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蒸気利用式塩釜

資料番号 00096
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 平釜では、鹹水を煮詰める際に発生する蒸気は、大気中に拡散してしまっていたが、この蒸気を逃さず、その熱も鹹水の加熱に有効利用するようにしたのが蒸気利用式塩釜である。平釜に比して石炭使用量は半減し、大量生産が可能になった。昭和初期から30年代にかけて広く使われた。
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焼塩壷

資料番号 00097
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 塩を高温加熱して塩化マグネシウムを酸化させたものを焼塩という。これは吸湿性を低下させ運搬をたやすくしたもので、その際に用いた湯呑み程度の大きさの壷が焼塩壷である。焼塩は進物として用いられたらしく、箱書きには「泉州 堺」とあるものも見られる。これは瀬戸内沿岸で製造された塩が堺を経由して各地に運ばれていったためだが、ブランドとして表記された可能性も否定できず、必ずしも産地を特定するものではない。
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明治、大正時代の歯科用足踏みエンジン

資料番号 00001
情報所有館 歯の博物館
特徴 1872年にニューヨークで売り出された足踏みエンジンはむし歯の治療、歯の清掃・研磨、歯科技工の作業などに用いられた。それ以前にも個人的には使われていたが、公表はされなかった。日本にも明治初期(明治12・3年頃)輸入され、盛んに使用し、国産でも作られるようになった。日本では歯科技工用を含めると、1955(昭和30)年頃まで使われていた。展示品の本体は1900年頃のものと思われる。狭い口腔内で作業をするので、歯科医が把持する部分の機器は交換が可能になっている。その交換部品(ハンドピース)のうち当館には1890年特許のS.S.ホワイト社ライトアングル及びコントラアングルなどがある。 年代:共に1900年頃
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1900年頃のDistributing Panel(アメリカ、リッター社製)

資料番号 00002
情報所有館 歯の博物館
特徴 1900年頃の治療室は歯科用椅子にうがいをした水を吐く“唾吐き”が付いており、足踏みエンジンが置いてある程度だった。その頃アメリカのリッター社はDistributing Panelを発売した。これは歯科治療に必要な電機系を板上にまとめた歯科用ユニットの原形である。また、その頃の建物の壁面には電気の配線はされていなかった。当博物館にはDistributing Panelが展示してある。それ以後これを基として歯科用ユニットが開発された。このPanelは非常に数少なく珍しいものである。エアーコンプレッサーと連結され、温度調節可能なエアーシリンジ、電気焼灼器、照射ランプ、時計などが備えられている。年代:1900年頃
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大正時代の歯科診療ユニット(アメリカ、S.S.ホワイト社製)

資料番号 00003
情報所有館 歯の博物館
特徴 歯科用設備はアメリカで発達した。当博物館にはアメリカのS.S.ホワイト社、1915(大正4)年に発売された歯科用ユニットが展示してある。スピットン(唾吐き)は排水管と連結され、電燈、電気エンジン、ブラケットなどが組み込まれている。年代:1915年
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昭和初期の歯科診療ユニット

資料番号 00004
情報所有館 歯の博物館
特徴 昭和初期の歯科用ユニットにはエアーシリンジなど、エアーコンプレッサーと連結され照明にも進歩が見られ、シャンデリア等が付属している。
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昭和中期の歯科診療ユニット

資料番号 00005
情報所有館 歯の博物館
特徴 昭和中期のユニットで日本のモリタ社。1957(昭和32)年製。エアータービンはまだ付属していない。戦後の日本の技術力を示したものであった。年代:1957年
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大正時代の歯科診療電気エンジン(アメリカ、リッター社製)

資料番号 00006
情報所有館 歯の博物館
特徴 足踏みエンジンに代わってモーターの回転を利用して歯や骨を切削出来るセットが発売された。これは世界中の歯科医により使われるようになった。回転数は12000回転くらいまで上がった。当館のスタンド型の電気エンジンは初期のものでリッター社、4000回転。1918(大正7)年に特許を取っている。大正7~8年頃の製品である。他にユニットに取り付けたもの数個ある。年代:1920年頃
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大正時代の歯科用レントゲン撮影装置(アメリカ、リッター社製)

資料番号 00007
情報所有館 歯の博物館
特徴 W.C.レントゲンによりレントゲン線が発見されたのは1895(明治28)年である。当博物館にある装置は1921(大正10)年製のもので装置として初期のものである。高圧電流が流れる線が露出しているタイプである。アメリカ、リッター社製。年代:1921年
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大正時代の歯科診療用椅子(チェアー)(アメリカ、リッター社製)

資料番号 00008
情報所有館 歯の博物館
特徴 歯科の治療用の専用の椅子が普及したのは1800年代の後半のことである。当博物館には大正時代に製造されたアメリカ・リッター社製の歯科用椅子が展示してある。それ以外の歯科用椅子も展示してある。年代:1910年頃
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大正時代の旅行用軽便木製治療椅子

