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自走枠(じそうわく)

資料番号 00005
情報所有館 大牟田市石炭産業科学館
特徴 ドラムカッター、払コンベアとともに、三池炭鉱の採炭切羽で使用された当時の最新採炭システムを構成する機械のひとつです。鋼鉄製の自走枠は、切羽に向かって約100台並べられ、水圧によって切羽の天井を支えるだけでなく、払いコンベアとその上にあるドラムカッターを炭壁側に押しつける働きをします。ドラムカッターの移動に応じて1台ずつ前進します。展示機械は昭和56年に導入されたもので、その後改良が繰り返され、昭和63年に採炭システムの最新機種MHPが導入されました。三井三池製作所製 MKSP-FSC40型 MIシールド枠 自走枠 最高高さ:3.5m 最低高さ:1.65m 重量:約15t/台
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シンボルツリー「二十世紀梨の巨木」

資料番号 00001
情報所有館 鳥取二十世紀梨記念館
特徴 鳥取二十世紀梨記念館のシンボル「二十世紀梨の巨木」である。巨木の直径は20メートルもあり天井を覆うように広がっており、国内最大の二十世紀梨の木といえる。地下5メートルまで伸びた根も一緒に展示しており、一階床面から枝までの高さは6メートルになる。1999年当時、この巨木は樹齢74年でありながら4千個の見事な果実をならせており、通常の木(800個程度)の約5倍の個数を誇っていた。整然と配置された枝やまんべんなく付いた花芽や土つくりによって張り出した多くの根など、まさに鳥取県の梨づくり100年の技術が注ぎ込まれたモデル樹といっても過言ではない。(移植年:1925年頃)
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塗油機(とゆき)

資料番号 00002
情報所有館 鳥取二十世紀梨記念館
特徴 新聞紙で作った、果実を病気や虫の被害から防ぐための防護袋を強化するために、胡麻油(えごまあぶら)、桐油(とうゆ)、亜麻仁油(あまにゆ)、菜種油(なたねあぶら)などに石油をまぜたものをこの機械で防護袋に塗布した。(製作年:昭和30年代前半頃)
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宮古上布 苧麻紺地経緯絣平織着尺(チョマコンジタテヨコガスリヒラオリキジャク)1

資料番号 00001
情報所有館 宮古島市総合博物館
特徴 宮古上布は経糸、緯糸ともに手績みの苧麻糸のみで織られている麻織物で、夏用着尺として最高のものとされている。原料となる苧麻から糸を作り、布として仕上がるまでの全行程を手作業で分業して行う。1978(昭和53)に国の重要無形文化財に指定されている。本資料の柄は大柄でヨミ数は15ヨミ。制作者は下地恵康で昭和60年代に作られた「夢の架け橋」と呼ばれる作品である。ヨミ数とは、織機の道具である筬(おさ)の密度をあらわす用語。筬はくし状になっており、その隙間(羽)に2本ずつ経糸を通す。筬目40羽で1ヨミとなるので、15ヨミの場合、15ヨミ×40羽×2本=1200本の経糸が使用されていることになる。
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宮古上布 苧麻紺地経緯絣平織着尺2

資料番号 00002
情報所有館 宮古島市総合博物館
特徴 宮古上布は経糸、緯糸ともに手績みの苧麻糸のみで織られている麻織物で、夏用着尺として最高のものとされている。原料となる苧麻から糸を作り、布として仕上がるまでの全行程を手作業で分業して行う。1978(昭和53)に国の重要無形文化財に指定されている。本資料の柄は亀甲柄でヨミ数は16ヨミ。制作者は友利玄純で昭和60年前後に作られた。
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宮古上布 苧麻紺地経緯絣平織着尺3

資料番号 00003
情報所有館 宮古島市総合博物館
特徴 宮古上布は経糸、緯糸ともに手績みの苧麻糸のみで織られている麻織物で、夏用着尺として最高のものとされている。原料となる苧麻から糸を作り、布として仕上がるまでの全行程を手作業で分業して行う。1978(昭和53)に国の重要無形文化財に指定されている。本資料の柄は十文字柄でヨミ数は16ヨミ。制作者は池間方俊で制作年代は不明である。
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宮古上布 苧麻紺地経緯絣平織着尺4

資料番号 00004
情報所有館 宮古島市総合博物館
特徴 宮古上布は経糸、緯糸ともに手績みの苧麻糸のみで織られている麻織物で、夏用着尺として最高のものとされている。原料となる苧麻から糸を作り、布として仕上がるまでの全行程を手作業で分業して行う。1978(昭和53)に国の重要無形文化財に指定されている。本資料の柄はプトゥキ(仏)柄でヨミ数は15ヨミ。制作者は平良寛正で制作年代は不明である。
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宮古上布 苧麻紺地経緯絣平織着尺5

資料番号 00005
情報所有館 宮古島市総合博物館
特徴 宮古上布は経糸、緯糸ともに手績みの苧麻糸のみで織られている麻織物で、夏用着尺として最高のものとされている。原料となる苧麻から糸を作り、布として仕上がるまでの全行程を手作業で分業して行う。1978(昭和53)に国の重要無形文化財に指定されている。本資料の柄はクピン柄でヨミ数は15ヨミ。制作者は池間方俊で制作年代は不明である。
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宮古上布 苧麻紺地経緯絣平織着尺6

資料番号 00006
情報所有館 宮古島市総合博物館
特徴 宮古上布は経糸、緯糸ともに手績みの苧麻糸のみで織られている麻織物で、夏用着尺として最高のものとされている。原料となる苧麻から糸を作り、布として仕上がるまでの全行程を手作業で分業して行う。1978(昭和53)に国の重要無形文化財に指定されている。本資料の柄は大柄でヨミ数は15ヨミ。制作者は下地恵康で制作年代は不明である。
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東北電力旧大川発電所水車

