ワトム島のシングルアウトリガーカヌー
| 資料番号 | 00004 |
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| 情報所有館 | 海洋文化館 |
| 特徴 | パプアニューギニア・ビスマルク諸島のワトム島のシングルアウトリガーカヌーで、1975年沖縄国際海洋博覧会当時の資料です。腕木は自然に二股に分かれた枝を使い、二股の部分を縦にして、浮き木からまっすぐ伸びた、スペード型の二枚の支柱(ペグ)で挟むようにして装着しています。船体は白く塗られ、反り返るような船首と船尾材が船体に結合されています。とくに独特の船首の形態はカブトムシの角を模したと言われています。 |
| 資料番号 | 00004 |
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| 情報所有館 | 海洋文化館 |
| 特徴 | パプアニューギニア・ビスマルク諸島のワトム島のシングルアウトリガーカヌーで、1975年沖縄国際海洋博覧会当時の資料です。腕木は自然に二股に分かれた枝を使い、二股の部分を縦にして、浮き木からまっすぐ伸びた、スペード型の二枚の支柱(ペグ)で挟むようにして装着しています。船体は白く塗られ、反り返るような船首と船尾材が船体に結合されています。とくに独特の船首の形態はカブトムシの角を模したと言われています。 |
| 資料番号 | 00005 |
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| 情報所有館 | 海洋文化館 |
| 特徴 | サモア ウポル島の漁撈用のシングルアウトリガーカヌーで、1975年の沖縄国際海洋博覧会当時の資料です。西サモアの漁村で使用されていたパドリングカヌーです。1~2名乗りで島の沿岸やリーフ内で1つのパドルでこぎながら漁を行います。海のおだやかな日にはリーフの外に出て外海での漁にも使われました。船体は、船首が内側に反りながら鋭く尖り、船尾はなだらかなカーブを描き先端が切り落とされたような形をしています。船首と船尾の上にはしばしば鋸歯状の装飾つくのがサモアのカヌーの特徴の一つで、このカヌーには船首上に帯状の突起があります。このカヌーは1970年代にすべて手作業で作られました。 |
| 資料番号 | 00006 |
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| 情報所有館 | 海洋文化館 |
| 特徴 | バヌアツ ペンテコスト島のシングルアウトリガーカヌーで、1975年の沖縄国際海洋博覧会当時の資料です。1950年頃に建造され、ペンテコスト島北部の漁村で70年代まで使用されていた交易用カヌーです。木をくり抜いた実用的なカヌーで、目的地が比較的近いせいか帆はつけていません。当時は4人以上の村人が乗って漕ぎ、竹の板の下には交易品の豚を入れ、その上にバスケットなどを置いたといいます。この種の伝統的な丸木船はペンテコスト北部には収集当時すでに4隻しかなく、完全に 原型を保っているのはこの1隻だけでした。アウトリガーや竹の板の結び方を知っている村人もわずかでした。 |
| 資料番号 | 00007 |
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| 情報所有館 | 海洋文化館 |
| 特徴 | タタラ舟は、台湾南西沖にある蘭嶼(ランユウ)島に居住するタオ(ヤミ)族の個人漁労用カヌーで、主にトビウオ漁で使われています。舟の構造は、船底、船首、船尾3本の竜骨を含めて、合計21枚の板を組み合わせて作られており、使われた材料は、全て島に自生する木材を使用しています。板の接着には島の桑の木を使った釘で固定しています。 船体は、赤・白・黒の顔料で彩色されいます。船首、船尾には、モロンと呼ばれる鶏の羽をあしらった装飾がなされており、 彫刻は各集落においてデザインが決まっており、どの集落所属の舟なのか一目で分かるようになっています。本資料は、東清集落の伝統的なデザインです。 |
| 資料番号 | 00008 |
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| 情報所有館 | 海洋文化館 |
| 特徴 | パプアニューギニア東セピック州シューテン諸島のシングルアウトリガーカヌーで、1975年の沖縄国際海洋博覧会当時の資料です。シューテン諸島の人々は、こうしたカヌーでニュ一ギニア本土と交易をしたり、子どもたちは学校に通学していました。船には水よけの板と帆がつくようになっていますが、主にパドルで漕ぎます。船体は内湾し、乗り手はカヌーにまたがるようにして乗ります。このカヌーは船体の舳先とスキー板状の薄い浮き木の先端がともに鰐のような彫刻が施され、船体にも特有の螺旋模様が彫刻や魚のような模様など芸術性の高い様々な模様が施されています。 |
| 資料番号 | 00009 |
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| 情報所有館 | 海洋文化館 |