資料番号 00009
情報所有館 歯の博物館
特徴 少数の権威ある歯科医を除いて大部分の歯科医が診療所を定めて診療するようになったのは日本でも、外国でも1800年後半以後のことであり、場所を移動して診療している人が多かった。この椅子は歯科医用の軽便治療椅子(移動用)で現在では大変珍しいものである。昭和初めの中井商店のカタログに載っているので当時でも需要があったらしい。
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1800年代西洋の歯科用手用ドリル

資料番号 00010
情報所有館 歯の博物館
特徴 人の歯に穴をあけたり、入れ歯の加工に用いられた。当館に二点あり、切削用ドリルと支えが連なっているのは「Merryのドリル」とも呼ばれるものである。年代:1850年頃
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西洋の抜歯鉗子、エレベーター(移動歯科医携帯用抜歯器具)

資料番号 00011
情報所有館 歯の博物館
特徴 西洋の版画には歯を抜くのにヤットコ(釘抜き)などを使っている絵が描かれている。1841年にJohn Tomes(イギリス)は抜歯鉗子を歯牙の解剖学的形態に適応するものであるべきことを提唱した。当博物館には、アメリカ製の移動歯科医の使っていた抜歯道具セットが展示してある。年代:1750~1850年
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昭和戦後開発された歯科用エアータービン

資料番号 00012
情報所有館 歯の博物館
特徴 空気の圧力によりタ-ビンを回転させ、油霧と水噴霧を加えて切削するので回転数があがり、画期的な歯科用切削機械となった。切削器具はダイヤモンドの粉末をつけた切削用バーなどを用いて削るので、能率が著しく向上した。回転数は40万rpm程度。当館には開発当初の大型のもの(吉田製作所)のほか、小型化され、ユニットに外付けされたものも数個展示してある。年代:1957年
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西洋の入れ歯[象牙製]

資料番号 00013
情報所有館 歯の博物館
特徴 フランスのピエール・フォシャールは1746年に「歯科外科医」第2版で上下の総入れ歯を発表した。それは上下の入れ歯を外側後部でスプリングで連ね、スプリングの弾力によって入れ歯を上下の顎に押し付ける方法であった。これは上の歯が落ちてこない画期的な方法で、多くの人たちから歓迎された。材料は象牙、動物の骨、金属などを用いた。当博物館では象牙や河馬の牙を彫刻したスプリング用金具のついている入れ歯が展示してある。象牙製。年代:1750~1800年
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河馬の牙製の入れ歯

資料番号 00014
情報所有館 歯の博物館
特徴 河馬の牙を彫刻して、入れ歯の土台とし、歯の部分は人間の抜けた歯をはめ込んだ入れ歯が数個展示してある。(入手する時の解説で真偽の程は分からないが1815年のウァーテルローの戦死者の歯を使っているという)。年代:1750~1800年
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西洋の陶材製の入れ歯

資料番号 00015
情報所有館 歯の博物館
特徴 象牙や動物の牙で作った入れ歯は有機質が腐敗して相当な悪臭をした。1790年頃フランスやイギリスで流行した陶材の入れ歯は悪臭が少ないため流行したらしい。ウエッジウッド社も協力しロンドンでは12000個ほど作られたとされている。当館では、スプリングを装着するための穴があいている入れ歯が展示してある。この陶材入れ歯の下顎の粘膜面には金箔が焼き付けてあり、貴金属を用いると食物残渣の腐敗を防ぐという当時の知恵を見ることができる。陶材製。年代:1790~1800年
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西洋の抜歯器具(ペリカン、歯鍵)

資料番号 00016
情報所有館 歯の博物館
特徴 抜歯器具のペリカン(写真左)は1400年頃から1850年頃まで、歯鍵(tooth key:写真右)は1730年頃から1850年頃まで西洋で盛んに使われていた。近代麻酔が発見される以前は、多少軟組織が損傷しても、短時間で手術を終わらせる必要があった。近代麻酔のない当時は大変機能的に優れた器具なので、長年にわたり用いられてきた。日本でも1859(安政6)年に杉生方策が「内服同功」のなかに「歯鍵のことを臂鉤(ひこう)」として「簡便にして患者より其術に堪う便と謂うべし」と紹介している。年代:ペリカン1700~1800年頃、歯鍵1750年頃。
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日本の軍隊(陸軍、海軍)の歯科用治療用具セット

資料番号 00017
情報所有館 歯の博物館
特徴 日本軍の抜歯器具、同じく外科道具セット日本海軍の「2号口腔外科器具」、その他往診用電気エンジン(電動切削器具)なども展示してある。年代:1940年
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江戸期から明治にかけてのお歯黒道具

資料番号 00018
情報所有館 歯の博物館
特徴 お歯黒道具は、耳だらい、かね椀、かね沸かし、渡し金、お歯黒壺、うがい茶碗、ふし箱(大小)、房楊枝、羽根筆、お歯黒箱である。女性の嫁入りには、お歯黒道具は必需品であった。上流階級のお歯黒道具は、家紋や金蒔絵の漆塗りだった。しかし、庶民用は黒塗りの箱に入った粗末な道具だった。お歯黒に使う「ふし粉、懐中お歯黒」は需要が多く、その広告や紙袋は江戸から明治にかけて数多く見られる。当館にはお歯黒道具や「お歯黒」の紙袋が展示してある。
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