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I. 映像・情報・コンピュータ関連

主にVTR,テレビ,カメラ等映像に係わる技術、電話,計算機,コンピュータ等情報・通信に係わる技術を掲載しています

01 「VTR産業技術史の考察と現存資料の状況」 川村 俊明 第1集 2001


 VTRは、放送用からスタートした。当初はアンペックス社の独擅場であったが、やがて、東芝のヘリカルスキャン方式など、わが国独自の技術も育ってきた。
 そのうちに製品開発の主戦場は家庭用VTRに移り、有名なVHS方式、β方式の競争時代を迎えることになる。本報告書ではVTRの主なキーテクノロジーの発展を主軸としてVTR開発史が記されている。

国産初テープ イメージ
国産初テープ
ベータ初号機 イメージ
ベータ初号機
VHS初号機 イメージ
VHS初号機
「VTR産業技術史の考察と現存資料の状況」を見る(No.002)

02 「コンピュータ開発史概要と資料保存状況について
 −第一世代と第二世代コンピュータを中心に−」
 山田 昭彦 第1集 2001


 コンピュータの歴史は米国が戦時中に軍用に開発したENIACとともに始まる。この機はプログラム内蔵型の初号機であるEDSACに発展していく。
 日本では1956年に富士フィルムで光路解析用に開発された真空管式のFUJICが最初のコンピュータとされている。その後阪大や東大で真空管式コンピュータの開発が行われたが、やがて電気試験所でトランジスタ式コンピュータの開発が始まり、ETL MarkIIIやETL MarkIVの実現を見るに到る。この間、日本独自の発明になるパラメトロン素子を使ったコンピュータも開発された。
 本論文では、以上のようなコンピュータ開発の初期の歴史が分かりやすく記述されている。

パラメトロン・コンピュータ イメージ
パラメトロン・コンピュータ
オフィスコンピュータ イメージ
オフィスコンピュータ
阪大真空管計算機 イメージ
阪大真空管計算機
「コンピュータ開発史概要と資料保存状況について−第一世代と第二世代コンピュータを中心に−」(PDF)を見る(No.003)

03 「コンピュータ開発史概要と資料保存状況について
 −第3世代と第3.5世代コンピュータおよびスーパーコンピュータについて−」

山田 昭彦 第2集 2002


 第3世代は1964年にIBMがコンピュータ史上名高いシステム360を発表して膜を開けた。このシステムは小型から大型まで単一のアーキテクチャで実現されていた。「コンピュータ・アーキテクチャ」という用語はIBMがシステム360に対して使用したものである。
 このシステムでは単一アーキテクチャを実現するためにマイクロプログラム方式を採用していた。また、ハードウェア技術としてはハイブリッドICを用いていた。
 第3.5世代は1970年にIBMが発表したシステム370に始まるが、主記憶に初めてICメモリが採用された。
 IBMのこのような動きに呼応して国内企業も対応機を開発した。特に70年代に入ってからはNEC-東芝、富士通−日立のように企業連合を組んでACOSシリーズ、Mシリーズの開発を推進した。
 本論文ではそのほかにスーパーコンピュータや翻訳機などの応用システムについても触れている。
FONTAC イメージ
FONTAC
スーパーコンピュータ イメージ
スーパーコンピュータ
KTパイロット計算機 イメージ
KTパイロット計算機
「コンピュータ開発史概要と資料保存状況について−第3世代と第3.5世代コンピュータおよびスーパーコンピュータについて−」(PDF)を見る(No.006)

