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「オリエント」パッケージ

資料番号 00036
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 専売局が初めて発売したトルコ巻(トルコ、ギリシャ産のオリエント葉を原料とする紙巻き煙草)の高級品。箱は10本を一列に並べた平型で、エジプトのたばこを模倣したような図柄の隣に菊、というデザインになっている。明治38年発売、昭和8年製造中止。
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「はぎ」パッケージ石版

資料番号 00037
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 銅版の「はぎ」と同様のデザインだが、記載の価格から大正6年から同8年8月までのものと考えられる。
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「はぎ」パッケージ

資料番号 00038
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 「はぎ」は明治38年に専売局が最初に発売した細刻みたばこの1つで、発売以来大正8年まで販売実績1位の銘柄だった。パッケージは白地にセピアの一色刷りだが、葉を塗りつぶしと細線の塗り分けで二色に見せている。「はぎ」石版と「はぎ」銅版は、価格こそ違うが、おなじデザインのもの。
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「はぎ」パッケージ銅版

資料番号 00039
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 石版の「はぎ」と同様のデザインだが、価格から大正8年8月以降のものとわかる。
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観光たばこ

資料番号 00040
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 日本各地の名勝や祭礼をデザインした、ご当地たばこパッケージ。特定の地域で販売されて地元団体にも評判がよく、昭和42年から平成6年まで続いた。地域性やデザインの面白さからコレクションとして人気を博した。
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記念たばこ

資料番号 00041
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 記念たばこは、大正4年から平成6年まで、国や地方のさまざまな行事や催しにちなんで特別にデザインされたたばこで、期間限定で販売された。博覧会や展覧会用にあわせたものや、東京オリンピック仕様など、時代を反映したデザインが並ぶ。
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手刻み道具一式

資料番号 00042
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 たばこの日本伝来以降、江戸時代を通して細刻みをきせるで吸うという、日本特有の喫煙形態が発展した。髪の毛ほどの細さにたばこを刻む技術は、職人の手刻みで完成された。江戸後期には機械も開発され明治37年(1904)に専売制が施行されるまで各地で使用された。手刻みでは、箒で葉たばこについた砂を掃き、葉脈を取ったあと数種類の葉を組み合わせて重ね、四つ折にした巻き葉を押さえ板で押さえながらたばこ包丁で刻んだ。手作業なので、それほど効率はよくなく、普通の人で3キロくらい、熟練者で3.75キロ程度だった。
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〆台

資料番号 00043
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 かんな刻み機で刻むために葉たばこを重ねて圧搾し板のように固める機械。〆台で圧搾する際に油を使うため、かんな刻みのたばこは品質が悪いとされた。しかし、火付きはよく、野外作業に従事する際の喫煙には適していた。
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かんな刻み機

資料番号 00044
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 寛政12年(1800)に阿波池田の中村武右衛門が北海道の昆布刻器を耳にし、現品を取り寄せて土地の工匠と共に制作したとされる。〆台で圧搾された葉をセットし、かんなで削るようにして刻みたばこを作った。手刻みよりも効率がよく、一人で一日3~5貫目(11~19キロ)を刻むことができた。しかし、葉たばこの間に油を塗るため品質が悪く、主に下級品の製造に使われた。
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ぜんまい刻み機

資料番号 00045
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 弘化(1844~1848)頃に発明されたとされる。1~4個の歯車を巧に使い、包丁の上下運動と葉たばこの送り出しを同時に行なえる機構を備えていた。座作業のため能率はさほどよくなく、一人一日3.75kg程度だったが、製品の質は高く、上級製品の製造に使われた。また、ぜんまい刻み機は江戸時代の産業用機械としては緻密な機構を持ち、明治以降の刻み機械につながる基本的な機構となった。
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水車刻みの図

