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11V652

資料番号 00149
情報所有館 門司電気通信レトロ館
特徴 極超短波(300MHz~3GHz帯)通信用の送信機に使用されていたクライストロン。主に、国内の電話やテレビの長距離通信用として幅広く活躍していた。製造年:1990年(平成2年)。製造会社等:日本電気。※見学要予約。
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LD‐531

資料番号 00150
情報所有館 門司電気通信レトロ館
特徴 鹿児島(大浦)~奄美大島(朝戸)~沖縄(多野)間の見通し外通信(2GHz帯)用の送信機に使用されていた真空管。主に、離島間の電話・テレビ用として活躍していた。製造年:1968年(昭和43年)。製造会社等:日本電気。※見学要予約。
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LD-551

資料番号 00151
情報所有館 門司電気通信レトロ館
特徴 鹿児島(大浦)~奄美大島(朝戸)~沖縄(多野)間の見通し外通信(2GHz帯)用の送信機に使用されていた真空管。主に、離島間の電話・テレビ用として活躍していた。製造年:1967年(昭和42年)。製造会社等:日本電気。※見学要予約。
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LD-583

資料番号 00152
情報所有館 門司電気通信レトロ館
特徴 鹿児島(大浦)~奄美大島(朝戸)~沖縄(多野)間の見通し外通信(2GHz帯)用の送信機に使用されていた真空管。主に、離島間の電話・テレビ用として活躍していた。製造年:1965年(昭和40年)。製造会社等:日本電気。※見学要予約。
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綿繰り機

資料番号 00001
情報所有館 観音寺市郷土資料館分館  豊浜郷土資料館
特徴 棉の木から摘み取られた採綿の中には、6個から8個ほどの種があります。その種を取り除く道具で、別名『実取り』とも呼ばれています。取っ手を回し、真ん中のローラーに綿を入れると種が取れます。この種を除いた綿を『繰り綿』といいます。
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唐弓

資料番号 00002
情報所有館 観音寺市郷土資料館分館  豊浜郷土資料館
特徴 繰り綿は、繊維が不ぞろいで固くなっています。その繊維をほぐし、整える作業を製綿といいます。その製綿をする道具が唐弓で、弓の弦ではじくと繰り綿がほぐされふわふわの状態になってきます。この、ほぐされた綿を『打ち綿』といいます。
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糸車

資料番号 00003
情報所有館 観音寺市郷土資料館分館  豊浜郷土資料館
特徴 打ち綿を細い筒状の『篠巻き』にして、糸車にかけると木綿糸が出来ます。糸車の回転と篠巻きの引き具合で糸の太さが変わってきます。この、糸車で紡がれた糸は、小管に巻かれた状態になっています。
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綛かけ

資料番号 00004
情報所有館 観音寺市郷土資料館分館  豊浜郷土資料館
特徴 糸車で紡いだ糸を綛かけに巻き取る作業を『綛上げ』といいます。綛かけに巻き取られた糸を外すと『綛糸』になります。漢字の糸の文字は、この綛糸から生まれました。
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コンテナ船模型「箱根丸」

資料番号 00001
情報所有館 琴平海洋博物館(海の科学館)
特徴 箱根丸は日本郵船株式会社が1963(昭和43)年に北米西航路に日本初のフルコンテナ船として就航。総トン数16240トン:1968年竣工
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御座船模型「飛龍丸」

資料番号 00002
情報所有館 琴平海洋博物館(海の科学館)
特徴 御座船は西国大名が参勤交代に使った御召船である。飛龍丸は讃岐高松藩の御座船で大櫂52梃・18反帆・500石積という当時としては建造を許される最大級の船であった。
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帆船模型「カティーサーク」

資料番号 00003
情報所有館 琴平海洋博物館(海の科学館)
特徴 19世紀に中国からイギリスへ紅茶を輸送するために就航した快速帆船。
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船舶模型「南極探検船 開南丸」

資料番号 00004
情報所有館 琴平海洋博物館(海の科学館)
特徴 白瀬中尉が南極探検に使った204トンの木造機帆船「開南丸」。白瀬中尉はノルウェーやイギリスと南極点の踏破を競った。
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帆船軍艦「咸臨丸」

資料番号 00005
情報所有館 琴平海洋博物館(海の科学館)
特徴 日本軍艦として初めて太平洋を横断した江戸幕府の軍艦。水夫とよばれていた船員50名のうち35名は香川県塩飽出身であった。
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世界航海図「輿地航海図」

資料番号 00006
情報所有館 琴平海洋博物館(海の科学館)
特徴 1845年にイギリス人により作られた世界地図をもとに、1858年に沼津の医師武田簡吾らが翻訳・発刊した世界航海図。日本は「日本諸島」として地図右側に描かれ「四国・大坂港」等の記載がみられる。
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巻物「西洋軍艦構造分解図説」

資料番号 00007
情報所有館 琴平海洋博物館(海の科学館)
特徴 徳川幕府のオランダ通詞(訳官)本木庄左衛門が文化年間に作成したもので、元治元年(1864年)坂本龍馬の手に渡り、慶応三年(1867年)伊予大洲藩西洋流兵学者武田斐三郎の手に渡ったと伝えられるもの。
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錦絵「海上安全萬代寿」

資料番号 00008
情報所有館 琴平海洋博物館(海の科学館)
特徴 1863年に14代将軍徳川家茂は京都に上洛し、復路はイギリスから購入した順動丸に乗船して江戸に帰っている。この絵は神仏に守られながら船で江戸に戻る家茂を描いたといわれている。
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錦絵「函館港軍艦戦争図」

資料番号 00009
情報所有館 琴平海洋博物館(海の科学館)
特徴 新政府軍の軍艦に対峙する旧幕府軍の軍艦が描かれた函館総攻撃時の様子。
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増永 五左ェ門(マスナガ ゴザエモン) 翁像

資料番号 00001
情報所有館 めがねミュージアム
特徴 福井県に眼鏡産業を広めた増永 五左ェ門の銅像。福井県が眼鏡作りを始めたのは、1905年。農閑期の収入源として、大阪や東京から職人を招き入れ、眼鏡の作り方を学んだ。新聞や雑誌が次々と発行され、眼鏡の需要が高まっていることを見越しての判断であった。
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鞴(フイゴ)

資料番号 00002
情報所有館 めがねミュージアム
特徴 ハンドルを前後に動かし、パイプを通して風を送る道具。火力を強める際に使用される。当時の眼鏡の原材料である赤銅(銅・金・スズの合金)を溶かす為には、1100度以上の熱が必要で、燃料には松炭とコークスが使われていた。 年代:大正~昭和初期
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竿秤(サオバカリ)

資料番号 00003
情報所有館 めがねミュージアム
特徴 赤銅合金の材料となる銅・金・スズなどの配合を調整するための重量計。右手で持って、天秤の釣り合いで重さを測る。 年代:大正~昭和初期
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