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造り桶用半切(⑤仕込)

資料番号 00018
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 引卸のとき槙呑から竹呑に切り替え、酢を箱桶にいれるとき、酢漏れの受け皿などとして使用する。
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アジロ取用垂能(⑤仕込)

資料番号 00019
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 発酵終了後、表面に張っている酢酸菌膜(アジロ)をすくいとる道具。垂能に入った酢酸菌膜は菌膜に含まれている酢を網で分け廃棄する。
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五段梯子(⑥貯蔵)

資料番号 00020
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 足場が五段付いている梯子で、アジロサバキのときオリ下げ桶に掛けて作業する。
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アジロサバキ棒(⑥貯蔵)

資料番号 00021
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 オリ下げ桶の酢の液表面に酢酸筋膜(アジロ)が生じないよう、その表面を毎日朝夕さばく。酢酸菌が繁殖すると酢を分解して、水と炭酸ガスにし、酢の品質を劣化させる。
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大半切桶と大半切用柄杓(⑥貯蔵)

資料番号 00022
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 おおきな半切でオリ下げ酢をいったん入れて精製場に運ぶときに使用。オリ下げ桶の上呑を槇呑から竹呑みに切替、この半切にオリ下げ酢を溜め、大半切用柄杓でにない桶に汲みいれる。
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樋の口桶と越し用竹樋(⑦ろ過、灰ごし)

資料番号 00023
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 灰ごし後の酢をためる桶。待桶と1回分の処理量を保管すると考える。400リットルの桶は直径100cm高さ50cm程。越し用竹樋は越した液を集め樋口へ送る竹樋。大きな竹を縦に半分に割り節を取ったものを使用。
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越し用箱樋と初越し桶(⑦ろ過 灰ごし)

資料番号 00024
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 越し用箱樋は、待ち桶から初越桶11本に均等に流し入れる樋。箱樋の左右に竹筒を付け、この竹筒から越し桶にオリ引き酢や初越酢を流しいれる。
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初越し待桶(⑦ろ過、灰ごし)

資料番号 00025
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 初めにろ過する酢の待桶で初越し桶四斗樽の半分は濾剤で満たされ、残り空間の7割ほどが濾液量とすると300リットルの待桶待濾液量。
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表層桶(⑧詰め口)

資料番号 00026
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 詰め口前の酢を入れた桶。4.5尺桶で作業名を名付ける。詰め口の待桶として使用。
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四斗樽と樽詰漏斗(⑧詰め口)

資料番号 00027
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 製品出荷用の樽(四斗樽)に、漏斗の竹先を樽の入り口に入れ樽を木槌でたたきながら酢を柄杓で入れ、仮栓した。出荷時に満量にした。
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木槌 ・木栓(⑧詰め口)

資料番号 00028
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 四斗樽の栓と木槌。樽に酢を詰めるとき木槌で樽の天面をたたき、樽の詰め口量を確認し、樽の酢入れ口に栓をした。
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縄かけ済みの四斗樽(⑨荷造り)

資料番号 00029
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 酢を入れて販売する容器。満量詰めする。72リットル入り。出口はなく使用者が開けて酢を取り出す。
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小詰漏斗(⑨荷造り)

資料番号 00030
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 出荷前に樽の中の減った酢を補充する道具。出荷の2~3日前に樽に満量に酢を詰め、その後、出荷時に漏れなどで減った酢を漏斗で補充する。
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かすり(⑩掃除道具)

資料番号 00031
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 ささらで集めた酢や洗浄後の水を入れて、ため桶に入れる道具。
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ささら(⑩掃除道具)

資料番号 00032
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 細長い竹棒を縄で重ね縛ったもので、縄の方を手で掴み、竹の先でゴミや水を集めたり、底板と側板、側板と側板の隙間をこすって洗浄する。ほとんどの桶の洗浄に使用。
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6尺桶用柄だわし(⑩掃除道具)

資料番号 00033
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 柄の先にわら製のたわしが取り付けてある洗浄用の道具。柄が長く六尺桶用で桶内の側板をこすって洗浄する。
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弁財船(時の蔵)

資料番号 00034
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 310石積の弁財船富士宮丸。文政・天保期(1818~1844)ごろを中心に中野又左衛門の酢を江戸へ運んだ船を実物大で復元しています。(複製)弁財船の特徴は、1枚の大きな帆に受ける風を唯一の動力とすることです。弁財船の中央には大きな帆柱が1本だけあり、これと帆桁を組み合わせて大きな1枚の帆をはります。帆はとくに丈夫に作られた木綿をつなぎ合わせて1枚にしたものです。この帆の向きと高さを調節しながら航海しました。もう一つの特徴は、船体が板を次ぎ合わせて造られていることです。底・側面すべての板は船体に合うように曲げて、船首に突き出した「水押」といわれる材に接合されています。
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人馬賃払帳(時の蔵)

資料番号 00035
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 初代又左衛門が分家した年に、江戸に行った帰路の道中の馬と人足代を記したもの。品川から川崎まで人足賃は2人で138文だった。
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初代又左衛門の言い置き(時の蔵)

資料番号 00036
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 文化13年(1816年)又左衛門は隠居を決意し、太蔵を正式に二代又左衛門としました。初代又左衛門の「言置」は大要次のようなことを二代目に求めていました。1、神仏を大切に信心し、先祖代々の年忌は怠りなく勤めよ。1,火の元はとくに気を付け、醸造倉の釜や工場は必ず見て回るようににせよ。など八か条。
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酢屋店卸帳(時の蔵)

資料番号 00037
情報所有館 MIZKAN MUSEUM
特徴 「酢屋店卸帳」は、中野又左衛門が自らを「酢屋勘治郎」と名乗り作成した帳簿です。現在でいう損益計算書と貸借対照表の形式を持つ複式帳簿です。中野家の経営は酢方と酒方に分かれており、「酢屋店卸帳」は酢方の帳簿です。「酢屋店卸帳」最初の酢造りは、1810年(文化7年)の冬から翌秋にかけての270日間、2人の職人によるものでした。この年の総売上は約101両。純利益は約21両でした。翌年からは年間通して酢造りを行いました。その後、総売上は1833年(天保4年)には2000両を超えました。1837年(天保8年)の総売上は約3591両となり、順調に売上を伸ばしていく様子がこの帳簿から読み解くことができます。
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