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情報所有館 : トヨタ博物館 

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ブジョー ペペ Peugeot Bébé

フランスのプジョーも早くから大衆向けの小型車の開発に努め、1905年、年間400台も販売された画期的な大衆車、最初のベベを完成させていた。そのコンセプトにもとづいて1913年、エットーレ・ブガッティが設計したのかこのプジョー・ベベということになる。ユニークな機構や当時としては極端に小さなエンジンを備えたミニマムなオープン2座はフランスの大衆に自動車の楽しさと便利さを教えたことはいうまでもない。1916年までに3000台以上も生産されたのてある。 1913年


シボレー シリーズ490 Chevrolet Series 490

1916年、シボレーがフォード・モデルTと同じマーケットに送り出したモデル490は、明らかにGMのフォードヘの挑戦であった。490は独特な運転技術を要するモデルTの遊星ギアに対して、日常には使いやすい一般的な3段ギアボックスを採用してきたのである。さらに、OHVエンジンを搭載したこともあって整備性も格段に向上、着実にユーザーのハートをとらえ、1910年代の後半にはモデルTを脅かす存在になっていたのである。 1918年


エセックス コーチ Essex Coach

エセックスは、ハドソン社の小型車部門として1921年にスタートした。特色としては、当初からコーチと呼ばれるセダン型を主生産車としたことだが、標準型がまだホロ型であったその頃のアメリカ車では異例なことであった。しかし第1次世界大戦後から大衆の間で、あがりはじめたセダン型を望む声にいち早く、しかもホロ型に近い価格で対応したエセックスにいちばん脅威を感じたのはやはりフォードであろう。大衆車の高級化はすでにはじまっていたのである。 1923年


シボレー スペリア シリーズK Chevrolet Superior Series K

T型フォードに挑戦してたゆまざる改良を進めてきたシボレーは、よりパワフルによりスムーズにを目標にして、1925年にKシリーズを発表した。そして、2年後の1927年には生産台数でT型フォードを抜き、世界のベストセラーカーとしての地位を確立した。なお、この車はエセックスに次いで箱型ボディを大衆車ベースに導入できた事でも大きな意味を持っていた。 1925年


モーリス オックスフォード Morris Oxford

モーリスオックスフォードはイギリス人のための車づくりをめざしたモーリス社の創立者ウイリアム・モーリスによってつくられた小型大衆車。この車はエンジンなどの主要部品の外注により、製造コストを低く抑えて提供され続け、1913年から1923年までに約15万台生産された。また、個性的なラジエターから「ブルノーズ(牛の鼻)」と呼ばれ、広く親しまれた。 1913年


オースチン セブン(チャミー) Austin Seven "Chummy"

必要なものはすべて揃っているが、それ以外のものは何もない。つまりサイズこそ小さいが大型の実用車と同じ装備や機構を備えたオースチン・セブンこそ英国人にとってのフォードであり、まさに大衆のための自動車であった。1923年から39年までの17年間に約25万台も量産されたロングセラーとしてその信頼性が高く、わが国へも上陸。戦前のオールドダットサンとともに親しまれた。 1924年


シトロエン 5CV タイプC3 Citroën 5CV Type C3

「フランスのフォードでありたい」アンドレ・シトロエンの言葉である。彼は創業当時から量産方式を採用、大衆車メーカーを目指して生産を開始した。1922年、大型車の機能と構造をそのままスケールダウンしたヒット作であるタイプC、通称5CVを送り出す。個性的なボートテールからわが国ではセミと呼ばれ、翌'23年にはホイールベースを延長して3人乗りのC3に発展。さらに実用的なものとなったのである。この5CVがフランス大衆車の母体であることはいうまでもない。 1925年


フォード モデルT Ford Model T

モデルTが火をつけたモータリゼーションは急激に発達、人々のニーズも時代とともに変わっていった。もちろんモデルTもそれに応えるべく、ボディバリエーションを充実させるなど絶えまない変化を続け、'20年代半ばには、対シボレーを考え、バルーンタイヤやメッキグリル、ボディカラーも選べるようになっていった。しかし時はすでに遅く、大衆のなかで生き抜いた偉大なモデルTも、時流に一歩遅れをとり、1927年5月26日を最後に生産を中止されることになった。 1927年


フォード モデルA Ford Model A

モデルAの登場は、1927年の10大ニュースにランクされるほどの一大センセーションを巻き起こした。モデルAも実用車という観点においてはフォードの姿勢を完璧につらぬいているが、すべてがまったく新設計のモデルだったのである。大きな変更は、ギアシフト方式の3段トランスミッションや4輪ブレーキなどがあげられるが、エドセル・フォードが採用したスタイリングは上級モデルであるリンカーンに習った魅力的なものとなったのである。 1928年


シボレー コンフィデレイト シリーズBA Chevrolet Confederate Series BA

1920年代、フォードとの闘いは激化していた。フォードは'27年にモデルAを発表、シボレーも'29年から主力車種に6気筒をつみ込んで対抗した。こうした実用車の八イグレード化のなかにあって1932年のシボレーは、キャデラックV16をスケールダウンしたような豪華なスタイリングを特徴とした。もちろん、インテリアに至るまて美しく化粧され、装備も充実。大型高級車と違うところはそのサイズのみで、“ベビーキャデラック”の愛称で人々に親しまれた。 1932年


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