04 「オフィスコンピュータの歴史調査と技術の系統化に関する調査」
社団法人 情報処理学会 第3集 2003


 国立科学博物館が情報処理学会に委託して行ったオフコンの調査結果をまとめた報告書である。同学会では主要なコンピュータメーカー、大学から委員を募って歴史特別委員会の中に「オフィスコンピュータ歴史調査小委員会」を組織して調査した。
 誕生当時超小型電子計算機と称されたオフコンが登場したのは1960年代初頭であった。当時の利用形態は伝票発行機、電子会計機、超小型事務用電子計算機といったものであった。
 1970年代後半には分散処理技術を導入、末期には日本語処理技術が取り入れられ、使い易さが飛躍的に向上した。1980年代中期になると32ビット化が可能となり、やがてパソコンとの競合・並存を経てオープン化に到った。
 報告書ではこのような歴史の中に登場したオフコンの中で歴史的に注目すべき名機をメーカー別に挙げている。
TOSBAC-1100E イメージ
TOSBAC-1100E
NEACシステム100 イメージ
NEACシステム100
カシオ作表計算機 イメージ
カシオ作表計算機
「オフィスコンピュータの歴史調査と技術の系統化に関する調査」(PDF)を見る(No.008)

05 「電気試験所におけるトランジスタコンピュータの研究開発および資料保存状況」
東京電機大学大学院 特任教授 山田 昭彦 第3集 2003


 電気試験所は早くからデジタルコンピュータの開発に着手し、1952年にリレーを用いたETL MarkIをパイロットモデルとして試作し、その実用機であるETL MarkIIを1955年に完成した。
 その後トランジスタコンピュータの開発に取り組み、世界初のプログラム内蔵式トランジスタコンピュータであるETL MarkIIIを1957年に開発した。
 MarkIIIでは点接触型のトランジスタであったが、MarkVIでは安定度の高い接合型トランジスタを用いた。このシリーズはMarkVIまで続き、同機では海外の超高速コンピュータを凌駕するということを目標に開発が進められ、1965年3月に完成した。
 この調査では、このシリーズ所縁の資料の調査を行い、保管されていた初期のトランジスタ開発に関わる貴重な資料を同定し、系統化した。
ELT MarkIV イメージ
ELT MarkIV
機械翻訳機「やまと」 イメージ
機械翻訳機「やまと」
ETL MarkIII イメージ
ETL MarkIII
「電気試験所におけるトランジスタコンピュータの研究開発および資料保存状況」(PDF)を見る(No.011)

06 「テレビ技術史概要と関連資料調査」 吉野 章夫 第4集 2004


 世界で最初にブラウン管による受像を成功させたのは日本人技術者の高柳健次郎であるという。高柳によれば、それは大正天皇崩御の日であったという。世界初ということについては諸説あって、必ずしも世界的に一致して認められているわけではないが、日本が初期のテレビ開発において世界の最先端にあったことは事実である。幻に終わった1940年のオリンピック東京大会に向けてかなりのものが開発されていた。
 その後戦争による空白期があったものの、1953年にテレビ放送が開始されるや、多くの国内メーカーがテレビ開発にしのぎを削り、世界に覇を唱えるに到った。このような中から名機トリニトロン等、多くの技術開発がなされた。
初めて市販されたテレビ イメージ
初めて市販されたテレビ
トリニトロン イメージ
トリニトロン
「イ」の字 イメージ
「イ」の字
「テレビ技術史概要と関連資料調査」(PDF)を見る(No.015)

07 「矢頭良一の機械式卓上計算機「自働算盤」に関する調査報告」
山田 昭彦 第5集 2005


 計算機械の歴史の初期はパスカルやライプニッツ等の天才の名前で飾られる華やかなものであるが、わが国ではタイガー計算機が有名である。60代以上の人ならば誰でもお世話になったはずである。
 長い間、わが国の最初の計算機械はこのタイガー計算機であると思われていたが、森鴎外が「小倉日記」の中で矢頭良一と彼の発明になる自動算盤について記していたことと、1960年代になって、残されていた自動算盤の一台が発見され、一躍注目を集めるに到った。
 本論文では、計算機械の簡単な歴史と、自動算盤、矢頭良一の生涯について記述している。
タイガー計算機 イメージ
タイガー計算機
自働算盤 イメージ
自働算盤
パスカルの計算機 イメージ
パスカルの計算機
「矢頭良一の機械式卓上計算機[自働算盤」に関する調査報告」(PDF)を見る(No.019)

