「紙の博物館」 に対する検索結果 : 30

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製紙会社のダンディロール

小野寺正敬図案、杉田藤吉作。320×395mm。製紙会社(後の王子製紙)で使用された、現存するわが国最古の漉き入れマークである。地球のマークに“大日本東京製紙會社”と、ローマ字で“OGI PAPER MILL,CO”と表記してあるのが注目される。小野寺正敬(1845~1907)は製紙会社の技術者。杉田藤吉は製紙会社の修理工であった。 年代:1876頃

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“PIONEER”すき入れダンディロール

径250×軸長1520mm。特種製紙の木炭紙(画用紙)の商品名“PIONEER“の文字入りで、昭和35年(1960)頃まで使用されていた。 年代:1956頃

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高圧遮断機

General Electric社製(アメリカ)。750×1125×995mm。明治41年(1910)の王子製紙苫小牧工場創設時に設置・使用されたH型特別高圧遮断器。電流300A、電圧45000V。 年代:1903

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“三越”のエンボスロール

径300×軸長2510mm。鋼鉄製のロールに(越)MITSUKOSHIの型が彫刻してあり、これに紙を押し付けることで、紙にエンボス模様をつけるもの。旧本州製紙富士工場で昭和35年(1960)頃まで使用されていたもの。

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段繰り機

明治42年(1909)井上貞治郎製。1320×2280×1300mm。聯合紙器の創始者である井上貞治郎(1881~1963)が綿繰りにヒントを得て考案・製作し、実際に使用していたものを改修復元したもの。鉄製の一対の歯車の間に黄ボールを通して波型をつけ、これを平らな黄ボールに貼りつけて片面段ボールを作った。これが段ボールの国産化の始まりで、「段ボール」という名称も井上が名づけた。 年代:1909

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パピールファブリック設計図

レーマン・ハートマン商会製(ドイツ)。1390×1025mm。設計図は縮尺1/100の機械配置図で平面図、側面図、断面図が記されている。パピールファブリックは明治6年(1873)にドイツの技術と機械により京都府が京都市梅津に設立した官営の製紙場。民間に払下げられて梅津製紙所となり、その後富士製紙、王子製紙、日本加工製紙京都工場と変わり、昭和46(1971)年に閉鎖された。 年代:1871

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抄紙会社創業時の図面類

渋沢栄一が明治6年(1873)に現在の東京都北区に設立した抄紙会社王子工場の設立当時の設備・機械のオリジナル図面。除塵機、水圧式エレベーター、紙料シュート用ドア、晒粉ミキサー全体配置図、駆動軸配置図、工場給水設備、ボロ裁断機の7点。(写真はボロ裁断機)全てイーストンス&アンダーソン社(イギリス)の製図であり、薄い織物製のトレーシングクロスにインキで書かれている。明治初期に外国人が指導して建設された工場のオリジナル図面がまとまって残っている例は稀であり、わが国の洋紙製造業発祥の証となる貴重な資料である。

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王子製紙会社略図

村井静馬画、綱島亀吉版。製紙会社(明治9年抄紙会社より改称。後の王子製紙)創業当時の工場内部を描いた銅版画。機械設備は全てイギリス製で、原料運搬用の昇降機はわが国最初の水圧式エレベーターである。 年代:1877

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明治初期の製紙会社の文書類

明治初期の製紙会社である抄紙会社、有恒社、パピールファブリックの販売日記、建築費、外国人との往復文書、製造機械類の記録である。

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三社合併仮調印書

昭和8年(1933)、王子製紙、富士製紙、樺太工業が合併し、シェア85%の大製紙会社が誕生したが、その前年の仮調印書である。藤原銀次郎、大川平三郎の署名がある。 年代:1932

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