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丸時計

資料番号 00022
情報所有館 北見ハッカ記念館 北見薄荷蒸溜館
特徴 昭和10年、薄荷工場の研究室として建てられた事務所にアメリカより取寄せた。
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北見ハッカ記念館

資料番号 00023
情報所有館 北見ハッカ記念館 北見薄荷蒸溜館
特徴 昭和10年ホクレン薄荷工場の研究室として建てられ、昭和58年、工場解体時に北見市に寄付され、昭和61年北見ハッカ記念館として現在に至る。平成19年「近代化産業遺産」に認定される。
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北見薄荷蒸溜館

資料番号 00024
情報所有館 北見ハッカ記念館 北見薄荷蒸溜館
特徴 明治より昭和にかけて使用された蒸溜機5種を常時展示。かつて農家が共同で行なっていたハッカ蒸溜の実演が体験できる。
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ビクター ビクトローラ クレデンザ 8-30型

資料番号 00001
情報所有館 金沢蓄音器館
特徴 シリアルNO.30963(1925年から1931年頃まで67,000台余り製造された中期のもの)、本体外寸:高さ118 横800 奥行き560mm。1925年(大正14年)11月発売。蓄音器の黄金時代を作った名器。金属部分は、すべて金メッキ。サウンドボックス、12インチターンテーブル、オートストッパー、スピードインジケーター、4本ゼンマイ、蓋についた2本のステーはポンプで空気を押し出すエアーサポート式。ホーンは金属と木製で2分され水平、上下に2度折り曲げられて4分割され開口部へいたる典型的なリエントラント(折り曲げ)型で、9フィート(2.7m)あるといわれる。
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H.M.V. 194型

資料番号 00002
情報所有館 金沢蓄音器館
特徴 本体外寸:高さ1130 横615 奥行き550mm。英国製。1927~30年(昭和2~5年)に製作された。H.M.V.の上級機。1930年の価格は、52ポンド10シリング。金属部は金メッキ。サウンドボックスはNO,5(金沢蓄音器館はNO.5 A)12インチターンテーブルに4本ゼンマイの34型モーター。ラッパ全体が亜鉛板のリエントラントホーンで、形状はHMV193A型と同一。キャビネットはマホガニー材。
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ブランズウイック バレンシア

資料番号 00003
情報所有館 金沢蓄音器館
特徴 シリアルNO.149454。製造は大正末期。米国製。本体外寸:高さ970、横910、奥行き540mm。ブランズウイック社は当時からビリヤード台、ボーリング場の製造と設備の最大メーカー。アイオア州ビュークにおいて1916年(大正5年)より蓄音器を製造。そのためかホーンは木製で、スプルス材の合板で正目の綺麗なものである。スタイルも優雅で安定感がある。自社レコード製造販売は1920年頃から開始。クロームメッキの新型トーンアームは独特のS字型であり、ビクター、HMVとは逆の曲がりになっている。ジュラルミン振動板のサウンドボックス、12インチターンテーブル、2本ゼンマイ。
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E.M.G.エキスパート・シニア

資料番号 00004
情報所有館 金沢蓄音器館
特徴 シリアルNO.460。英国製。製造は昭和10年頃。ラッパの口径は横500、縦600mmの縦長である。本体の外寸:高さ275、横475、奥行き560mm。紙製ラッパで、ロンドンの電話帳という説、日本の和紙を貼った説もある。音が大きいこと、歌手は手前に演奏は奥の方にと立体的に聞こえること、さらに針のスクラッチノイズが少ないという特長がある。さらに、サウンドボックスは真鍮製のボデ―にアルミの振動板が張られ、一つ一つが手作りである。サウンドボックスは4本バネのナイフエッジ型。ラッパはニス仕上げ、スロート部分は垂直に立ち上げている。コロラ社製12インチターンテーブル、電気モーターを使用。
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ビクター ビクトローラ 1-81卓上型蓄音器(日本製)

資料番号 00005
情報所有館 金沢蓄音器館
特徴 シリアルNO.3993。製造は昭和9年。昭和12年カタログより、価格は85円。ホーンはリエントラント(折り曲げ方式)になっており、長くすることで卓上型でありながら低音再生、音量も大きくさせた。胡桃色仕上げ、オルソフォニックラッパ、褐色フェルトテーブル、金属部分は古赤銅色。オルソフォニックとは、振動盤(ダイアフラム)がジュラルミンの場合使用した。以前はマイカ(雲母板)だった。当時の蓄音器は、普及品は2~30円、電蓄は200~300円が標準的な値段だった。外寸:高さ365、横490、奥行き440mm。
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エジソン アンベロール30型 縦振動蓄音器(米国製)

資料番号 00006
情報所有館 金沢蓄音器館
特徴 シリアルNO.SM127933。アンべロールは明治41年から製造、アンべロール30は大正初期。外寸:縦320、横315、奥行き405、ラッパの口径は縦165、横215mmの横長。ゼンマイの動きは、皮のベルトではなく歯車で伝達される。歯車の回転ノイズは極めて少ない。ろう管レコードは色が青いことから「ブルー・アンベロール」と呼ばれ、1912~29年まで販売。材質はセルロイドかプラスチック管で内部は石膏。
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ビクター ビクトローラ1-90 卓上型蓄音器

資料番号 00007
情報所有館 金沢蓄音器館
特徴 昭和4年発売、日本ビクター製、価格は150円。ホーンとキャビネットは日本製の半国産だった。(すべてアメリカ製のものは295円)ホーンはリエントラント(折り曲げ方式)になっており、長くすることで卓上型でありながら低音再生、音量も大きくさせた。ビクトローラとは、朝顔型のラッパをキャビネットの中に収めた蓄音器のこと。(ビクター50年誌より)オルソフォニックとは、振動盤(ダイアフラム)がジュラルミンの場合使用した名称。 蓄音器の国産普通品は2~30円、電器蓄音器(電蓄)は200~300円くらいの値段だった。外寸:高さ360 横500 奥行き460mm シリアルNO,8504。
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コロムビア NO.133A 蓄音器