08 「電子式卓上計算機技術発展の系統化調査」 瀬尾 悠紀雄 第6集 2006


 電卓は日本で育った技術である。古来日本人の基本的なリテラシーとされた「読み・書き・ソロバン」のソロバンを代替するものとして、電卓に対する文化的土壌が整っていたことが背景にある。
 一方で、この電卓は、半導体とディスプレイと言う、その後の日本の電子産業の主役を育てたという上で別の大きな意味を持つ。世界をリードした電卓の技術開発史を、多面的に俯瞰した報告書である。
コンペット イメージ
コンペット
カシオミニ イメージ
カシオミニ
EL-500 イメージ
EL-500
「電子式卓上計算機技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.021)

09 「移動通信端末・携帯電話技術発展の系統化調査」 森島 光紀 第6集 2006


 現在の世の中になくてはならなくなった携帯電話、その基本となる無線技術については、日本は早くから取り組み、世界的に見ても先頭を歩んできた。
 日露戦争のバルチック艦隊迎撃の際の「敵艦見ゆ」のエピソードや八木・宇田アンテナの発明などはこの事実を物語っている。
 本論文では、携帯電話の端末側に重点を置いて記述している。携帯電話は無線通信の中でも移動通信に属するが、その初めは警察無線、内航船舶電話などであった。
 現在の携帯電話の技術に近くなるのは自動車電話からである。当初は体積7,000CC、重量7kgであった。その後日本初の携帯電話が出現するが、体積500CC、重量750gと、現在のそれと比べると今昔の感がある。
ムーバ イメージ
ムーバ
TYK式無線電話 イメージ
TYK式無線電話
大阪万博の携帯電話 イメージ
大阪万博の携帯電話
「移動通信端末・携帯電話技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.024)

10 「公衆移動通信システムの技術発展の系統化調査」 森島 光紀 第7集 2007


 現在の世の中になくてはならなくなった携帯電話、本論文では携帯電話の基地局技術に重点を置いて記述している。
 警察無線、内航船舶電話、列車無線を経て自動車電話に到った移動通信はセルラ方式を採用して周波数を有効活用する技術を開発した。しかし、アナログ方式では激増する加入者数に対応できなくなったことに加え、高品質の通信への指向もあって第二世代のデジタル化に進んでいった。
 その後、第三世代に到ってグローバルサービスが実現し、マルチメディア通信が可能となりインターネットとの親和性が高くなった。これら一連の技術進歩の過程で日本は常に世界をリードしてきた。
我が国初の無線電信室 イメージ
我が国初の無線電信室
依佐美送信所 イメージ
依佐美送信所
基地局アンテナ イメージ
基地局アンテナ
「公衆移動通信システムの技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.028)

11 「電子管技術の系統化調査」 岡本 正 第8集 2007


 電子管の中でも特に、極管、マグネトロン、クライストロン、進行波管、ジャイロトロン等、電波に関わる電子管に焦点を当てて記述している。
 この分野における日本人の貢献は大きく、その主なものとして、戦前においては東北大の岡部金治郎による分割陽極型マグネトロンの発明があり、近年では世界で初めてのエネルギー回収型ジャイロトロンの開発がある。前者はマグネトロンの実用化への道を拓き、後者は核融合炉の加熱用として期待され、ITERの主加熱候補に挙げられている。共に国立科学博物館の未来技術遺産として登録されている。
X線管 イメージ
X線管
初期の受信管 イメージ
初期の受信管
2分割型マグネトロン イメージ
2分割型マグネトロン
「電子管技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.030)

