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情報所有館 : トヨタ博物館 

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SS ジャガー100 SS Jaguar 100

低く精悍なスタイルと広めのトレッドを包み込むように張り出したウィングフェンダーが特徴的なSS100は、戦後ジャガースポーツの基礎を築き上げたばかりか、その後のスポーツカーに大きな影響を与えた。時速100マイルの高性能スポーツカーが、ベントレー 3 1/2リッターの1380ポンドの約1/3にあたる395ポンドで買えるとしたら人々がそれを選ぶのは当然のことである。コストとスタイリングと性能をみごとにバランスさせたSS100は、現代のクルマづくりにも通じるものがある。 1937年


メルセデス ベンツ 500K Mercedes-Benz 500K

1927年に登場し、数々のレースに活躍したSシリーズの後継モデルで、スーパーチャージャー付直列8気筒OHVエンジンと前輪独立懸架をもつ高度に洗練されたツアラー。デザインの面でも性能の面でも「バランスの良い優れた車」と言える。1934年から1936年までの間に約300台造られた。この時代の高級車はボディを名のあるコーチビルダーの手に委ねるのが普通であったが、ベンツは自社のジンデルフィンゲン工場でコーチワークを行った。 1935年


コード フロントドライブ モデル812 Cord Front Drive Model 812

若き実業家イリット・ロッバン・コードは1924年にオーバン、1927年にデューセンバ-クを相次いで買収。1929年にみずからの名を冠した画期的なFF車“コードL-29”を発売する。しかし売り上げ不振のため生産中止、810は1935年に新しく設計され、その発展型が812になる。812はラジエターをエンジンルームに収め、リトラクタブルヘッドライトを持つといった先進的なメカニズムを備えていた。L-29から続くFF方式や電気式のバキュームギアシフトなど、エンジニアやデザイナーが理想を現実としたのがコードなのかもしれない。 1937年


ブガッティ タイプ57C Bugatti Type 57C

タイプ35がブガッティGPモデルの傑作なら、タイプ57はロードモデルのなかでもっとも優れたツーリングカーといわれている。洗練されたアルミ製ツインカムエンジンの完成度は高く、駿足に加え、実用性、優雅さ、上品さは他に類を見ない。タイプ57は、ほとんど手づくりに近いブガッティのなかでも比較的生産台数が多く(1934~40年までに57シリーズで約750台)、ルーツ式スーパーチャージャーを備えたスポーツモデルとして、とくに人気の高いモデルであった。 1938年


ドラージュ タイプ D8-120 Delage Type D8-120

フランスのGPカーの頂点ともいうべきドラージュも、1930年代に入ると盛んに高級ツーリングカーや豪華サルーンをつくりはじめた。その美しさは“愛人に贈るならドラージュ”といわれるほど優雅にして華やかなものばかりてあった。D8-120はいちばん後期に属する大型高性能車としてもっとも美しいモデルである。コーチワークはすベて専門業者に依頼して、容姿を競いあったのだが、どれもオートクチュールを想わせるいかにもフランスらしいものであった。この美しいカブリオレはF・ファラッシの手になり、ドライエに併合されてからつくられたものである。 1939年


ドゥローニー ベルビユ タイプHB6L Delaunay-Belleville Type HB6L

機関車や船舶のメーカーとして有名であったドゥローニーは、1904年のパリサロンで自動車を発表。特徴的な丸型のラジエターグリルは人々の注目を集め、ベンツ型やルノー型とともに第1次世界大戦までひとつの流行として多くのメーカーに影響を与えることになった。また1909年から採用されたコンパクトで静かな6気筒エンジンは信頼性が高く、豪華なボディを架装してロシアのニコライⅡ世など世界の名士からも支持されたのである。 1911年


キャデラック モデル サーティ Cadillac Model Thirty

エンジンスタートに関しては、この頃圧縮空気や強いスプリングを使用したものなどによるさまさまな自動始動装置が試されたが成功をみることはなかった。ところが1911年7月に公開されたキャデラックの試作車は画期的なセルフスターターモーターを備えていた。6Vバッテリーをいためることなく、瞬間的に24Vのパワーでモーターを回す新しいタイフの電動発動機は、女性を手回しのクランクハンドルから解放したのである。また、キャデラックはこの始動装置のほか、電気式ヘッドライトを標準装備としたのも大きな特徴であった。 1912年


ベンツ 14/30HP Benz 14/30HP

ヒット作ヴェロの単気筒に固執したため、技術面で遅れをとったベンツも、1905年から6年にかけて新しい4気筒車を続々と発表、多くのトライアルに参加して成功を収めた。このスポーティなツアラーは1912年製でカウルを曲面で構成したモダンなスタイルを特徴としているほか、電気式ヘッドランプなど、装備も充実している。またデザインや効率がいいことから、ラジエターグリルが他車へ与えた影替も大きく、しだいに普遍的なものになっていく。 1912年


ルノー タイプDJ Renault Type DJ

初期型のルノーは、現代の自動車のように前方から開閉するボンネットとエンジンの後に置かれたラジエターを大きな特徴としていた。このスタイルの利点は、メインテナンスを容易にしたことだが、武骨なラジエターグリルにかえて流線型を採用、前方視界を確保することもできた。みごとなコーチワークの1913年型タイプDJは高級なリムジンボディを持ち、馬車時代のなごりから運転席と客席は完全に分離、運転手というより御者と呼んだほうがよさそうだ。 1913年


パッカード ツインシックス モデル3-35 Packard Twin Six Model 3-35

パッカードは欧州の最高級車に一歩もひけをとることのないまぎれもない高級車である。なかでも1915年に登場したツイン6は信頼性においても技術面でもアメリカが世界に誇ることのできる最高のモデルであろう。もともと航空機用に開発されたツイン6、つまり∨12気筒エンジンをいち早く量産車につみ込み、アメリカ車初のアルミピストンを採用。優れたエンジン特性はトップギアのまま時速5kmからでもスムーズな加速を可能にしたのである。 1920年


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