26,828 件中 8481-8500件を表示
資料画像

鉄釉大海茶入

資料番号 00006
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 伝桧平窯跡出土。高4.5cm。瀬戸窯では14世紀中頃には肩の張る胴長の肩衝形・口の広い大海形・頸部に粘土塊を貼り付けた擂座形・細頸の丸壺形の4種類の茶入が生産されました。本作品は大海茶入の典型的な例で、肩の張りが強く、胴部には沈線が一周しています。鉄分の多い土を胎土に使用して非常に薄手に制作されており、中国製品をよく模倣した優品です。年代:14世紀中期
資料画像

鉄釉四耳壺

資料番号 00007
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 重要有形民俗文化財。「慶長 藤四郎 元年」刻銘。幅24.3cm。端正な球状の体部に大形の耳を伴う四耳壺で、やや赤味のある黝灰(ゆうかい)色で緻密な胎土が用いられています。釉薬が重ねて掛けられ、特に耳の間の肩部から釉薬が流れ落ちるように意識的に掛けられていますが、釉薬が混ざり合い飴色から褐色気味の発色をしています。年代:慶長元年(1596)
資料画像

鳴海織部沓形茶碗

資料番号 00008
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 重要有形民俗文化財。口径13.8cm。白土と鉄分を含んだ赤土の二種類をつなぎ合わせた沓形の茶碗です。白土には緑釉を、赤土には長石釉をかけて片身替わりにしたものです。文様は赤土部分に白化粧土と鉄絵で描かれます。年代:江戸時代前期
資料画像

鉄釉十一面観音像

資料番号 00009
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 赤津窯加右エ門。高38.7cm。どっしりと立つ大柄な体型や、大きな手足、おたふくを連想させるふっくらとした顔の表情は観音像の造形としては珍しいですが、見る者に大らかで明るい印象を与える良い作品です。全体に鉄釉が施されていますが、顔と両手足は無釉。胎土に鉄を含んだ土を使用しており、全体の色調が整えられています。背中に「慶安四年七月吉日 飽津窯加右エ門」と銘が彫られています。年代:慶安4年(1651年)
資料画像

鉄釉敷瓦

資料番号 00010
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 穴田窯出土。幅30cm。瀬戸市の北部にある定光寺に建てられた尾張徳川家藩祖徳川義直公の廟所の源敬公廟の焼香殿に使用されたものと同型の敷瓦です。この敷瓦は日本のタイルの黎明期のものといわれ、濃い鉄釉が全面に施され、薄い鉄釉で中央に花文、対角に唐草文が描かれています。年代:17世紀中期
資料画像

馬の目皿

資料番号 00011
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 口径30.7cm。皿の内面に茶色の鉄系顔料で渦巻き文様が数個描かれているもので、この渦巻き文様が「馬の目玉」のように見えることから後にこの名前がついたといわれています。馬の目皿は一見単調に見えますが、渦巻き文様だけでも千差万別で、その数は3個から10個までと様々です。また、見込み部分に絵の描かれているものもあります。年代:19世紀中期
資料画像

松竹梅文石皿

資料番号 00012
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 口径27cm。皿の縁が鍔のように突き出た厚手の皿で、この形状は割れにくく、持ち運びが便利という実用性を重視したものだといわれています。石皿は見込みに絵が描かれているものがあり、青色の呉須と茶色の鉄系顔料の二色が必ず使用されています。描かれている文様は、柳、菊、桜などの草木文を始めとして松竹梅、鶴亀、宝珠などの縁起のよいものや判じ絵など多岐にわたります。年代:19世紀中期
資料画像

駱駝文行燈皿

資料番号 00013
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 口径19.7cm。行燈皿は、行燈の台に置き、その燈火から落ちる油を受けたり、油注ぎを置く台として使用される皿で、別名「油皿」とも呼ばれます。この皿には高台がなく、こぼれた油をこぼさないように皿の縁が立ちあがった形状になっているのが特徴です。行燈皿は、茶色の鉄系顔料で絵が描かれているものが多く、その絵は行燈の灯りでほのかに照らし出されることを考え、落ち着いた雰囲気のものが主流となっています。年代:19世紀中期
資料画像