12 「デジタル・スチルカメラの技術発展の系統化調査」 大川 元一 第10集 2008


 デジタル・スチルカメラ(デジカメ)は日本人の手によって開発され、世界初の試作機が日本企業で開発されてから僅か15年で、生産量で従来の銀塩カメラを上回るに到った。
 その重要な要素技術の一つであるフラッシュメモリも日本人の発明になるものである。JPEGを用いたデジタル・スチルカメラの統一規格も日本の提案であり、デジカメはまさに日本発の技術である。このデジカメの歴史について、デジカメの生みの親の一人である技術者が、独自の技術観でまとめている。
マビカ イメージ
マビカ
DS-1P イメージ
DS-1P
試作機「熱子」 イメージ
試作機「熱子」
「デジタル・スチルカメラの技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.039)

13 「透過型電子顕微鏡技術発展の系統化調査」 小島 建治 第11集 2008


 今や原子1個1個を見ることができるようになった電子顕微鏡であるが、最初に試作したのはドイツのルスカを中心とするグループであった。
 全世界で5000万人の死者を出したといわれるスペイン風邪ののウィルスはそれまでの光学顕微鏡では特定できず、さらに倍率の高い電子顕微鏡の開発が期待されていた。日本は戦前から文献や帰国留学生の情報を基に開発を進め、終戦直後には5社から商用機が発売された。
 現在ではわが国の電子顕微鏡の技術は世界最高水準に達しており、これらを使用した研究により、これも世界的レベルのカーボンナノチューブや電子線ホログラフィーの成果を生み出している。
日本初試作の電子顕微鏡 イメージ
日本初試作の電子顕微鏡
超高圧電子顕微鏡 イメージ
超高圧電子顕微鏡
水のチャンネル構造 イメージ
水のチャンネル構造
「透過型電子顕微鏡技術発展の系統化調査」(PDF41)を見る(No.041)

14 「医療用X線CT技術の系統化調査報告」 平尾 芳樹 第12集 2008


 X線CTによって医療診断技術は格段に進歩した。現在では、癌かそうでないかしばらく様子を見なければ分からないほどの小さなものまで検出できるという。
 CTは1968年に英国のEMI社のハンスフィールドによって発明されたが、これに先立つこと20年、日本の高橋信次がX線回転撮影法の研究に着手していたことはあまり知られていない。
 ハンスフィールドの発明以降では高速連続回転CT,ヘリカルスキャンという、現在のCTへの重要な貢献となった研究も日本発のものであり、この分野での日本の貢献は大きい。
 本論文ではCT装置の原理から始まって、上記のような主要な歴史的事実を中心に、CTの技術史をまとめている。
日本初のCT画像 イメージ
日本初のCT画像
国産初の頭部CT イメージ
国産初の頭部CT
「医療用X線CT技術の系統化調査報告」(PDF)を見る(No.045)

15 「フェライト技術の系統化」 一ノ瀬 昇 第13集 2009


 フェライトは金属に比して電気的な比抵抗が大きいために、高い周波数領域で優れた磁気特性を示すことから、電子部品として欠かせないものである。このフェライトは1930年に東京工業大学の加藤と武井によって発明された。
 嘗ては集積回路の弱点とされたインダクタが現在ではフェライトを使った積層チップインダクタで対応できるようになった。全体の生産量で中国に譲るようになった日本も、このような高機能デバイスでは尚他国の追随を許していない。
 本論文ではそのほかにフェライトの結晶学的な分類等、基礎的な面の解説にも触れている。
ガーネット型の結晶構造 イメージ
ガーネット型の結晶構造
小型モータとフェライト イメージ
小型モータとフェライト
電波吸収体 イメージ
電波吸収体
「フェライト技術の系統化」(PDF)を見る(No.051)