資料番号 00008
情報所有館 金沢蓄音器館
特徴 外寸:高さ990 横510 奥行き530mm。昭和5年製造。Aはオートストップ(自動停止機構)付きを表す。当時のコロムビア大型蓄音器では、一番高いもの(NO,925で550円、NO,133Eで310円、NO,200で300円)から4番目だった。高級機に入る。ラッパは金属製でメリハリのある音色が特長。
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国産ターボプロップ旅客機 YS-11旅客機 (試作1号機) JA8611

資料番号 00001
情報所有館 航空科学博物館
特徴 この機種は、日本の日本航空機製造が1962年(昭和37年)から生産した66人乗りプロペラ旅客機です。この機体は試作第1号機で、日本航空機製造の社有機として各種の試験飛行に使用されていました。この展示物は、試験飛行時の機内の状況を再現しています。∥NAMC YS-11 PROTOTYPE(寄贈 日本航空機製造) 年代:1962年初飛行
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国産ビジネス機 MU-2 (三菱重工社有機) JA8628

資料番号 00002
情報所有館 航空科学博物館
特徴 この機種は、日本の三菱重工が1963年(昭和38年)から762機生産した7人乗りビジネス飛行機です。この機体は、三菱重工の社有機として各種の試験飛行に使用され、B型からF型に改造されました。この展示物は、成田国際空港展望デッキに展示されていたことがあります。∥MITSUBISHI MU-2B/F(寄贈 三菱重工) 年代:1963年初飛行
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国産レシプロ・双発ビジネス機 FA-300 (富士重工社有機) JA5258

資料番号 00003
情報所有館 航空科学博物館
特徴 この機種は、日本の富士重工が1975年(昭和50年)から46機生産した6人乗りビジネス飛行機です。この機体は試作1号機で、富士重工の社有機として各種の試験飛行や、デモ飛行などに使用されていました。∥FUJI FA-300/ROCKWELL COMMANDER 700(寄贈 富士重工) 年代:1975年初飛行
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リアジェット ビジネスジェット機 (エンジン運転体験機) N25MB

資料番号 00004
情報所有館 航空科学博物館
特徴 この機種は、1952年(昭和27年)にスイスで開発開始、アメリカで1963年(昭和38年)から2,000機近く生産した、ビジネスジェット機というカテゴリーを確立した航空機です。この機体は、アメリカ企業が社有機として使用していたもので、展示にあたり成田空港まで最終フライトしました。この展示物は、ジェット機エンジン運転体験機として搭乗可能です。∥LEAR JET 25B(寄贈 成田空港美整社) 年代:1952年初飛行
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ボナンザ単発訓練機 (エンジン運転体験機) JA3440

資料番号 00005
情報所有館 航空科学博物館
特徴 この機種は、アメリカのビーチクラフト社が1959年(昭和34年)から生産した5人乗り軽飛行機です。この機体は、宮崎県にある運輸省航空局の航空大学校で、学生の事業用免許の訓練に使用されていました。この展示物は、エンジン運転体験機として搭乗可能です。∥BEECHCRAFT C35/E33 BONANZA 年代:1959年初飛行
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ムーニー単発軽飛行機 (エンジン運転体験機) JA4177

資料番号 00006
情報所有館 航空科学博物館
特徴 この機種は、アメリカのムーニー社が1955年(昭和30年)から1万機以上生産した、高速性能に優れた4人乗りの軽飛行機です。この機体は、個人所有の高級機で、レジャー、訓練飛行などに使用され、展示にあたり成田空港まで最終フライトしました。この展示物は、エンジン運転体験機として搭乗可能です。∥MOONEY M20M TLS(寄贈 個人) 年代:1955年初飛行
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セスナ195単発軽飛行機 (朝日新聞社 神風) JA3007

資料番号 00007
情報所有館 航空科学博物館
特徴 この機種は、アメリカのセスナ社が1947年(昭和22年)から生産した5人乗り軽飛行機です。この機体は、航空再開直後に導入され、朝日新聞社の取材機「朝風」号として活躍していました。この展示物は、大阪伊丹国際空港展望デッキに展示されていたもので、当館のボランティアの手により原型に近い状態に復元されました。∥CESSNA MODEL 195 ASAHI NEWS "ASAKAZE" (寄贈 関西空港ビルディング) 年代:1947年初飛行
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国産レシプロ軽飛行機 FA-200単発軽飛行機 JA3848

資料番号 00008
情報所有館 航空科学博物館
特徴 この機種は、富士重工がアクロバット飛行に適するように設計し、1965年(昭和40年)生産を開始した4人乗りで、日本の軽飛行機の代表です。この機体は、MASフライング・クラブの所有機で、レジャー、訓練飛行などに使用されていました。∥FUJI FA-200 AEROSUBARU(寄贈 MASフライング・クラブ) 年代:1965年生産開始
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国産軽飛行機 FA-200 カットモデル (富士重工社有機) JA3528

資料番号 00009
情報所有館 航空科学博物館
特徴 この機種は、富士重工がアクロバット飛行に適するように設計し、1965年(昭和40年)生産を開始した4人乗りで、日本の軽飛行機の代表です。この機体は、富士重工の社有機で、デモンストレーション飛行などに使用されていました。この展示物は、胴体及び主翼左側の外板を取り外してあり、機体の構造を理解できます。(収蔵中のため見学できません)∥FUJI FA-200 AEROSUBARU(寄贈富士重工) 年代:1965生産開始
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