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天蚕の種とり籠

資料番号 00012
情報所有館 福島県立博物館
特徴 「天蚕」とは、日本在来の代表的な野蚕であるヤママユガのこと。ほぼ全国の野山でみられるが、一部地域では飼育もされてきた。当該資料は天蚕の交尾・産卵籠。籠の中に雌雄の蛾を入れ、紙で蓋をする。紙面を下にして、直射日光および夜間にも強い光線のあたらない静かな風通しの良い場所につるして交尾・産卵させる。雌蛾は産卵する際に籠の網目から尾部を突き出し、籠の外側に最高250粒程度の卵を産みつける。製作年代:不明
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桑かけザル

資料番号 00013
情報所有館 福島県立博物館
特徴 「桑かけ」とは、蚕に対してその成長に合わせて桑葉を与えること。その際に桑葉を運搬するために用いられたザル。新鮮な桑葉を供給しなければならないため、桑葉の収穫はほぼ毎日行われた。製作年代:不明
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桑つみ籠

資料番号 00014
情報所有館 福島県立博物館
特徴 蚕に与える桑葉を摘み取る際に使う籠。一般に、比較的小型な籠で腰につけるようなものが多い。当該資料は背負って使用したものと考えられる。製作年代:不明
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桑籠1

資料番号 00015
情報所有館 福島県立博物館
特徴 蚕に与える桑葉を運ぶための籠で、比較的大型のものをさすことが多い。貯桑籠ともいい、小型の桑つみ籠が積みいれた桑葉でいっぱいになると、これに移して運んだ。当該資料のように背負い縄をつけて背負うものと、天秤棒に下げて運ぶものがある。製作年代:不明
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桑入れザル

資料番号 00016
情報所有館 福島県立博物館
特徴 蚕に与える桑葉を摘み取る際に使う籠。一般に、比較的小型な籠で腰につけるようなものが多い。当該資料のように、これを籠といわず、ザルと呼ぶ地域もある。製作年代:不明
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桑籠2

資料番号 00017
情報所有館 福島県立博物館
特徴 蚕に与える桑葉を運ぶための籠で、比較的大型のものをさすことが多い。貯桑籠ともいい、小型の桑つみ籠が積みいれた桑葉でいっぱいになると、これに移して運んだ。当該資料のように背負い縄をつけて背負うものと、天秤棒に下げて運ぶものがある。当該資料のように長方形のものもまれにあり、これは農業用の小型自動車などで運ぶために用いられたと考えられる。製作年代:不明
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箱蚕座

資料番号 00018
情報所有館 福島県立博物館
特徴 「蚕座」とは蚕を飼育する場所のこと。「蚕箔」とよばれる飼育用のカゴや箱に筵や紙を敷いたものを指す。明治以降は竹製のものが多くなったが、地域によってはケヤキやサワグルミの皮で作ったもの、木製や藁製のものも使われてきた。製作年代:不明
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糸網

資料番号 00019
情報所有館 福島県立博物館
特徴 蚕に桑を与えるとき、蚕の糞や食べカスを取り除くのに使用する蚕網の一種。蚕籠の上に載せ、その上に桑を載せると、蚕が網の上に出て葉を食べる。そのまま網ごと別の蚕籠に移し、それまでの蚕籠に溜まった糞や食べカスを捨てるといった形で使用される。蚕が小さいうちは、木綿糸や麻糸で編み、柿渋で染めた糸網が使われる。製作年代:不明
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藁網

資料番号 00020
情報所有館 福島県立博物館
特徴 蚕に桑を与えるとき、蚕の糞や食べカスを取り除くのに使用する。蚕籠の上に載せ、その上に桑を載せると、蚕が網の上に出て葉を食べる。そのまま網ごと別の蚕籠に移し、それまでの蚕籠に溜まった糞や食べカスを捨てるといった形で使用される。蚕が小さいうちは、木綿糸や麻糸で編み、柿渋で染めた糸網が使われる。製作年代:不明
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ワラダ

資料番号 00021
情報所有館 福島県立博物館
特徴 蚕を飼育するための飼育かごのこと。藁製だったり、竹カゴに筵を敷いたものであったりする。福島県内では円形、群馬などの北関東では四角形のものが多い。製作年代:不明
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柴まぶし

資料番号 00022
情報所有館 福島県立博物館
特徴 まぶし(蔟)とは、成長して熟蚕となった蚕が繭をつくるための巣のようなもの。古くは、山間部などでは木の枝(粗朶)が使われた。これもそうしたまぶしの一種。しかし、次第に藁が主力となっていくことで、姿を消していった。製作年代:不明
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ムカデまぶし