16 「テープレコーダーの技術系統化調査」 君塚 雅憲 第17集 2012


 日本の現代社会に生きる人で、テープレコーダーのお世話にならなかった人はいないであろう。それほど、ビジネスに、教育に、趣味にテープレコーダーは欠かせないものであった。ある時期以降、技術開発の面でもビジネスの面でも日本メーカーが世界的に重きをなした分野でもある。旧くは世界に誇る交流バイアス法の発明があり、80年代に到っては、世界中の文化に大きな影響力を与えた名機ウォークマンの創出があった。
 本論文では、オバリン・スミスによる磁気録音の発明、これに続くポールセンのワイヤレコーダーの発明に始まるテープレコーダーの開発史を、戦後の日本メーカーの健闘を中心に記述している。
ソニーTC-111 イメージ
ソニーTC-111
ラミネートヘッド イメージ
ラミネートヘッド
ウォークマン1号機 イメージ
ウォークマン1号機
「テープレコーダーの技術系統化調査」(PDF)を見る(No.073)

17 「ビデオカメラ技術の系統化」 竹村 裕夫 第18集 2013


 現在では、ビデオカメラはほとんどの家庭に普及しており、なじみ深い製品である。その大きさも掌に収まるサイズとなっているが、嘗ては撮像管を使った大掛かりなもので、1974年に製品化されたものは当時の価格で30万円もするものであった。
 本論文では、ビデオカメラの発展の歴史を、光学系、光電変換装置、デジタル信号処理、録画システム、高密度実装技術など、キーとなる要素技術の発展と共に記述している。
撮像管とCCDイメージ
撮像管とCCD
世界初MOSビデオカメライメージ
世界初MOSビデオカメラ
パスポートサイズカメライメージ
パスポートサイズカメラ
「ビデオカメラ技術の系統化」(PDF)を見る(No.078)

18 「ファクシミリの系統化」 小川 睦夫 第19集 2013


 最近では電子メールに主役の座を譲ったかの感があるファクシミリであるが、嘗てはテキストや画像情報の有力な伝達手段として、不可欠のものであった。家庭にも電話と共に普及し、日常生活で利用されている。
 本論文ではベインの発明に始まるファクシミリの歴史を、要素技術の発展や、ファクシミリの主要な課題の一つであった標準化の経緯を交えながら記述している。
Arlincourt のファクシミリイメージ
Arlincourtの
ファクシミリ
NE式送信機イメージ
NE式送信機
G3準拠ファクシミリイメージ
G3準拠ファクシミリ
「ファクシミリの系統化調査」(PDF)を見る(No.079)

19 「アナログディスクレコード技術の系統化報告と現存資料の状況
   〜機械式録音から電気式録音へ、そして長時間化とステレオ化へ〜 」

穴澤 健明 第21集 2014


 アナログディスクレコードというと、はてどのようなものか、と考え込む向きもあるかもしれない。つまりは昔懐かしいレコードである。CDの出現までは、磁気テープと並ぶ音楽の記録媒体であった。このようなことを記述する必要性があること自体、レコードが歴史の彼方に消え去ろうとしていることを物語るものである。一部のマニアを除き、最近ではレコードに接する人はほとんどいないであろう。
 本論文では、エジソンによる発明から電気吹き込み技術の開発、録音再生時間の長時間化、ステレオ化といったレコードに関する技術の発展過程を、興味深いエピソードと共に記述している。
蝋管シリンダと円盤レコード
蝋管シリンダと
円盤レコード
ラッパ型蓄音器 イメージ
ラッパ型蓄音器
民生用ポータブル円盤録音機 イメージ
民生用ポータブル円盤録音機
>「アナログディスクレコード技術の系統化報告と現存資料の状況」(PDF)を見る(No.083)