資料番号 00001
情報所有館 福島県立博物館
特徴 昭和3年(1928年)5月に運用が開始された会津若松市大戸町の東北電力旧大川発電所で用いられていたフランシス水車。最大出力4750キロワットを誇った縦軸単輪単流渦巻フランシス水車は、昭和2年(1927年)に電業社原動機製造所で製造されたものであり、大川ダム建設に伴って廃止される昭和60年(1985年)1月まで発電機を回し続けた。
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庭坂第一発電所門標

資料番号 00002
情報所有館 福島県立博物館
特徴 明治28年(1895年)に福島電燈株式会社(現東北電力株式会社)が建設した福島県最初の水力発電所(宮城県仙台市の三居沢発電所に次いで東北で2番目)。最大出力100キロワット。年代:昭和戦後
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田子倉発電所碍子

資料番号 00003
情報所有館 福島県立博物館
特徴 38万キロワットの田子倉発電所内にある断路機で使用されていた碍子。年代:1960年代
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ビラム型普通測風器

資料番号 00004
情報所有館 福島県立博物館
特徴 常磐炭鉱で使用された風速計。坑内にガスがたまるのを未然に防ぐため、空気の流れと風の強さを確認するために使用された。年代:昭和初期以降
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安積疏水志

資料番号 00005
情報所有館 福島県立博物館
特徴 安積開拓事業の業績を後世に伝えるため、明治38年(1905年)に安積疏水事務所から刊行されたもので、天・地・人の3冊からなり、政府及び地元に残された資料を用いながら編年体でまとめられている。編者の農政家織田完之は、若松県の権少属などを務めた。
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大橋式織機

資料番号 00006
情報所有館 福島県立博物館
特徴 明治39年(1906年)、大橋哲弥により発明された羽二重用の織機。川俣町の工場で使用され、12デニールの細い生糸で織られた川俣軽目羽二重の生産が飛躍的に増大した。
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繭かけ合わせ標本1

資料番号 00007
情報所有館 福島県立博物館
特徴 明治になると、ヨーロッパや中国を原産とする蚕種が入るようになり、これらと日本種を交配し、より品質のよい蚕品種を作り出す試みが行われるようになった。明治38年には外山亀太郎が蚕における雑種強勢(交雑第一世代が親より優れた性質を持つ現象)を発見、政府は原蚕種製造所(後の蚕業試験場)を設立し、この研究を推進した。こうした一代限りの交雑種の利用は大正に入ると急速に普及し、蚕品種の生産性も格段の進歩をみることとなり、様々な奨励品種も誕生した。資料は日502号・支125号それぞれと、それを掛け合わせたものの標本。製作年代:不明
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繭かけ合わせ標本2

資料番号 00008
情報所有館 福島県立博物館
特徴 明治になると、ヨーロッパや中国を原産とする蚕種が入るようになり、これらと日本種を交配し、より品質のよい蚕品種を作り出す試みが行われるようになった。明治38年には外山亀太郎が蚕における雑種強勢(交雑第一世代が親より優れた性質を持つ現象)を発見、政府は原蚕種製造所(後の蚕業試験場)を設立し、この研究を推進した。こうした一代限りの交雑種の利用は大正に入ると急速に普及し、蚕品種の生産性も格段の進歩をみることとなり、様々な奨励品種も誕生した。資料は日122号・支122号それぞれと、それを掛け合わせたものの標本。製作年代:不明
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繭かけ合わせ標本3

資料番号 00009
情報所有館 福島県立博物館
特徴 明治になると、ヨーロッパや中国を原産とする蚕種が入るようになり、これらと日本種を交配し、より品質のよい蚕品種を作り出す試みが行われるようになった。明治38年には外山亀太郎が蚕における雑種強勢(交雑第一世代が親より優れた性質を持つ現象)を発見、政府は原蚕種製造所(後の蚕業試験場)を設立し、この研究を推進した。こうした一代限りの交雑種の利用は大正に入ると急速に普及し、蚕品種の生産性も格段の進歩をみることとなり、様々な奨励品種も誕生した。資料は日124号・支122号それぞれと、それを掛け合わせたものの標本。製作年代:不明
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繭かけ合わせ標本4

資料番号 00010
情報所有館 福島県立博物館
特徴 明治になると、ヨーロッパや中国を原産とする蚕種が入るようになり、これらと日本種を交配し、より品質のよい蚕品種を作り出す試みが行われるようになった。明治38年には外山亀太郎が蚕における雑種強勢(交雑第一世代が親より優れた性質を持つ現象)を発見、政府は原蚕種製造所(後の蚕業試験場)を設立し、この研究を推進した。こうした一代限りの交雑種の利用は大正に入ると急速に普及し、蚕品種の生産性も格段の進歩をみることとなり、様々な奨励品種も誕生した。資料は日501号・支502号それぞれと、それを掛け合わせたものの標本。製作年代:不明
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繭かけ合わせ標本5

資料番号 00011
情報所有館 福島県立博物館
特徴 明治になると、ヨーロッパや中国を原産とする蚕種が入るようになり、これらと日本種を交配し、より品質のよい蚕品種を作り出す試みが行われるようになった。明治38年には外山亀太郎が蚕における雑種強勢(交雑第一世代が親より優れた性質を持つ現象)を発見、政府は原蚕種製造所(後の蚕業試験場)を設立し、この研究を推進した。こうした一代限りの交雑種の利用は大正に入ると急速に普及し、蚕品種の生産性も格段の進歩をみることとなり、様々な奨励品種も誕生した。資料は日127号・支127号それぞれと、それを掛け合わせたものの標本。製作年代:不明
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