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岩谷商会発行内国勧業博覧会場内案内図

資料番号 00076
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 大阪で開催された第五回内国勧業博覧会は、イルミネーションで会場をライトアップし夜間開場も行う、娯楽性の高いものでもあった。村井兄弟商会はサーチライトつきの高塔を会場正面に建てて話題を呼んだ。岩谷商会は休憩所に高塔を設置したほか機械館に設置した当時最新鋭の口付たばこ製造機での実演を行った。岩谷発行の案内図には、「休憩所」と口付たばこ製造機の設置場所などが図示されている。年代:明治36年
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鋼版定価表「忠勇」

資料番号 00077
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 村井兄弟商会の口付たばこ「忠勇」の定価表の銅版。10本入りから50本入りまでの価格が記される。描かれているのは忠勇のなかでも「貳號」と位置づけられる製品のパッケージ。
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「日の出刻煙草」売出広告

資料番号 00078
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 埼玉県熊谷のたばこ商小此木商店の広告。新商品「日の出刻煙草」の売出広告だが、目覚まし時計や蝙蝠傘がたばこの景品となっておりその豪華さが目を引く。熊谷のたばこ商の広告だが、長野のたばこ商松葉屋の名前が見られ、印刷は群馬県高崎の会社が請負っているという、当時のたばこ流通のネットワークが垣間見られる資料である。
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元売捌人廃止記念写真帖

資料番号 00079
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 明治37年の専売制施行以来、専売局と小売人の中間機関として機能していた元売捌人が、昭和6年に廃止となった。その廃止記念に出された写真帖で、群馬県高崎製造所やその支局、元売捌き人の顔写真が収められている。
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土田安五郎賞状

資料番号 00080
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 日本で最初の紙巻きたばこは明治2年に製造され、同5年に販売されたとされる。製造者は土田安五郎で、明治14年の第2回内国勧業博覧会では有功賞三等を受けた。
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紙巻たばこのできるまで

資料番号 00081
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 現在流通している紙巻たばこの製造工程を紹介したもの。収穫、熟成させた葉を銘柄ごとにブレンドし、巻紙で長細い筒状に形成する。この筒をたばこ1本分の長さに切った2本の間にフィルターをはさみ、口紙でたばことフィルターを接続する。その中央で切断するとフィルター付たばこが2本できる。
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ウィーン万博に出品された煙草関係資料(古写真)

資料番号 00082
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 明治6年にオーストリアで開催されたウィーン万国博覧会に出品された、たばこ関係資料の写真。ぜんまい刻み器のほか、細刻みの見本、きせる、たばこ盆などが見られる。
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たばこカード

資料番号 00083
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 本来は脆弱な包装の補強のために入れられたカードだったが、女優や美人の図柄が好評で、補強の必要がなくなってからもコレクションの対象として人気を博した。1880年代にアメリカのシガレットメーカーが始め、日本では村井兄弟商会が販売促進グッズとして活用した。当初はアメリカから輸入していたが、印刷技術の発達と関税自主権回復に伴い、国内で製造するようになった。
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ヒーロー原画

資料番号 00084
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 村井兄弟商会の「ヒーロー」ポスターと同じ構図の絵。明治・大正期には美人画ポスタ?が流行し、たばこポスターにもしばしば美人が描かれるようになった。年代:明治期
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ヒーローポスター

資料番号 00085
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 村井兄弟商会の「ヒーロー」ポスター。西洋の石版印刷は、砂目のような石版特有の表現技法を確立したのに対し、日本の石版印刷は絵画の複製手段として発達した。原画を忠実に再現することを旨とし、また、額装された上で、長期間屋内に掲示されるという掲示条件も手伝って、「絵画的で小判」という日本のポスターの特性が生まれた。年代:明治27年
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武徳ポスター原画

