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年内勘定帳(時の蔵)

資料番号 00038
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 醸造・土地経営などの事業全体の収支を決算するための帳簿です。1838年(天保9年)より1902年(明治35年)まで毎年作成されました。その間、決算帳簿としての体裁がしだいに整えられていきました。最初は個別の取引相手や金額を記載していました、後には個々の情報は、「大福帳」などの諸帳票に譲り、その収支のみが記載されるようになりました。江戸の森田半兵衛も最初のころは「森半」として記載されていましたが、帳簿の整備にともない、その記載もなくなりました。「年内勘定帳」では、酢の販売は江戸方面、尾張・三河・伊勢などの地元、廻船の三つに区分されました。
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すし屋与兵衛からの書状(時の蔵)

資料番号 00039
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 江戸両国のすし屋与兵衛から中野又左衛門らに宛てた手紙です。中野又左衛門と並んで記されている清八と重吉は、現在でいえば会社の重役にあたる支配人、為助は船頭です。すしや与兵衛は「早ずし」を始めたともいわれる人物です。この手紙が書かれたと思われる幕末期ごろでは、江戸でも最も有名なすし屋の1軒でした。与兵衛の他にも中野又左衛門は堺屋松五郎やけぬきずしなど有名なすし屋ともつながりがありました。この手紙は何か品物をもらったことに対する与兵衛からの礼状です。この時に与兵衛が中野又左衛門からもらった品はわかりませんが、中野又左衛門は与兵衛に毎年夏には瓜の粕漬、冬には海鼠腸を贈っていたようです。
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酒株請渡控(時の蔵)

資料番号 00040
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 1864年(元治元年)、酢造りと酒造りを兼営していた中野又左衛門は自らが持つ酒造株1514石と購入した651石を、約300石ずつ中野小吉などの一族や中野家関係の深い人々に譲渡しました。
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買帳(時の蔵)

資料番号 00041
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 「買帳」は支出を記録した帳簿です。酢の原料である酒粕、樽や桶、袋などの道具類、蔵で働く人々への給料など、中野又左衛門が支払った金額と費目・相手などが日を追って記されている。展示されている「買帳」は1845年(弘化2年)9月から約1年間の記録。(複製)
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商標登録願(時の蔵)

資料番号 00042
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 1884年(明治17年)商標条例が施行されると、商標の専有には登録が必要になり、登録者以外の使用が禁止されました。商標使用の権利は登録出願の先着者が優先されました。中野又左衛門は、それまで同じ丸環印を使ってきた他の酢屋に遅れを取り、新たな商標を考える必要に迫られました。そこで、中野家の家紋丸にさんぎをもとに、今のミツカンマークをデザインしました。ミツカンマークの商標は1887年(明治20年)5月に登録が認可されました。最初は「三ツ環」としましたがすぐに「ミツカン」と表記を改めました。
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商標披露会通券・弁当切符・寿し切符(時の蔵)

資料番号 00043
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 ミツカンマークの商標登録披露会を開催した際の資料。東京の新富座を借り切り、得意先など1,500人を招待し、ミツカンマーク入りの猪口などを配った。その費用1,300円は中埜又左衛門と東京の特約店の中井三郎で折半した。
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愛養舎のカップ&ソーサ―(時の蔵)

資料番号 00044
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 四代目又左衛門は1884年(明治17年)に現在のJR半田駅付近に畜舎や事務室などを建設して、「愛養舎」の名前で牛乳搾取・販売業をはじめました。愛養舎は1900年(明治33年)に「愛養舎牛乳之責任」と題するビラを発行しました。そこには、乳牛の飼育や牛乳の管理体制が万全であることなど責任を持って対処することが記されています。
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カブトビールの箱・ビール瓶、等(時の蔵)

資料番号 00045
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 中野又左衛門は、1887年(明治20年)、甥の盛田善平にビール製法の調査を行わせ、翌年200石の丸三ビールを売り出しました。その後、順調に売上を伸ばし、1898年(明治31年)には、レンガ造りの工場を新築し、本格的なドイツビールを目指しました。新銘柄のカブトビールは、エビスなどに次いで国内5番目のシェアを誇りました。その直後、大手ビール会社同士の熾烈な販売競争が始まり、ビール会社の経営権は東京の根津嘉一郎の手に渡りましたが、カフェ文化の隆盛とともに、カブトビールの名は全国に知れ渡りました。1943年に製造は中止しましたが、近年になり当時の味わいをもつカブトビールが復刻されました。
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第一期営業報告書(時の蔵)

資料番号 00046
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 株式会社中埜酢店としての第一期(1923年7月~1924年6月)営業報告書。9月1日、最大の市場である関東一円が関東大震災に見舞われ、12月27日には、最大の生産拠点であった半田第一工場にて大火災が発生したことが記載されている。株式会社としてのスタートはきびしいものでありました(複製)
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『美味しい酢のお料理』(時の蔵)

資料番号 00047
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 消費者に、お酢をもっと気軽に使ってもらうために、お酢を使ったおいしい料理の作り方をまとめた小冊子(昭和初期)
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歴代味ぽん(時の蔵)

