「トヨタ博物館」 に対する検索結果 : 117

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ベンツ パテント モトールヴァーゲン(レプリカ) Benz Patent Motorwagen "Replica"

ガソリン自動車の第1号は、各国でさまざまな説があるが、いちおうベンツが1886年につくった3輪自動車といわれている。小型で軽量なエンジンを開発していたカール・ベンツは、これを馬車に代わる新しい乗り物に用いることを考えたが、操舵性に問題があり、はじめ3輪車を設計、ティラー(棒ハンドル)で前輪を操向する方法でこれを解決した。リアアクスルの上におかれた工ンジンは水平単気筒、時速15kmの走行が可能で、デフを備えていた。 1886年

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ベンツ ヴェロ Benz Velo

3輪車を一歩進めて4輪車の設計を開始したベンツは、まずキングピン式の前輪操向システムで、1893年にドイツ帝国の特許を取得。これを採用してつくられたベンツ最初の4輪車が“ヴィクトリア”であり、ひと回り小さい“ヴェロ”は1894年に発売された。フライホイールが垂直になるようにエンジンがセットされ、プーリーとベルトによる2段変速機からデフを介してチェ-ンで後輪を駆動、時速21kmで走行できた。 1894年

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ド ディオン ブートン 1 3/4HP De Dion-Bouton 1 3/4HP

パリのド・ディオン・ブートン社は1883年からスチームカーを生産していたが、1895年からガソリン車に転向。軽量で信頼性の高いエンジンを開発し、先ず三輪車に搭載、その機動性、低価格でたちまちヨーロッパ市場で最もポピュラーな車に仕上げた。1898年には前部に客用シートを備えた改造四輪車も追加。しかし市場からの乗車定員増、乗客の安全性、快適性等の要求には応えられず、次第に市場を失い、三輪車、改造四輪車ともに1903年には生産が打ち切られた。 1898年

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オールズモビル カーブドダッシュ Oldsmobile Curved Dash

オールズモビルも1890年からつくっていた蒸気式3輪自動車に代わってガソリン自動車を1895年に完成させたが、注目すべきことは1901年に発表したカーブドダッシュで、世界初の大量生産方式を採ったことだ。1902年には2500台、1903年には4000台、1904年には5000台が売られ、当時のヨーロッパ最大のメーカー、ド・ディオン・ブートン社の年間1200台の生産台数と比較しても、この数字の重要性がよくわかる。 1902年

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パナール ルヴァッソール B2 Panhard et Levassor B2

当時のパイオニアカーのほとんどが馬車や自転車などの影響を受けて、まだ駆動系のレイアウトや機構は“馬なし馬車”そのものであった。この点からすれば、1899年から自動車製造を開始したパナール・ルヴァッソールかダイムラーの鋼製自動車(1888年)をヒントに考案して、1891年にパテントを取得した機構が自動車技術の基礎を築いたことになる。いわゆる最先端に置かれたエンジンの後方に、クラッチ、トランスミッションを縦一列に配し、ドライブシャフトとデフ機構を介して後輪を駆動させるFR方式を採った最初の自動車なのである。このモデルは、初期のティラー式から、すでに円形ステアリングホイールと傾斜したステアリンクコラムを持ち、アッカーマンの方式を採用している。 1901年

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キャデラック モデルA Cadillac Model A

ピストル製造で有名なコルト社出身の精密技術の権威ヘンリー・M・リーランドはデトロイト・オートモビル社を経て、1902年にキャデラック社を創立。最初に完成したのが“モデルA”である。設計はデトロイト・オートモビル社時代のヘンリー・フォード。エンジンはリーランド&フォークナー社がオールズモビル用に生産していた水冷単気筒で、これに遊星ギアを組み合わせ、前進2段と後退1段のギアボックスを備える。ラジエターは熱気が乗員に当たらないように、やや引っ込めて取り付けているのが特徴で、フレームは鋼鉄製、量産体制もこの時できあがっていた。 1902年

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ベイカー エレクトリック Baker Electric

ガソリン自動車の普及がはじまっても、アメリカでは長い間、電気自動車がつくられた。それは、やはり1895年にジョージ・ウィリアム・セルデンが取った自動車そのものに対するパテントのため、ガソリン自動車をつくるためにはロイヤリティを支払わなければならなかったからだろう。しかし、もうひとつ考えられる理由は、静かで、排気ガスもなく、始動時にクランクを回す必要がないという電気自動車の利点によるもので、事実、女性には人気があったという。ベイカー・エレクトリックは1899年から1915年まで続いた有名な電気自動車で、1馬力のモーターから時速40kmの走行が可能。各部にボールベアリングを多用し、初めて駆動系にベベルギアを採用したことでも有名である。 1902年

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スタンレー スチーマー モデルE2 Stanley Steamer Model E2

スタンレー社は、1897年に蒸気自動車をつくりはじめ、年々改良を加え大成功を収めた。1905年からのこの特徴的なボンネットスタイルはフロントにボイラーを置き、ウォータータンクで囲ったことから生まれ、エンジンは中央の床下。簡単なスライドバルブがついた2気筒で、ギアボックスはなく、スパーギアで直接車軸を駆動する。スタンレースチーマーは静かで、振動も少なく、トルクフルで扱いやすく、しかも高速で走ることができるなど利点も多く、1927年までつくられた。ちなみに、1906年、フロリダのオーモンドビーチで時速127.66マイルを出して世界記録をつくったことでも、その足の速さは理解できる。 1909年

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フォード モデルT Ford Model T

大量生産システムによるコストダウンや運転を簡素化する数々のメカニズムで大衆化を果たしたフォード・モデルTは、1908年のデビューから1927年までの間に1500万7033台も生産された空前のベストセラーカーであった。アメリカはもちろん全世界の足になったばかりでなく、モデルTなしに自動車史は語れないほど大きな影響を与えた。モデルTで注目すべきは、遊星ギアのトランスミッションをより実用的なものにしたことだ。ドラムにブレーキをかければ変速を開始する独特な機構は現代のオートマチックに似たもので、扱いやすく、当時のノンシンクロのギアをコーンクラッチで操作する変速のわずらわしさから人々を解放した。1909年初頭までは2ペダル方式を採り、前進、後退はレバーで行なったが、このモデルTからは3ペダル方式を採用。リバースは真ん中のペダルで行なう。 1909年

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ロールスロイス 40/50HP シルバーゴースト Rolls-Royce 40/50HP Silver Ghost

ヘンリー・ロイスとC・S・ロールスは1904年、完璧な自動車をつくるためRR社を創立。徹底した製品管理のもとに高品質な高級車をつくりはじめ、1906年、最大の傑作といわれる40/50馬力の6気筒車を発表した。この13番目のシャシーに全身銀色のツアラーボディを載せて、RAC(英国王立自動車クラブ)の監督下、グラスゴー~ロンドン間を昼夜ノンストップで延ベ1万5000マイルをほとんどトラブルなしに走破。幽霊のように静かでスムーズな走行性と塗色から“シルバーゴースト”と呼ばれるようになった。こうした信頼性とともにシルバーゴーストの軽量かつ耐久性の高いシャシーは高く評価され、第1次世界大戦では装甲車などの重いボディを架装して熱砂の戦場を駆けめぐったことでも、その性能の高さは実証されている。もちろんシルバーゴーストは高価であることは間違いない。しかし、高い品質を持った量産車として、フォード・モデルTと行き方は違うが、高級車の源流になったのである。 1910年

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