「高岡市鋳物資料館」 に対する検索結果 : 15

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鰐口(わにぐち)

鰐口は神社仏閣の堂前の軒先に吊るし、参詣者が綱を振り動かして打ち鳴らす金属製の道具。金屋町で作られ、元禄9年(1696)に金屋町の氏神様である有磯神社に寄進されたもので、初期高岡鋳物の鉄製品として制作年代が判明している最も古い作品。高岡市指定文化財。

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仁安の御綸旨(にんあんのごりんじ)

高岡鋳物師の祖先が河内の国(現在の大阪府堺市)に住んでいた時に下賜された鑑札で、金屋町の宝として秘蔵。内容は、鋳物師に対して全国に鍋・釜・鋤・鍬を販売することを命じ、そのため諸役を免除し全国通行の自由を保証したもの。高岡市指定文化財。

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金屋町絵図(かなやまちえず)

加賀藩二代藩主を退き高岡に移り住んで高岡に城下町を築いた前田利長公は、産業政策の一つとして高岡に招いた鋳物師たちに、原材料の運搬や火災の危険などを考慮して、千保川左岸に鋳物工場や屋敷地を与え、手厚い保護のもとに金屋町を開いた。

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高札(こうさつ)

加賀藩四代藩主・前田光高が、領内の鋳物師に対しての特権を再確認したもの。

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塩釜(しおがま)

かって能登の中居は鉄鋳物の産地として繁栄していた。加賀藩は能登地方で製塩をさせていたが、製塩に使う塩釜を中居の鋳物師が作っていた。ところが1800年頃から高岡鋳物が進出し、主力の塩釜ばかりでなく他の製品でも圧倒され、1924年には鋳造の歴史を閉じてしまった。

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鯡釜(にしんがま)

鯡釜は鯡の産地である北海道まで北前船で運ばれ、鯡肥料作りに使用された。水揚げされた鯡は海水を加えて煮、その後圧搾して魚油を分留する。〆た粕を発酵・乾燥させて窒素化し、耕作物の肥料としていた。

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鍋(なべ)

食物を煮炊きする鍋は大切な日用品だった。江戸時代に始まった高岡の鋳物も、初期の頃から鍋を主要製品として、昭和初期まで盛んに作られた。

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鉄瓶(てつびん)

湯沸し。火鉢による暖房の時代に鉄瓶は大変重宝され、火鉢や瓶掛けと共に盛んに作られた。

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鋤(すき)

農耕具。やがて鋤は鍛造品へと移行した。

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灯籠(とうろう)

仁平3年(1153)、宮中に悪霊が宿り天皇が大変苦しまれた。高僧の祈祷も効果が無い時に、河内国丹南郡の鋳物師が鉄灯籠を108基献上し、宮中を夜も明るくしたたところ天皇の容態が回復した。これがきっかけで河内鋳物師は天皇の保護を受けるようになったと伝えられる。

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