20 「LD(レーザディスクシステム)の開発、実用化に関する系統化調査」
松村 純孝 第21集 2014


 音楽レコードが家庭に普及するにつれて、「絵の出るレコード」に対するニーズが次第に強くなり始めた。特に米国のRCAは社運をかけるほどの勢いであった。数種類の方式が試みられた中で、勝ち残ったのはレーザによる書き込み再生方式であった。家庭用や教育用として普及したが、最も大きな市場はカラオケシステムであった。
 本論文では、レーザ方式(LD)のライバルであったCED]方式、VHD方式などの概要に始まり、DVDが現れるまでのLDの技術開発の歴史について記述している。
世界初の産業用LDプレーヤ イメージ
世界初の産業用
LDプレーヤ
LD信号面の顕微鏡写真 イメージ
LD信号面の顕微鏡写真
最後のLD/CD/DVDプレーヤ イメージ
最後のLD/CD/DVDプレーヤ
>「LD(レーザディスクシステム)の開発、実用化に関する系統化調査」(PDF)を見る(No.085)

21 「パーソナルコンピュータ技術の系統化調査」 山田 昭彦 第21集 2014


 パソコンは20世紀末の社会を、そのシステムや文化において作り変えてしまった。
 本論文は、本系統化シリーズにおいて、コンピュータ関係で4つのテーマの系統化を手掛けた著者が、パソコンの誕生時からの発展を追ったものである。パソコン誕生の経緯、ハード、ソフトの主要技術、周辺技術等の発展について丹念に記述している。
 また、上述の、パソコンが社会システムを変えたという観点から、パソコンと社会との相互作用についても掘り下げた議論を展開している。
AppleU イメージ
AppleU
トレーニングキットTK-80 イメージ
トレーニングキットTK-80
PC 8001 イメージ
PC 8001
>「パーソナルコンピュータ技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.086)

22 「公衆通信網における交換システム技術の系統化調査」 川島 幸之助 第22集 2015


 今や個人が電話を持ち、ネットに書き込みをし、ホームページで情報を発信する時代となり、通信の在り様は一昔前と比べて大きく変わってきた。一家に一台の電話を取り付けるのにも長く待たされる時代を知っているものには隔世の感がある。本論文は通信システムにおいて必要とされていた交換機について、その原理と歴史について論じている。ステップ・バイ・ステップ、クロスバー、アナログ電子交換、デジタル電子交換と進んできた交換機の技術発展歴史の中で、日本人が果たした輝かしい成果についても述べている。すなわち、中島のスイッチング理論、染谷の波形伝送理論、秋山のPAM交換機、猪瀬のタイムスロット入れ替え等である。中でも猪瀬のタイムスロット入れ替えは画期的な発明であり、基本技術としてその後の世界のデジタル電子交換の発展の礎をなすものであった。
日本初OFケーブル イメージ
国産A形交換機
(中野局)
6分割OFケーブル イメージ
国産第一号小局用クロスバ交換機
(栃木・三和局)
CVケーブル イメージ
D70形ディジタル市内交換機
「公衆通信網における交換システム技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.90)

23 「液晶ディスプレイ発展の系統化調査」 武 宏 共同研究編 第8集 2015


 今や通常の生活を送っていれば、液晶ディスプレイを目にしない日は一日としてないと言ってもいいであろう。テレビ、パソコン、スマホといった製品のディスプレイはほとんど液晶である。本論文では液晶の19世紀末の発見時から、日本の、特にシャープの液晶の最盛時であった1995年ころまでの液晶発展の歴史を追っている。著者はシャープの液晶立ち上げ時に入社し、一技術者として、開発責任者として液晶事業の発展を支えてきた。それだけに記述がシャープ関連の事項に偏った感はある。しかし、液晶事業の基盤をなす技術が何もないところから、世界を席巻する事業に発展させた過程が詳細に記されている。一企業が、一つの事業をゼロから起こして一大産業にまで育て上げるには、どのようなことをなさねばならないかを把握するうえで貴重な情報を含んでいる。
日本初OFケーブル イメージ
Si ウェハを用いた液晶テレビウォッチ
6分割OFケーブル イメージ
2014年度IEEE
マイルストン盾
CVケーブル イメージ
世界初壁掛けテレビ
「液晶ディスプレイ発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.92)