水禽文絵高麗

資料番号 00014
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 口径31.6cm。一般的にいわれる絵高麗は中国磁州窯製の白化粧の鉄絵皿などを指しますが、瀬戸では白化粧した素地に鉄系顔料と瀬戸地方独特の赤楽とよばれる顔料を用いて、安南手の獣禽文の絵皿を真似たものをいいます。高麗手ともよばれ、文政5年(1822)に下品野村の加藤定蔵がつくりだしたといわれています。年代:19世紀中期
資料画像

染付山水図花瓶

資料番号 00015
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 重要有形民俗文化財。伝加藤民吉(初代)伊豆原麻谷 画。高46.8cm。加藤民吉は江戸時代後期の瀬戸村の窯屋。父吉左衛門とともに熱田の新田開発に従事していた際に尾張藩熱田奉行津金文左衛門の指導と援助により南京焼(磁器)の研究を行ない、享和元年(1801)9月、染付磁器の焼成に成功しました。その後、文化元年(1804)に九州へ修業に行き、肥前の技術を瀬戸に伝えて瀬戸の磁器づくりを発展させたことから民吉は瀬戸の磁祖として窯神神社に祀られています。この作品は胴部には山水図、下部には龍が描かれ、底部には尾張を示す「張」の染付銘が記されています。年代:19世紀前期
資料画像

染付山水図三段重

資料番号 00016
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 重要有形民俗文化財。伝 加藤忠治。高さ18.3cm。加藤忠治は江戸時代後期の瀬戸の窯屋で、享和元年(1801)、瀬戸において最初に磁器生産へ転じた十六家に名を連ねました。また、染付焼茶碗を12俵(約1200個)を尾張藩の蔵元へ最初に納めています。忠司の作品は山水画に巧みで、良質の呉須を豊富に使用することから、発色が鮮やかで、瑠璃釉に近い色合いが特徴です。年代:江戸時代後期
資料画像

染付花鳥図獅子鈕蓋付大飾壺

資料番号 00017
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 初代 川本桝吉。高さ96.0cm。川本桝吉は瀬戸で「竒陶軒」と号し、三代にわたって陶磁器生産を行った窯屋。初代は、安政4年(1857)に同村の窯屋四代川本半助の婿養子となり、五代半助を襲名しました。文久2年(1862)分家し、輸出向け製品の他、博覧会向の作品も多く製作し、国内外で高い評価を得ました。本作品は、ドイツからの里帰り品で瀬戸市指定文化財です。南画系の繊細な染付画は当時の瀬戸染付の特徴です。下部の龍は注口となっており、ドイツではワインを入れる容器として使われたと伝わります。なお、染付銘から、明治9年(1876)に開催されたフィラデルフィア万国博覧会に出品されたと考えられます。年代:明治9年(1876)頃
資料画像

釉下彩花唐草文大燈籠

資料番号 00018
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 二代 加藤杢左衛門。高さ191.0cm。瀬戸市指定文化財。二代杢左衛門は大物づくりに秀で、飾壺や円卓、燈籠など数々の大物製品を製作し、国内外の博覧会へ多く出品しました。この燈籠はイギリスからの里帰り品で、明治11年(1878)のパリ万国博覧会に出品されたと推定されています。二代杢左衛門はこの燈籠の他、秋葉総本殿可睡斎(静岡県袋井市)や善光寺(長野県長野市)にも染付燈籠を奉納しており、明治時代前~中期にかけて大物の製作をしていたと考えられます。最下段の台部に「日本瀬戸加藤杢左製」染付銘があります。年代:明治11年(1878)頃
資料画像

染付花鳥図大飾壺(一対)

資料番号 00019
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 二代 加藤杢左衛門。高さ172.0cm。重要有形民俗文化財。加藤杢左衛門家は江戸時代から昭和初期に三代にわたり活躍した瀬戸の窯屋で、瀬戸屈指の名家です。 二代杢左衛門は大物づくりに秀で、飾壺や円卓、燈籠など数々の大物製品を製作して国内外の博覧会へ多く出品し、賞牌を受けています。この大飾壺も博覧会に出品するために作られたと考えられ、胴部の染付は富士山を背景に草花や松、雉や鷹などが非常に細かく描き込まれています。年代:19世紀後期
資料画像

