 年代:1936

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史料館(旧木型場)

三菱重工業(株)長崎造船所史料館は、長崎造船所が日本の近代化に果たした役割を永く後世に残そうと、昭和60年 (1985)10月に開設。史料館に利用されている赤煉瓦の建物は明治31年(1898)7月、三菱合資会社三菱造船所の鋳物工場に併設の木型場として建 設されたもので、三菱重工業株式会社発祥の地長崎造船所に現存する最古の建物である。 年代:1898

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ハルデス煉瓦(こんにゃく煉瓦)

長崎鎔鉄所の建物・煙突・塀などに使用した赤煉瓦。安政4年(1857)頃、向島地区の窯で製造された日本最初期の赤煉 瓦。年代:1857年頃

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竣工間近い長崎製鉄所(銅版画の写真)

ポンペ著「日本における5年間」に掲載された、万延元年(1860)の長崎製鉄所の工場建設中の銅版画の写真。 この 翌年に長崎製鉄所が竣工した。 年代:1860

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創業100年を迎えた昭和32年(1957)の長崎造船 所(写真)

長崎造船所は、創業100年となる昭和32年(1957)、前年に続いて進水量世界一と なった。その後は昭和36年及び昭和40~51年と通算15回、進水量世界一となった。 年代:1957

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工部省時代の鬼瓦

明治12年(1879)に完成した第1ドックのポンプ小屋の鬼瓦で、工部省の「工」の字が入っている。長崎造船所は明治 4年から17年まで工部省所管であり、この頃は官営長崎製鉄所と言われた。 年代:1880年頃

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三菱マークの鬼瓦

三菱経営に移ってからの鬼瓦は、最初は細長い菱形を三つ組み合わせた三菱マークから、次第に正三角形を2つ合わせた菱形 になり、現在の三菱マークへと変化していった。 年代:明治中期

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文久元年(1861)頃の長崎製鉄所鍛冶職の人たち(写 真)

長身のオランダ人指導員(左端)と日本の鍛冶職人達の写真。長崎製鉄所の最初の工場が完成した頃 の写真で、日本人は全員チョンマゲを結っている。 年代:1861年頃

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