| 特徴 | パプアニューギニア・セピック川流域のカヌーで、1975年の沖縄国際海洋博覧会当時の資料です。漁業ばかりでなく、川の上流と海岸沿いの間で、交易にも使われました。河川で使用されるカヌーでは一般的なアウトリガーを持たない細長い船体をしています。カヌーの長さは、通常5~6メ 一トル程ですが、30メートル程の長さのものもあります。船首にはそれぞれの部族を表す彫像が取りつけられており、このカヌーにはワニの彫像が取りつけられています。船外エンジンがセピック河地域にもたらされたのは、第二次世界大戦後のことである。船尾の割れ目はこの船外エンジンを取り付けるためのものです。 |
| 資料番号 | 00010 |
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| 情報所有館 | 海洋文化館 |
| 特徴 | カロリン諸島のポロワット島で2013年に製作され、島からグアム島まで約800キロを5日間かけて実際に航海を行いました。材料は島で採れる樹木・植物のみを使用し、船体の船底部や舷側板はすべてパンノ木を使用し、部材はすべてココヤシの実の繊維を撚った紐で結縛されました。帆は伝統的なパンダナスから作られ、船名のリエン・ポロワットとはポロワットの美しい女性を意味し、帆作りなどに貢献した女性たちを称えています。島の首長テオ・オノペイ氏ら8人の島民が航海を成し遂げ、その後解体して輸送し本船を館内で再組み立てました。カロリン型航海カヌーの特徴である前後同型であるが、アウトリガー側が若干膨らんでいます。 |
| 資料番号 | 00011 |
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| 情報所有館 | 海洋文化館 |
| 特徴 | パプアニューギニア ポートモレスビー地区の大型交易カヌーで、1975年の沖縄国際海洋博覧会当時の資料です。モトゥ族の女性たちがつくる大量の土器を積んで運ぶための交易用の船で、季節風を利用し9月~10月に西に航海し、11月~12月にはココヤシ、サゴヤシ、タロイモ、ビンロウジ、バナナなどを船に満載して帰郷しました。3~4艘の大型カヌーを結束して組み立て、積載量に優れ、カニ爪型の帆が特徴です。実際には舟の全長と同じくらいの高さをもつ巨大な帆ですが、展示用に縮小してあります。ラカトイによる交易は、20世紀半ばには衰退しましたが、このカヌーは島の人々が海洋文化館に出品するため建造したものです。 |
| 資料番号 | 00012 |
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| 情報所有館 | 海洋文化館 |
| 特徴 | パプアニューギニア・トロブリアンド諸島キリウィナ島のカヌーで、島民の好意により贈られた1975年の沖縄国際海洋博覧会当時の資料です。「クラ」とは、トロブリアンド諸島の人々が島の間で行う、貝製の首飾りや腕輪を交換する儀礼のことで、このカヌーはその航海用のもので、近くのクラパートナーの島々との間を行き来しました。実際のクラ交易に使われ、帆まで残る完全なもので、今では現地でも見られなくなった貴重な資料です。精緻な彫刻と彩色、美しいタカラガイの飾りが施され、装飾のためであると同時に、船を守る呪術的なものでもあります。こうしたカヌーは、現在、本来の目的ではほとんど使用されなくなりました。 |
| 資料番号 | 00013 |
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| 情報所有館 | 海洋文化館 |
| 特徴 | タタナーは「ターチ(二つ)」「タナ(棚=舷側材)」という意味です。琉球王国時代や明治時代の記録に「二棚船」や「四棚船」という舟が現れますが、そのうちの「二棚船」にあたります。20世紀のはじめに「伝馬船」という別の舟と混同されるようになり、忘れられていきました。板材を鉄釘でつないだ平底の舟で、前後の区別がつけにくく、安定性や操作性がよいのが特徴です。その性能を生かし、おもに移動・運搬に使われました。 |
| 資料番号 | 00014 |
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| 情報所有館 | 海洋文化館 |
| 特徴 | マチキフニは松木舟の意味で、リュウキュウマツで作った丸木舟です。2012(平成24)年に約3か月かけて、西表島の祖納集落で樹齢約70年のリュウキュウマツを使用し造られました。祖納集落では、丸木舟のことを材料の名を取って呼び、他にアカンギフニ(赤木舟)などがあり、戦後までは耕作地への往復や漁労などに使用しました。その集落に専門の船大工はおらず、住民がユイ(結)と呼ばれる共働関係を結び、協力して造りました。 |
| 資料番号 | 00015 |
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| 情報所有館 | 海洋文化館 |
| 特徴 | 明治時代以降、糸満で杉材を接ぎ合せたハギンニ(接ぎ船)をつくるようになり、ほかのサバニから区別するため「本ハギ」と呼ばれました。部材を接ぎ合せるのに鉄クギを使わず、フンドゥー、フンルーと呼ばれる木製の接合材やルークギと呼ばれる竹釘を使用しています。このサバニは2012に約3か月かけ、大城清が中心となって糸満市で建造したものです。1950年代を境にエンジン付きの漁船が普及し、ずいぶん少なくなりましたが、その後も各地のハーリー競漕で本ハギが求められたこともあり、その建造技術は、糸満市以外にも沖縄島南部の奥武島や石垣島の白保、伊江島など県内各地で受け継がれ、新たな製作者も現れています。 |