染付鳳凰唐草文大鉢

資料番号 00020
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 二代 加藤周兵衛。「日本瀬戸白雲堂周兵エ精製」染付銘。口径37.0cm。瀬戸の南新谷地区で「白雲堂」と号して、主に染付磁器の生産を行った窯屋の二代目。初代周兵衛の長男徳七で、明治10年(1877)に二代周兵衛として事業を継承し、主に米国・英国向の食器類を生産しました。森村組(現ノリタケカンパニーリミテド)の指定工場として、輸出ディナーセットを手掛けました。特に薄い素地に細い線で着画した製品で好評を得ました。本作品は、大型の鉢で、おそらくパンチボールとしてつくられたとみられます。描かれた鳳凰唐草文様は、白雲堂の得意とする絵柄で、様々な機種に描かれています。年代:明治時代前期
資料画像

磁胎七宝衣に花蝶文耳付花瓶

資料番号 00021
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 六代 川本半助。「川本半助」染付銘。高さ30.5cm。瀬戸の郷地区で「真陶園」「山半」と号して磁器生産を行った窯屋の六代目。天保15年(1844)、四代半助の長男として生まれ、慶応元年(1865)六代半助を襲名します。製磁技術の開発に熱心で、黒・茶の色釉を発明しています。本作品は磁製の素地外面に有線七宝を施したもので、衣の部分には上絵が施される大変手の込んだ作品です。陶磁胎七宝は江戸時代末期に開発され、その後明治時代盛んに生産されますが、明治10年代後半にはその姿をほとんど消してしまいます。年代:明治時代前期
資料画像

染付草花図向高

資料番号 00022
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 加藤紋右衛門(六代)。「還情園池紋製」染付銘。高さ65.3cm。この作品は磁器製の小便器で、こうした磁器製便器は陶器製便器が製作され始めた頃と同時期の明治中期に生産が始まりました。磁器製便器は、焼成した窯の名前から「丸窯便器」ともよばれ、手描きの染付による花鳥文や祥瑞文が施され、高級品として市場に登場しました。年代:19世後期~20世紀初め
資料画像

銅版染付杵兎文敷瓦

資料番号 00023
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 加藤治右衛門。幅24.5cm。明治時代になって西洋文化の流入による日本人の衛生意識の高まりとともに、建築用材としてタイルが使用されるようになりました。この動きに目を付けた瀬戸の窯屋が日本の中でいち早く生産に取り掛かったのが本業敷瓦です。「本業」とは瀬戸では陶器を指す言葉で、「本業敷瓦」は「陶器製タイル」ということになり、陶器製の素地の上に化粧土をかけて焼き上がりを白くし、磁器製品らしく仕上げ、明治20年代から普及しだした絵付方法である銅版転写の技術を駆使して、量産を可能にした国産の量産タイルの第一号ともいえるものです。年代:20世紀初め
資料画像

染付千羽鶴段重

資料番号 00024
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 庄平窯。山田良治画。高さ24.5cm。磁器製の四段重で、大正から昭和にかけて染付画の名人と謳われた山田良治の手による千羽鶴が細密に描かれた作品です。年代:20世紀
資料画像

防衛食器

資料番号 00025
情報所有館 瀬戸蔵ミュージアム
特徴 戦時中つくられた缶詰の代用品です。昭和18年(1943)頃から試作が始まりました。中身は、大豆、にしん、こんぶなどが入れられたようです。封の方法は、まず容器に食品を入れ、ゴムパッキンを挟んで蓋をします。圧力ばさみで蓋と容器を密着させたまま、熱湯、冷水の順に浸します。すると容器の中は真空状態となり、密閉保存される仕組みです。缶を開けるときは、蓋の中央にあるくぼみを突きます。そこは薄いガラス状の被膜になっているため孔が開き、容器の中に空気が入って蓋が開きます。年代:昭和18年(1943)頃~昭和20年(1945)頃まで
26,828 件中 8481-8500件を表示