資料番号 00048
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 昭和39年(1964年)「ぽん酢味付け」発売。1980年に「味ぽん」に商品名を変更。「味ぽん」発売初期の頃のラベルと壜。初期は丸い壜ではなく、三角壜でした。(複製)
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唐箕(とうみ)

資料番号 00001
情報所有館 マルキン醤油記念館
特徴 【小麦をよりわける「唐箕」】唐箕は、いまでいう精選機のことです。むかし、農家では収穫されたお米や小麦などの穀物の粒をわけたり、ゴミを取り除くために使われていました。醤油づくりでも、良い小麦だけをよりわけるために使われていました。
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甑(こしき)

資料番号 00002
情報所有館 マルキン醤油記念館
特徴 【大豆を蒸す釜「甑」】大豆を蒸すことを豆蒸しといいます。豆蒸しは、高さ1mもある甑に大豆を入れ、お湯の入った釜の上にのせます。甑は、釜の湯の蒸気が下の穴から入り、大豆を蒸しながら上ぶたのすきまからぬけるしくみになっています。
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焙烙(ほうろく)

資料番号 00003
情報所有館 マルキン醤油記念館
特徴 【小麦を炒る大鍋「焙烙」】焙烙は、小麦を炒るための大きな鍋です。火をたく竈戸は土やレンガでつくられていました。鍋の部分は小麦を焦がさないようにかきまぜるため、ふちが浅くなっています。焙烙で炒った小麦は、石臼で割られます。
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麹室

資料番号 00004
情報所有館 マルキン醤油記念館
特徴 【麹をつくる「麹室」】麹室は、大豆、小麦、種麹を混ぜ合わせたものを寝かせ、麹をつくるところです。室内は温度や湿度を自由に調整でき、麹菌が育ちやすいように工夫されています。麹は約3日間かかって出来上がります。
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大桶

資料番号 00005
情報所有館 マルキン醤油記念館
特徴 【麹と食塩水を入れもろみをつくる「大桶」】麹室でできた麹と食塩水を大桶に仕込みます。もろみは倉人たちに育まれ、1年かかって熟成します。大桶の中のもろみを、まんべんなく熟成させるために櫂でかきまぜます。仕込み初めの頃は毎日行われます。
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火入れ釜

資料番号 00006
情報所有館 マルキン醤油記念館
特徴 【醤油を整える「火入れ釜」】圧搾機でしぼられた生醤油は、火入れ釜で熱せられます。火入れは酵母や麹菌の働きをとめ、色、味、香りを整える大切な工程です。火入れ加減は最も難しい作業の一つで、おいしい醤油をつくる重要なポイントです。
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タヒチの儀礼用ダブルカヌー

資料番号 00001
情報所有館 海洋文化館
特徴 ポリネシア タヒチ島のダブルカヌー。1975年の沖縄国際海洋博覧会当時の資料です。この華やかに装飾されたダブルカヌーは、昔タヒチ島のさまざまな儀式に使われたカヌーを実物通りに復元したものです。復元はハワイのビショップ博物館の篠遠喜彦博士のご協力により、オセアニアの古代カヌーの専門家であり、優れた芸術家であるハーバート・カネ氏がデザインしました。これをタヒチ島の夕ウティラ村の人々の手で建造したものです。この儀礼用ダブルカヌーは、船首と船尾に装飾用の像がつけられ、デッキには小さな神殿が建てられていました。船首と船尾の像は、初期のヨーロッパ人来訪者のスケッチをもとに復元しました。
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バジャウの家船

資料番号 00002
情報所有館 海洋文化館
特徴 1975年の沖縄国際海洋博覧会当時の資料です。フィリピン南方スール一諸島を航海する、“レパ”と呼ばれる家船で、パジャウ人の住居であり、生業そのものの道具でもあります。夜は寝床、朝は食堂、昼は仕事場になります。船体はすっきりと突き出た船首と船べりを持ち、屋根はニッパヤシで作られています。アウトリガーも舷側もないので船が軽くなり、手漕ぎや帆走にすばらしい性能をも っています。収集当時はすでに船外機を取りつけたものが多くみられました。この“レパ”はフィリピン国立博物館の協力により、スール一諸島のシタンカイ島より贈られたもので、1975年の春まで漁師の一家が居住し、漁撈をいとなんでいました。
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バリ島のダブルアウトリガーカヌー

資料番号 00003
情報所有館 海洋文化館
特徴 バリ島で漁労に使われるダブルアウトリガー式のカヌー漁船です。船首は動物が口を開けたように二股になり、船尾は尾を表すように反り返っています。腕木は結縛される船体から大きく上に湾曲し、それに下に湾曲する添え木が結合されて竹で造られた浮き木に結縛されています。浮き木は先端が尖らされており、船尾、左舷側に舵がつき、帆は船首に近いところの横梁の穴に挿入された短いマストに三角帆が上桁の紐でぶら下がる構造になっています。マストは固定式でカロリン型のマストのように可動しません。2002年に建造したものを2013年に修復、収集しました。
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