24 「X線管装置の技術の系統化調査」 神戸 邦治 第24集 2017


 健康診断時に胸部X線撮影を受けたことのない方はいないだろう。19世紀末、当時盛んに行われていた真空放電の研究の過程で、未知の性質を持った放射線がレントゲンによって発見され、「X線」と呼ばれるようになった。透過力のあるX線による人体の透視映像は、医療技術の進歩に大きな影響を与え、日本においても結核の集団検診などに積極的に活用されるようになる。このX線を発生させる装置は単純な真空管から始まり、出力、寿命、使い易さなど、性能向上を目指した開発が続けられたが、高電圧を扱うだけでなく、放射能対策という安全面の対応にも多岐にわたる工夫がなされ、運用面においては日本独自の規格化も計られてきた。日本におけるX線菅の技術開発の流れを、医療用途を中心に、具体的な撮影術式の進歩も含めて技術の系統化としてまとめている。
ギバD型 イメージ
ギバD型
藤木卯吉の特許 イメージ
藤木卯吉の特許
4MHU CT 用X 線装置 イメージ
4MHU CT 用X 線装置
「X線管装置の技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.100)

25 「光学顕微鏡の技術系統化調査」 長野 主税 第24集 2017


 17世紀、欧州において望遠鏡と顕微鏡が発明され、近代科学への扉を拓く機器となった。顕微鏡の性能を決定づけるのは対物レンズであり、高倍率かつ高解像を目指して、材料やレンズ構成など多くの重要な改良が続けられた。19世紀半ばにはかなり高性能の顕微鏡が作られるようになり、伝染病の研究において多くの病原菌の発見に重要な役割を果たし、細菌学・免疫学の発展に貢献した。顕微鏡は江戸時代中期に日本に伝えられ、一部の蘭学者や文化人の研究、趣味などに使われただけでなく、ごく少数だと思われるが国内でも作られた。明治になると先端医学がいち早く導入され、顕微鏡への需要も急速に高まっていった。明治の後半には国産の顕微鏡が登場するが、性能的には輸入品に及ばなかった。欧州、特にドイツの顕微鏡を目標に発展してきた国産顕微鏡について、対物レンズを中心に技術の系統化を試みた。また、顕微鏡光学系の原理や、各種観察法の解説も盛り込んだ。
現存する最古の国産木製顕微鏡 イメージ
現存する最古の
国産木製顕微鏡
オリンパス AX80 イメージ
オリンパス AX80
オリンパス UIS 対物レンズ構成図 イメージ
オリンパス UIS
対物レンズ構成図
「光学顕微鏡の技術系統化調査」(PDF)を見る(No.101)

26 「時計技術の系統化調査」 青木 茂 共同研究編第10集 2017


 日本は昔から独自の和時計を生み出してきたが、近代時計産業が大きく発展し、高い評価を得られるようになったのは第二次世界大戦後のことである。圧倒的に先行していたスイスの時計産業に追いつき追越すことを目標に、終戦直後から本格的な時計産業の活躍が始まる。基幹部品の国産化、独自設計による機械式腕時計開発など実績を積み上げ、スイスに肩を並べ得る性能、品質を達成できるまでに技術を向上させていった。1964年の東京オリンピックでは、国内メーカーが公式時計に採用され、世界的な評価を得るようになった。この頃、クオーツ時計への関心が高まり、腕時計のクオーツ化を目指した開発競争が激化したが、1969年セイコーが世界初のクオーツ腕時計を登場させ、技術力を大いにアピールした。クオーツ技術での先行と技術開発の継続によって、日本の時計産業は世界の時計市場を席巻するまでになったが、本報告書ではこのクオーツ腕時計の進歩を中心に、技術の系統化としてまとめた。
マーベルの外観 イメージ
マーベルの外観
水晶振動子の吊り構造 イメージ
水晶振動子の吊り構造
クオーツアストロン35SQ イメージ
クオーツアストロン35SQ
「時計技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.102)

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