「神戸大学 海事博物館」 に対する検索結果 : 31

前の10件 (11-20/31)    次の10件

作り出し奉納額

薄い板を張り付けて船の形を表現した珍しい額で、絵馬に較べると奉納された地域が限定されている。極少数ではあるが船体の半分を作って板に取り付けたものもある。鍋屋正兵衛の銘あり。年代:文政7年(1824)

情報所有館 : 神戸大学 海事博物館 


板図

和船の各部寸法比率はほぼ一定していたため、船大工は板に側面図を画くだけで詳細な図面は作らなかった、使用済みの板図は削って次の船に利用したため、古い板図は余り残っていない。

情報所有館 : 神戸大学 海事博物館 


蒸気外輪船

明治時代に浮世絵や絵図の中に描かれた東京の蒸気外輪船「海運丸」年代:明治時代

情報所有館 : 神戸大学 海事博物館 


引札「琵琶湖汽船一番丸」

琵琶湖を走る外輪船「一番丸」を運航している会社が宣伝広告としての引き札(広告ビラ)。年代:明治時代

情報所有館 : 神戸大学 海事博物館 


引札

廻船問屋が顧客に配った引札で和紙に木版で印刷してある。店が独自に製作したものもあるが、絵だけを刷った紙に店の名前を追加する場合が多く、これもその一例。年代:江戸末期~明治初期

情報所有館 : 神戸大学 海事博物館 


船箪笥

和船船頭が重要書類などを入れていた。現在の手提げ金庫にあたる。高価なものは前面の飾り金具が美しい。蓋の内側に美人版画を貼ってあるのが面白い。年代:江戸末期

情報所有館 : 神戸大学 海事博物館 


和船絵馬

船主が建造時や購入時に航海の安全を祈ってあるいは無事帰着を感謝して奉納した舟絵馬は、現在でも多数残っている。この絵馬は同じ船主の船二隻を一枚に描いた例。年代:江戸末期

情報所有館 : 神戸大学 海事博物館 


和船模型「正直丸」

通常和船模型は神社等に奉納されたものが多く残っているが、山陰地方にはこの模型のように個人所有の小型模型が多い。但馬地方の船主は正月に床の間に持船を飾って航海の祈る習慣があり、そのための小型模型を正月船と呼ぶこともある。 これらの模型は写実的である必要はなく、見た目に美しく豪華に飾り立てればよいのである。この模型船体寸法は全長123cmに対して幅54cmと実際の船ではありえないような比率になっている。年代:江戸末期~明治初期

情報所有館 : 神戸大学 海事博物館 


水雷駆逐艦模型「曙」

明治32年英国ヤロー造船所で建造された。排水量345トン、長さ67.6m、2軸6000馬力、速力31ノットの新鋭艦であった。旧日本海軍が駆逐艦を初めて建造したのは、明治30年(1897)英国ソーニクロフト造船所、ヤロー造船所に各2隻発注したのが最初であり、この曙は、明治30年ヤロー造船所に発注された2隻のうちの1隻である。本模型は来歴などがないため、ヤロー造船所製か日本製かは確認できないが、初期の駆逐艦の装備を示す珍しい模型である。年代:明治30年

情報所有館 : 神戸大学 海事博物館 


鯨船模型「明神丸」

江戸時代後期には日本沿岸各地で盛んに捕鯨が行われた。紀州太地、土佐室津、長州青海島、五島などであった。当時の捕鯨は網取り法と呼び、鯨を網に追い込んで銛を打ち込み、勢いの弱ったところで鯨に泳ぎついて止めを刺した。この鯨を追い込む船を鯨船と称し、美しく彩色してこれに銛打ちの羽刺しが乗り、八丁櫓の快速で鯨を追った。 この鯨船は和船中では最も幅が狭く、舳も細くとがって速力も速かったから、捕鯨以外にも参勤交代の御座船に随行して伝令をつとめていた。 この模型は、長州捕鯨末期をしのばせるものである。年代:江戸末期~明治初期

情報所有館 : 神戸大学 海事博物館 


前の10件 (11-20/31)    次の10件