資料番号 00023
情報所有館 福島県立博物館
特徴 まぶし(蔟)とは、成長して熟蚕となった蚕が繭をつくるための巣のようなもの。藁縄に15cmほどの藁を挟み込んで作ったまぶしで、その姿がムカデにみえることからこの名がついた。かさばり、保管上に難点があることから、次第に使われなくなったという。製作年代:不明
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折藁まぶし

資料番号 00024
情報所有館 福島県立博物館
特徴 まぶし(蔟)とは、成長して熟蚕となった蚕が繭をつくるための巣のようなもの。古くは木の枝を用いた粗朶まぶしが中心だったが、次第に藁製のまぶしがとってかわった。折藁まぶしは、藁を手折りまとめた簡単な作りのもの。後には、まぶし折機の登場によって、量産も可能になった。製作年代:不明
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生糸標本

資料番号 00025
情報所有館 福島県立博物館
特徴 生糸は蚕の繭から取ったままで、撚ったり精錬していない糸のこと。製糸は釜などで繭を煮ながら枠に巻き取る手挽き法で行われたが、江戸時代後期には座繰機があらわれ、機械製糸の生産高が増えてく。これにより、製糸業は家内工業から工場生産へと移って行った。生糸は一捻り約70gに作ったものを1綛(かせ)とし、30綛を1括とした。内地向けには約18括を1梱(こり)、輸出向けには約29括を1俵として梱包した。製作年代:不明
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繭標本1

資料番号 00026
情報所有館 福島県立博物館
特徴 明治になると、ヨーロッパや中国を原産とする蚕種が入るようになり、これらと日本種を交配し、より品質のよい蚕品種を作り出す試みが行われるようになった。明治38年には外山亀太郎が蚕における雑種強勢(交雑第一世代が親より優れた性質を持つ現象)を発見、政府は原蚕種製造所(後の蚕業試験場)を設立し、この研究を推進した。こうした一代限りの交雑種の利用は大正に入ると急速に普及し、蚕品種の生産性も格段の進歩をみることとなり、様々な奨励品種も誕生した。製作年代:昭和4年
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今昔繭標本

資料番号 00027
情報所有館 福島県立博物館
特徴 明治になると、ヨーロッパや中国を原産とする蚕種が入るようになり、これらと日本種を交配し、より品質のよい蚕品種を作り出す試みが行われるようになった。明治38年には外山亀太郎が蚕における雑種強勢(交雑第一世代が親より優れた性質を持つ現象)を発見、政府は原蚕種製造所(後の蚕業試験場)を設立し、この研究を推進した。こうした一代限りの交雑種の利用は大正に入ると急速に普及し、蚕品種の生産性も格段の進歩をみることとなり、様々な奨励品種も誕生した。製作年代:不明
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生糸見本

資料番号 00028
情報所有館 福島県立博物館
特徴 生糸は蚕の繭から取ったままで、撚ったり精錬していない糸のこと。製糸は釜などで繭を煮ながら枠に巻き取る手挽き法で行われたが、江戸時代後期には座繰機があらわれ、機械製糸の生産高が増えてく。これにより、製糸業は家内工業から工場生産へと移って行った。生糸は一捻り約70gに作ったものを1綛(かせ)とし、30綛を1括とした。内地向けには約18括を1梱(こり)、輸出向けには約29括を1俵として梱包した。製作年代:不明
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繭かけ合わせ標本6

資料番号 00029
情報所有館 福島県立博物館
特徴 明治になると、ヨーロッパや中国を原産とする蚕種が入るようになり、これらと日本種を交配し、より品質のよい蚕品種を作り出す試みが行われるようになった。明治38年には外山亀太郎が蚕における雑種強勢(交雑第一世代が親より優れた性質を持つ現象)を発見、政府は原蚕種製造所(後の蚕業試験場)を設立し、この研究を推進した。こうした一代限りの交雑種の利用は大正に入ると急速に普及し、蚕品種の生産性も格段の進歩をみることとなり、様々な奨励品種も誕生した。資料は日1号・支4号、欧7号・支7号、日128号・支1128号それぞれを掛け合わせたものの標本。製作年代:不明
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検尺器

資料番号 00030
情報所有館 福島県立博物館
特徴 生糸の繊度(太さ)を測定するための道具。生糸は直径を計るのが困難なため、一定の長さに対する重さで、太さを表した。レバーを回すことで糸を巻き取り、その重さを計ることでデニール算出した(長さ450mの糸が0.05gあるものが1デニールと定められている)。製作年代:不明
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蚕当計見本

資料番号 00031
情報所有館 福島県立博物館
特徴 蚕を飼育する蚕室の温度管理に使われた道具。現在の福島県伊達市の養蚕農家、中村善右衛門が体温計に着想を得て嘉永2年(1894)に考案したとされる。従来は農家の勘に頼ってきた温度管理を改め、科学的な養蚕を可能にした。製作年代:不明
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