「トヨタ博物館」 に対する検索結果 : 117

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イソッタ・フラスキーニ ティーポⅠ Isotta-Fraschini Tipo Ⅰ

イタリアの伝説的な最高級車イソッタ・フラスキーニは、4輪ブレーキ(1910年採用)やSOHC8気筒エンジンの先駆者として、またモータースポーツでの活躍も目覚ましいものがあった。このタイプⅠは1907年にはコッパフローリオを勝ち取ったほか、1908年のタルガフローリオで勝利を飾るなど、多くの栄光を残している。また、英国のアストン・マーチンもここから生まれ、若き日の工ンツォ・フェラーリやアルフィエーリ・マセラーティもここのドライバーを経て、巣立っていったのである。 1908年

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トーマスフライヤー モデルL Thomas Flyer Model L

1902年から2気筒小型ラナバウトの生産をはじめたトーマス社は、当時のアメリカでもっとも有名で大きな自動車メーカーのひとつであった。1905年からは4気筒40/50HPや6気筒60HPのシャシーでレースアバウトからリムジンまでさまざまなモデルをつくったことでも有名である。なかでも展示車両6気筒Lモデルは、やや小型かつ比較的安価なことから非常に人気があった。しかしトーマス社を一躍有名にしたのはモデル35・フライヤー6気筒72HPがニューヨーク~パリレースで優勝したことであろう。この時、ウラジオストックヘ渡る途中わが国を経由した事実も興味深い。 1909年

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イスパノスイザ アルフォンソ ⅩⅢ Hispano-Suiza Alfonso ⅩⅢ

スペイン王室とも深い結びつきを持ち、多くの伝説に彩られるイスパノスイザは想像を絶する豪華車でも有名だが、第1次世界大戦前は積極的にレースヘ参加、1910年のクープ・デル・アウトで初の勝利を手にした。このプロトタイプはタイプ15Tと呼ばれ市販されるが、第1号車をスペイン王アルフォンソ13世に王妃が贈り物としたことから“アルフォンソXⅢ”の名で知られるようになった。しかも、レーシングカーをデチューンして生まれた優れた性能や軽快な操縦性から、史上初のスポーツカーともいわれている。 1912年

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スタッツ ベアキャット シリーズF Stutz Bearcat Series F

スタッツはアメリカのスポーツカーを語る上でなくてはならない存在である。1911年の1号車からインディアナポリス500マイルレースに出場。その直後に送り出した市販車からスポーツタイプだった。なかでも、多くのレースで勝利を収めたスタッツでもっとも有名なモデルが、1914年に発売されたペアキャットであろう。ベアシャシーの上にバケットシートと枕型のガソリンタンク、スペアタイヤを備えただけの風防すら持たない、簡素かつ野性的なロードスターは人気が高く、1925年まで生産は続けられた。 1914年

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サンビーム グランプリ Sunbeam Grand Prix

第1次大戦中は軍の高官用自動車をつくっていたサンビームも、終戦と同時にツーリングカーの生産もはじめた。とくにレース活動では進歩的なツインカムをいち早く採用したことで脚光を浴びた。1922年にはブルックランズで時速215.25kmの驚異的なスピード記録を樹立したほか、1923年になると有名な3リッターツインカムでスペインGPに優勝するなど、スポーツカー王国イギリスの基礎を築いたのである。1922年のストラスブールGPのために4台だけ製作されたこ2リッターGPもツインカム機構や前輪ブレーキを備えたGPマシンとして戦闘能力の高いモデルであった。 1922年

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ブガッティ タイプ35B Bugatti Type 35B

エットーレ・ブガッティの作品のなかで、もっとも有名なタイプ35は量産レーシングスポーツとして大成功を収め、世界中を驚嘆させた傑作である。それはエットーレの独創性から生まれ、レーシングカーの持つ機能美を徹底的に追求し、各部品の調和まで考え、自動車を芸術ともいうべき造形に変えてしまったのだ。しかもタイプ35は美しいだけではない。ブレーキドラムと一体鋳造したアルミホイールや運動性能の高いシャシー設計などメカニズムの点でも大いに注目できる。タイプ35Bは、1924年から30年までつくられた35シリーズのなかでもスーパ-チャージャーを装備した高性能モデルである。 1926年

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ベントレー 4 1/2リットル Bentley 4 1/2 Litre

ベントレーはビンテージ期(1920年代から30年代初め)のイギリススポーツカーのなかでもっとも重要な意味を持つ。1927年からル・マン4連勝、1924年の勝利を含めれば、この時期なんと5回もル・マンを制覇。なかでも1928年のル・マンで優勝を飾った 4 1/2リットルツアラーは、ベントレーでもっともポピュラーなモデルとして力強いジョンブル魂を象徴している。ビンテージ・ベントレーの特徴は、ハイスピードで長距離を走るために耐久性と信頼性を重視したことから、この時代の他の純レーサーと違って大型ボディと大排気量エンジンを備えていたことであろう。 1930年

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アルファロメオ 6C 1750 グランスポルト Alfa Romeo 6C 1750 Gran Sport

スーパーチャージャー付6気筒DOHC・1750cm3の軽快なエンジンで数々のレースに勇名を馳せた6Cは、設計者ヴィットリオ・ヤーノの傑作のひとつであろう。その戦績は枚挙にいとまがないが、特に知られているのは、公道上のレースとして知られるミッレ・ミリアで史上初めて平均時速100km以上で走破し、見事優勝したことである。(1930年、ドライバーはヌヴォラーリ) 1930年

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モーガン エアロ Morgan Aero

頑丈で単純なバックボーンシャシーの先端にモーターサイクル用の∨ツインエンジンを取り付けただけのモーガンスリーホイラーは、まさに大衆のためのスポーツカーとして送り出された。ベベルギアを介して後ろ1輪を駆動する方式やスライディングピラー、前輪独立懸架など構造は極めて簡単で軽量なために運動性能にすぐれ、しかも経済的。ボディは4座席もつくられたが、このエアロのように2座スポーツタイプが一般的で、1909年から1950年まで根本的に変わらず生産されたのである。 1922年

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MGミジェットタイプTA MG Midget Type TA

果敢なレース活動を行なってきたMGも1935年、モーリス社の傘下に入ることによって安価なスポーツカー、シリーズTをつくることになった。生産合理化のために、モーリスのパーツを多く流用して量産を可能にしたばかりか、油圧ブレーキやシンクロ付きのギアボックス(3、4速のみ)を備えた価格はモーリス・サルーンの215ポンドとほとんど変わらない222ポンドを実現。MGの一大ヒット作になった。 1937年

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