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モハ80形1号車 電車

資料番号 00029
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 モハ80形は、1950(昭和25)年に登場した日本初の長距離用直流電車80系電車の中間電動車。80系電車は、電車方式を主体とする動力方式の基礎となった系列で、それまで電動車は運転台付きが原則であったが、長大編成が前提の80系では先頭車は制御装置のみを搭載し、電動車は中間車という区分けを初めて行った。80系はモーター出力の向上や台車を鋳鋼製とし、軸受にベアリングを採用するなど、新技術を採り入れることで、長距離・高速運転に対応し、最大16編成が可能となった。
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クハ489形1号車 電車

資料番号 00030
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 クハ489形は、485系に信越本線横川~軽井沢間の碓氷峠における補助機関車との協調運転装置を搭載した489系特急形交直流電車の先頭車。1号車は1971(昭和46)年に製造された初期形で、485系100番代をベースとしているためボンネットスタイルで、タイフォンはスカート部に搭載しているのが特徴である。「白山」「あさま」などで長く活躍したが、横川~軽井沢間の廃止によって用途を失い、晩年は急行「能登」として2010(平成22)まで活躍、2012(平成24)年に廃車となった。
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クハネ581形35号車 電車

資料番号 00031
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 1967(昭和42)年に登場した特急形交直流電車581系は、運用効率を高めるため、昼は座席車、夜は寝台車になる世界初の昼夜両用として481系をベースに開発され、先頭車は分割・併合できるよう貫通式とされた。1968(昭和43)年には交流50Hzにも対応した583系が誕生。ただし、制御車や付随車は581系列を踏襲した。クハネ581形35号車は1968(昭和43)年に製造され、「月光」「みどり」などの特急列車で活躍後、最後の定期急行列車「きたぐに」で2013(平成25)年まで運用された。
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キハ81形3号車 気動車

資料番号 00032
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 キハ81形は、日本初の特急用ディーゼルカーとして1960(昭和35)年に登場した。151系特急用電車の成功を受けて開発された非電化幹線における気動車特急用車両で、151系の影響を受けたボンネットスタイルとなり、車内も151系に準じている。当初は特急「はつかり」で活躍し、1968(昭和43)年の「はつかり」電車化で「つばさ」「いなほ」「ひたち」に転用された。その後、1972(昭和47)年には、紀勢本線の特急「くろしお」に投入され、展示しているキハ81形3号車は、1979(昭和54)年に廃車となった。
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DD51形756号機 ディーゼル機関車

資料番号 00033
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 DD51形は、1962(昭和37)年に非電化幹線用として登場した液体式ディーゼル機関車。中央に運転室、前後に1基ずつエンジンを配した凸形で、空気ばねの圧力を調整することで軸重を変更でき、亜幹線まで入線が可能である。1978(昭和53)年まで649両が製造され、「トワイライトエクスプレス」などの特急から貨物まで非電化区間の主力機として活躍した。後継機の登場もあり、両数は減少しているが現在も貨物列車を中心に現役を続けている。(2020年現在)
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DD54形33号機 ディーゼル機関車

資料番号 00034
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 DD54形は、1966(昭和41)年に登場した亜幹線旅客用の液体式ディーゼル機関車です。西ドイツ(当時)のライセンス供与によって開発された高出力エンジンと液体変速機を搭載し、1971(昭和46)年までに40両が製造された。性能面は優れていたものの、推進軸の強度不足や独特な機構の液体変速機のため保守が困難であり、また西ドイツ側との連携の不備も重なって故障が頻発したこともあり、1978(昭和53)年までに全車が引退した。
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EF52形1号機 電気機関車

資料番号 00035
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 EF52形は、国産化の推進と規格の統一を図るため、鉄道省とメーカーが共同で開発して1928(昭和3)年に登場した幹線旅客用直流電気機関車である。9両が製造され、うち2両は後に高速化を図って歯車比を変更したためEF54形に改番された。試作的要素が強いが、国産電気機関車の量産化に向けた礎となった。
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EF65形1号車 電気機関車

資料番号 00036
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 EF65形は、安定した走行とけん引力で長距離運転が可能な機関車として1965(昭和40)年に登場した直流電気機関車。けん引力を確保しつつ高速走行が可能で、当初の貨物用から、ブルートレインけん引用の500番代(P形)、重連運転が可能な高速貨物用500番代(F形)、汎用形の1000番代(PF形)と派生し、1979(昭和54)年までに電気機関車では最多の308両が製造された。両数は減少したものの、貨物列車を中心に現役で活躍している。(2020年現在)
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EF58形150号機 電気機関車

資料番号 00037
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 EF58形は、1948(昭和23)年に登場した旅客用直流電気機関車。特急や急行のけん引機として活躍したほか、お召し列車の専用機に指定されるなど直流区間全般で使用され、「ゴハチ」の愛称で親しまれた。150号機は1958(昭和33)年に製造され、東海道・山陽本線で長年活躍した後に1985(昭和60)年に廃車となった。しかし翌年に復活してイベント列車を中心に活躍し、2011(平成23)年に引退した。
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EF66形35号機 電気機関車

資料番号 00038
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 EF66形は、1966(昭和41)年に試作されたEF90形(後のEF66形900番代)をもとに1968(昭和43)年に登場した高速貨物用直流電気機関車。搭載された電動機の定各出力3900kWは、当時狭軌では世界最大を誇った。1974(昭和49)までに55両が製造され、生鮮品などをはじめとした東海道・山陽本線の高速貨物輸送に従事したほか、1985(昭和60)年から2009(平成19)年の「はやぶさ」「富士」廃止までブルートレインのけん引機としても活躍した。
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ナシ20形24号車 食堂車