資料番号 00086
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 村井兄弟商会のたばこ「武徳」のポスター原画。明治を代表するたばこ商村井兄弟商会は、東洋印刷株式会社を設立し、趣向に富んだパッケージやポスターで岩谷商会と宣伝合戦を繰り広げた。水彩画で、右下の白く塗られた部分はたばこパッケージ用のスペースとなっている。この原画は同寸法の石版に転写され印刷された。年代:明治35年
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武徳ポスター

資料番号 00087
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 村井兄弟商会のたばこ「武徳」のポスター。石版印刷で作成されており、原画に忠実な仕上がりとなっている。原画で白く塗られていた部分にパッケージが描かれている。明治を代表するたばこ商村井兄弟商会は、東洋印刷株式会社を設立し、趣向に富んだパッケージやポスターで岩谷商会と宣伝合戦を繰り広げた。年代:明治35年
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大きせる形提灯看板(複製)

資料番号 00088
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 明治20年代に長野で使われていた紙製提灯看板。高さは3.8mにも及ぶ。毎年の初売に出されていた。年代:明治20年代
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天狗煙草看板

資料番号 00089
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 明治を代表するたばこ商岩谷商会の看板。岩谷は自社商品に「天狗」と名付けたため、看板には天狗煙草と表記されている。販売中の銘柄に並んで「勿驚税金三百万圓/慈善職工三十万人」といった文句が記されているが、岩谷はその隆盛を示すため、税額や職工人数を年々増やしていった。
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村井兄弟商会人形形看板

資料番号 00090
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 明治を代表するたばこ商村井兄弟商会の看板。看板の人形は会社のマスコット的存在で、人形の身体部分は自社のパッケージで作られている。アメリカのたばこ会社と提携関係にあった村井兄弟商会らしく、銘柄には横文字が多くみられる。
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鋳鉄釜

資料番号 00091
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 海水を濃縮した、かん水を煮詰めるための釜。直径180cm、深さ30cm、重さ160kg。昭和初期から昭和58年(1983)までの約60年間能登で使われていたもの。
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塩用叺(40kg)

資料番号 00092
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 明治38年の塩専売制施行により塩の包装も俵から叺に変更された。昭和30年に専売公社が試験的に導入した紙袋包装が定着し、昭和40年頃に藁製の塩用叺も自然と廃止された。当館で所蔵しているのは、当時の職人が当時の叺織機をもって平成年間に制作したもので、農林物資規格法(昭和25年)に基づき規格化された40kg入となっている。
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入浜式塩田模型

資料番号 00093
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 瀬戸内地方の入浜式製塩のジオラマ。入浜式製塩は、潮の干満を利用して海水を自動的に塩浜へ導入する製塩法で、干満差の大きい内海や干潟の発達した場所に多く見られた。江戸時代初期には大規模な「入浜式塩田」が瀬戸内海沿岸に築造されて日本の製塩の主流となった。昭和30年頃まで日本独特の製塩法として盛んに行われた。
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流下式塩田模型

資料番号 00094
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 流下式塩田は昭和20年代後半から入浜式塩田に替わって導入され、昭和46年まで行われた。表面に粘土を張り、ゆるい傾斜をつけた流下版のうえに海水を流し、太陽熱で水分を蒸発させる。次に竹の枝を組んだ枝条架の上から滴下させ、風力によって蒸発させて鹹水をとる方法。大量の砂を動かす重労働がなくなり、年間の稼働日数も多くとれるため入浜式製塩に比して生産量は2.5-3倍と大幅に増加した。
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洋式平釜模型

資料番号 00095
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 明治中期以降、欧米の塩釜にならってさまざまな洋式の鉄釜が考案され、石釜に替わって導入された。大正末期には「十州塩田」のほとんどが鉄製の塩釜となった。浅い角型の開放釜で、総称して平釜と呼ばれた。煙の熱を呼び熱に利用している分、在来の塩釜より燃料効率が改善されているが、蒸気の熱は利用されずに逃げる構造であった。
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