| 資料番号 | 00016 |
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| 情報所有館 | 海洋文化館 |
| 特徴 | 南洋ハギと呼ばれる型のサバニです。2012(平成24)年に約2か月かけ、大城昇が中心となって糸満市で建造しました。戦前のサイパン島に移住した船大工、上原新太郎が考案したと言われます。現地で入手可能な板を曲げて鉄釘で接合し、補強材をつけ加えたものです。本ハギの代用品の簡素な舟と思われがちですが、薄い板材を曲げたり接ぎ合せたりする作業には熟練の技が必要です。補強材はサバニでは「南洋ハギ」ではじめて採用されました。のちのサバニの動力化や大型化を可能にした、画期的な技術革新でした。現在は需要もなく、建造技術の継承に課題が残ります。 |
| 資料番号 | 00017 |
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| 情報所有館 | 海洋文化館 |
| 特徴 | 戦争中にアメリカ軍が沖縄に持ち込んだ多くの物資は、戦後、払い下げられ、さまざまな用途に転用されました。アメリカ軍用機の補助燃料タンクもそのひとつで、分割して舟として使いました。ジェラルミン製(鉄製)の燃料補助タンクを半分に分割して、木製の船べりを継ぎ足して作られています。 |
| 資料番号 | 00001 |
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| 情報所有館 | カクキュー八丁味噌(八丁味噌の郷) |
| 特徴 | 大正末期から昭和2年にかけて建てられたカクキューの本社屋。平成8年には愛知県では初となる国の登録有形文化財に登録された。教会のような洋風な形だが、色は黒と白を基調としており、周りの味噌蔵の色と調和するデザインとなっている。※外観のみ見学可 |
| 資料番号 | 00002 |
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| 情報所有館 | カクキュー八丁味噌(八丁味噌の郷) |
| 特徴 | 八丁味噌を天然醸造で熟成させる味噌蔵。工場見学では、大正13年に建てられた味噌蔵「甲子蔵(きのえねぐら)」の内部を見学することができる。八丁味噌は、岡崎市八丁町の気候風土の中で、二夏二冬(2年以上)天然醸造でゆっくりと熟成させる。木桶の上の円錐状の重石は天然の川石で、今でも10年以上修行をした熟練の職人の手で、味噌6トンに対して3トン(約350個)の石を積んでいる。 |
| 資料番号 | 00003 |
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| 情報所有館 | カクキュー八丁味噌(八丁味噌の郷) |
| 特徴 | 明治40年に味噌蔵として建てられた当社最大の蔵。近くを流れる矢作川がかつては頻繁に氾濫して川の水が押し寄せてきたため、石垣が高く積んである。平成3年からは内部を改装して史料館として開館している。 史料館では等身大の人形を使って昔ながらの味噌造りの工程を再現しており、宮内省御用達関連の史料やレトロな味噌のパッケージなどを展示している。大蔵も本社屋と同様に平成8年に愛知県では初となる国の登録有形文化財に登録された。 |
| 資料番号 | 00004 |
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| 情報所有館 | カクキュー八丁味噌(八丁味噌の郷) |
| 特徴 | 玄佺館(げんせんかん)は、19代 早川久右衛門の母方の実家である森家の蔵を移築し、2018年10月に開館。ここでは、カクキューの歴史や味噌の豆知識、全国味噌マップなどを常設展示している。森家は、元亀年間から約400年にわたり三重県四日市市で漢方医をしており、代々「森玄佺(もりげんせん)」という名を襲名している。この建物には、主に生薬などが保管されていた。「玄佺館」の名は「森玄佺」にちなんで名づけられた。 |
| 資料番号 | 00005 |
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| 情報所有館 | カクキュー八丁味噌(八丁味噌の郷) |
| 特徴 | 史料館には、当社最古の天保10年(1839年)製の六尺桶が展示されている。八丁味噌は今も昔も、全て六尺桶(高さと底の直径が約1.8m)という大きな木桶に仕込んで熟成させる。なお、現役で使用している最古の六尺桶は天保15年(1844年)製。 |
| 資料番号 | 00006 |
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| 情報所有館 | カクキュー八丁味噌(八丁味噌の郷) |
| 特徴 | 日本学術振興会南極地域学術観測隊の携行食品として当社の八丁味噌は昭和31年(1956年)9月、耐暑耐寒試験を受けた結果優良と認められ、同年11月の予備観測から昭和37年(1962年)4月まで毎回使用された。史料館には第八次南極観測越冬隊で豊田市出身の六峰咲年氏から贈られた感謝状および南極の石が展示してある。南極の石はブリザード(北極、南極地方で吹雪を交えて吹く寒い風)でえぐられた痕が確認できる。 |