資料番号 00039
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 ナシ20形は、1958(昭和33)年の特急「あさかぜ」登場にあわせて誕生した初代ブルートレイン20系特急用客車の食堂車。左右4人掛けテーブルが10セットのほか、電気レンジや電気冷蔵庫などが設置されたことにより、厨房設備が初めて完全電化となった。車両の内装が製造会社ごとに異なり、寝台特急の増発もあり36両が製造された。24号車は最終増備車で、1978(昭和53)年には引退し、1980(昭和55)年から旧交通科学博物館の館内食堂として使用された。
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オロネ24形4号車 寝台客車

資料番号 00040
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 オロネ24形は、24系客車のA寝台車で、1973(昭和48)年に9両製造された。開放形の2段式(プルマン式)寝台が特徴で、九州方面のブルートレインで活躍した。晩年には「日本海」で使用され、2012(平成24)年に同列車の廃止に伴い廃車となった。ほかには14系オロネ14形を24系に改造した100番代、「北斗星」の2人用個室寝台「ツインDX」用としてオハネ24形から改造した500番代などがあった。
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スシ28形301号車 食堂車

資料番号 00041
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 スシ28形は、1933(昭和8)年に食堂と2等座席の合造車スロシ38000形として登場し、1941(昭和16)年の称号改正でスロシ38形に改番された。戦争で食堂車が廃止となり、調理室を残したまま3等座席車に改造され、マハシ49形となったが、戦後にスハシ38形として復活した。展示車両は1962(昭和37)年、交通科学博物館の館内食堂として利用するため、前年に廃車されたスハシ38形102号車を全室食堂として改造したもので車両番号のスシ28形301号は、廃車後につけられた。
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マロネフ59形1号車 寝台客車

資料番号 00042
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 マロネフ59形1号車は、皇族・貴賓客用として1938(昭和13)年に1・2等寝台緩急車マイロネフ37290形として製造された3両のうちの1両で、1人用個室寝台と初のプルマン式開放形寝台が採用された。1941(昭和16)年にスイロネフ38形に改番され、戦後は進駐軍が接収し、緩急装置を撤去して冷房改造が施されたスイロネ37形となった。返還後は2等寝台緩急車に改造されマロネフ38形、さらに等級改正でマロネフ59形となった。
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ワム3500形7055号 貨車

資料番号 00043
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 ワム3500形は、1917(大正6)年~1925(大正14)年に11,873両製造された大正時代の代表的な15t積み有蓋貨車。登場時の形式はワム32000形で1928(昭和3)年、称号規程の改正によりワム3500形となった。車軸が長軸であったことから戦時中には2,500両が標準軸に改造され、中国に送られた。戦後も引き続き全国で活躍し、晩年は北海道に集約され1970(昭和45)年まで現役を続けた。
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ヨ5000形5008号車 車掌車

資料番号 00044
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 ヨ5000形は、1959(昭和34)年、日本初のコンテナ専用特急貨物列車「たから」のため、ヨ3500形の軸箱支持装置を2段リンク式に改造して最高速度85km/hでの営業運転を可能にした高速貨物用の車掌車。当初は12両が改造されたが、1962(昭和37)年からは新造車も加わり、区分するため5050番代となった。このほかにも、1967(昭和42)年以降にヨ3500形から追加改造された13500番代などがあり、最終的には1,000両を超えた。しかし1986(昭和61)年に貨物列車の緩急車・車掌車の廃止により用途を失い、全車が引退となった。
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EF81形103号機 電気機関車

資料番号 00045
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 EF81形は、幹線の電化が進む中、交流50Hz・60Hz、直流の電化区間を直通走行できる電気機関車として1968(昭和43)年に登場した。貨物から旅客まで、汎用性の高い標準形機関車として1979(昭和54)年までに関門トンネル用のステンレス製300番代を含む156両が製造された。その後、JR貨物が450番代・500番代を新製している。103号機は、僚機5両とともに塗色が変更され、連結器の交換や強化型緩衝装置の装備などを行い、「トワイライトエクスプレス」のけん引機として活躍した。
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スロネフ25形501号車 寝台客車

資料番号 00046
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 スロネフ25形は、「トワイライトエクスプレス」専用24系客車のA寝台車。1889(平成元)年、運転開始に際してオハネ25形2両を、後にオハネフ25形1両を改造して合計3両が誕生した。大阪寄り最後尾に連結され、展望室を備えたスイートルーム1室とロイヤルルーム4室で構成された最も豪華な寝台車で、個室には、ベッドのほかソファーやトイレ、シャワー室があり、定員は6名である。2015(平成27)年の同列車廃止まで活躍しました。
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スシ24形1号車 食堂車

資料番号 00047
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 スシ24形は、1988(昭和63)年、食堂車の廃止で余剰となっていた489系電車のサシ489形を改造して誕生した24系客車の食堂車。車内は豪華な内装に一新されたが、車体や台車は流用したために編成中では異彩を放っていた。当初は、青色のブルートレイン塗装でイベント列車などに使用されていたが、1989(平成元)年、「トワイライトエクスプレス」の運転に際し、塗装や内装など再度改造を受け組み込まれ、「ダイナープレヤデス」の愛称で、2015(平成27)年の同列車廃止まで活躍した。
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オハ25形551号車 客車

資料番号 00048
情報所有館 京都鉄道博物館
特徴 オハ25形は、「トワイライトエクスプレス」のサロンカー。1989(平成元)年の運転開始に際し、14系のオハネ15形2両を改造して合計3両が誕生した。屋根まで達する大型窓と日本海の眺望が楽しめるソファーが特徴で、フランス語で「北のサロン」を意味する「サロン・デュ・ノール」の愛称で呼ばれた。またシャワー室、電話室、洗面所、自動販売機などのサービス設備も備わっていた。
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