資料番号 00046
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 水車を動力とした刻み機。ぜんまい刻み機は簡単な操作で良質のたばこを生産できたが効率は悪く、足踏みぜんまい刻み機などが考案された。さらに動力の導入が検討され、明治10年代以降は水力や蒸気機関といった動力を用いたぜんまい刻み機が普及した。神奈川県秦野地方ではこうした動力を利用したたばこ製造業者が多く存在し、水車ぜんまい機械の増加届といった文書も残されている。年代:明治期
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木村商店製たばこの販売用荷車

資料番号 00047
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 木村商店は米国産シガレット「ホーク」「ゴールドコイン」や、英国産シガレット「ハート」「キング」の輸入販売、製造販売を行った明治のたばこ商。両切たばこを主力とするため同業の村井兄弟商会と衝突することが多かった。村井の「ヒーロー」に対抗して「ハーロー」を出して商標権争いも起こしたが、明治33年には村井に買収され、その一販売店となった。写真の荷車には木村商店の銘柄が記されており、民営時代の小売の様子を伝えている。年代:明治期
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たばこの自動販売機

資料番号 00048
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 たばこの自動販売機は明治期から繰り返し試作された。実際に普及するには時間を要し、昭和8年に上野駅に設置されたほか、一部の地域で使われるようになった。この資料は昭和10年頃の三裕社製で、「朝日」「みのり」「ゴールデンバット」などを販売し、硬貨を入れて押し棒を押し込むとたばこと釣り銭が出るという仕組みになっている。
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たばこの自動販売機

資料番号 00049
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 昭和50年から51年まで制作されていたクボタ製「CM-DW2」。平成15年まで山梨で稼働していた。
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火付道具

資料番号 00050
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 鋼鉄製の火打金と石英の火打石を打ち合わせることで火花を出し、火口に火を移した。火口から付け木、さらに炭に移すなどして火を保管した。火打石や火打金は、蓋付の火口入れがついたの火打箱にまとめられた。
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火打袋

資料番号 00051
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 火打石、火打金などの火付道具を携帯用にまとめたもの。袋の端に組み込まれた金と火打石を打ち合わせて使う。鎌倉時代頃には風俗画や物語にも描写があり、たばこ入れよりも以前から腰に提げて使う袋物として利用されていた。江戸時代にはたばこ入れを腰から提げるようになり、火打袋の使用頻度は減少したとされるが、たばこ入れに収納できる形態のものも見られる。
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弁吉式ライター

資料番号 00052
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 加賀のからくり師大野弁吉が発明したといわれる発火具。真鍮製の俵形で4センチにみたない本体は、蓋をあけると左半分に発火機構が仕込まれており、火口をつめる窪みと鉄の突起がある。右には火打石を付けた鉄の腕があり、火口の側に倒れ込んでいる鉄の首をもちあげ、ボタンを押すとバネと連動した火打石のセットされた鉄の首のストッパーが外れて前方に倒れ込む。このとき火口上部にある鉄の突起と火打石がぶつかって火花が飛び、火花が火口に飛び移る、という仕組みで従来の火付け道具よりも容易に火をつけることが出来た。年代:19世紀
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「朝日」木版

資料番号 00053
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 口付たばこ「朝日」の包かの板木。背景部と文字部の2枚だが、もう1枚桜柄の板木が必要と思われる。大正6~7年頃まで用いられたもの。
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羅宇車

資料番号 00054
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 羅宇きせるを修理、掃除する羅宇屋の仕事道具を積んだリヤカー。羅宇屋は、きせるの中継部分である、羅宇のすげ替えや、雁首・吸口部分の掃除など、きせるの修理を請負った。江戸時代の羅宇屋は背負子もしくは棒手振で修理道具を持ち歩いたが、この羅宇車は自転車で牽引できるようにリヤカーを改造している。東京最後の羅宇屋中島留四郎氏が使用していたもの。年代:昭和20年頃
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羅宇車の釜

資料番号 00055
情報所有館 たばこと塩の博物館
特徴 羅宇車に載せられている釜。羅宇竹のすげ替えには雁首部分を加熱して緩める必要があり、その熱源として釜でお湯を沸かした。お湯が沸くと、釜上部にある小笛を鳴らして客に知らせる役割もあった。年代:昭和20年頃
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