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三彩輪花皿

資料番号 00148
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 白化粧土を用いた装飾の多い現川焼において、三彩の製品は珍しい。実際は黒褐色・黄褐色・緑色・淡紫色・白色の5色の釉 彩を施す。成形は型打ち成形による。技術的には磁器の成型法がとり入れられたと考えられる。裏面全体に黄褐色の釉がかけられ、表の塗り分けにも用いられて いる。素地が陶胎であるため、三彩の色調が落ち着いたものとなっている。 :肥前・現川窯 / 1690~1740年代
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呉須絵山水文瓶(京焼風陶器)

資料番号 00149
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 呉須(コバルト顔料)で山水や人家を描き、透明釉を施しており、器表全体に貫入がみられる。高台は露胎で、高台外側面は 面取りがなされている。高台内中央部は浅く円刻されており、その外側に「清水」と押印されている。京焼風陶器と呼ばれるもので、それまでの唐津系陶器とは 異なり、胎土が精選され、高台を丁寧に小さく削り出し、このように印銘を伴っていることが多い。唐津焼が京焼の影響と受けたものと考えられる。 :肥前 / 17世紀後半
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染付楼閣人物文皿

資料番号 00150
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 見込の右下には楼閣風の家屋とその中に座す人物を描いている。後方には松の木、左手には山並みが続き、人物に向かい合う ように三日月が描かれている。また、見込に「倣夏筆意■」と記しているが、もとは「倣夏珪筆意」で、夏珪(南宋の画家)の筆使いにならうという意味。この ような書き方は明代の「八種画譜」など絵手本にみられる。「倣■筆意」と記した陶片は、有田町天神森窯跡などで出土し、17世紀前半頃にみられる。 :肥前・有田 / 1610~30年代
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染付椿鳥文大皿

資料番号 00151
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 網田焼(宇土市網田)は、肥後藩が幕府献上の磁器生産をはかり、肥前国中尾山(長崎県波佐見町)の陶工を招いて寛政5年 (1793)頃に開窯し、大正8年(1919)まで上質な磁器を焼いた。口縁部が垂直に立ち上がった大皿には、鮮明な呉須の青で尾の長い花喰い鳥が描かれ ている。高台内には染付銘(宇土郡網田山)と記し、ハリ目跡が6個残る。 :肥後・網田窯 / 18世紀末~19世紀前半
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色絵菊蝶文台付皿

資料番号 00152
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 染付で裏文様や圏線を施した素地に、赤・緑・黄などの色絵具で内面に菊蝶文を描いた台付皿。托台のように見込中央を深く 凹ませ、そこに鋸歯状の蓮弁文をめぐらす。台の成形は1640~50年代以降の特徴を示しており、1660年代以降の貼り付けて台を作るのとは異なる。台 の1ヶ所を切り欠いているが、高台に切欠きを作る例も初期伊万里の時代にみられる。外側面には独特の牡丹唐草文を描き、台部には蓮弁文と草文を描く。 :肥前・有田 / 1640~50年代
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陶胎染付山水文水指

資料番号 00153
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 陶胎染付はわが国の茶の世界の需要からか、1650~60年代頃、茶碗や水指にこの方法を駆使したものが有田で現われ る。寛文2年(1662)銘の小香炉が伝世するが、如意雲文を描く点でも本例と共通する。小香炉には「大樽山」という有田の窯場の一つの名も記されてい る。本例は高台内の釉を蛇ノ目状に剥ぎ、そこにチャツと呼ぶ皿形の耐火粘土製道具を当てて窯詰めした跡がみられる。この方法は17世紀後半の青磁の皿・鉢 が主に行った。 :肥前・有田 / 1650~60年代
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色絵薄瑠璃唐花文皿

資料番号 00154
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 伊万里市大川内山の日峰社下窯跡から同じ染付文様をもつ陶片が出土し、この作品が色鍋島の初期的な特徴を示していると考 えられるようになった。染付で唐花を描き、薄瑠璃を背景にかけている。さらに緑と黄の上絵付がなされている。裏面には三方に唐花唐草文が配されているが、 表から薄瑠璃が流れ、三方文の一つを覆っている。色絵の輪郭を染付線で表すが、盛期の鍋島のに比べて太く明瞭である。 :肥前・鍋島藩窯 日峰社下窯 / 1660~80年代
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鉄絵芦文大皿(絵唐津)

資料番号 00155
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 皿の口縁部4ヶ所に格子目文と波文を描いて天地をおさえ、皿の見込全体を画布に見立て、穂を垂らしたイネ科の植物を描い ている。口縁部と見込の境には段を有している。鉄絵の上から透明の釉薬が施されるが、裏面は中位から高台にかけて露胎であり、この部分は暗褐色を呈してい る。比較的に高台は低く、高台内は削りこんで兜巾(ときん)を残す。焼成は甘く、胎土には細かい砂粒を含んでいる。 :肥前 / 1590~1610年代
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櫛刷毛目文大皿(二彩手)

資料番号 00156
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 内面全体に白化粧を施した後、刷毛で中心部に星形の文様、その外側に2種類の波状の文様、口縁部には細かい格子目状の文 様を描いている。その後、内面に褐釉と緑釉を向かい合うようにかけている。これらの文様は皿の内面に生命感を与えているようである。口縁部外面は白化粧に よる刷毛目を施す。外面下半と高台は露胎で赤褐色を呈している。外面には墨書で「吉右エ門」、高台内は墨書で「百」と記されている。 :肥前 / 17世紀中葉~後半
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染付牛人物文水指

資料番号 00157
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 丸味をもった胴部に染付で山水画を描いた水指である。山水画は、器面に連続して描かれており、水牛の手綱をとる人物や滝 の水を汲む人物の背景には松・家屋・竹などが見える。また、遠景に旗や鳥の群れを描いている。絵巻風であり器面全体に動きが感じられる。透明釉は白味を帯 び、外面は高台畳付を除き全面に施釉されている。高台内には手跡が残っている。蓋受部および内面は露胎であり、本来共蓋があったものと思われる。 :肥前・有田 / 1610~30年代
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染付梅竹霊芝文大皿

資料番号 00158
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 中国・景徳鎮窯は明清の王朝交替に伴う内乱で、一時期生産も海外輸出も停滞したが、統一を果たすと1684年に展海令を 公布して輸出を再開する。この染付大皿はこの時期に作られたとみられ、幅の広い折縁をもつ。内面いっぱいに枝を広げた梅樹、そして岩に竹や霊芝(きのこの 一種)を描き込む。外側面は無文であるが高台内には二重圏線を染付する。 :中国・景徳鎮窯 / 17世紀後半~18世紀初
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染付松竹梅文扇面形向付(古染付)

資料番号 00159
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 いわゆる古染付であり、わが国の茶人が好んで注文したものと考えられている。比較的厚手に作られ、底面には三足がつけら れている。半開きの扇面形に成形され、扇面部分には松竹梅文を配し、扇の要や骨も染付で表す。美濃焼の織部と器形・装飾などに共通点があり、関わりの深さ が指摘されている。また肥前の初期伊万里様式への影響も強い。 :中国・景徳鎮窯 / 1620~30年代
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灰釉鉄釉振掛茶碗

資料番号 00160
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 内外面で釉薬をかけ分けた筒型の茶碗である。口縁部は鉄釉を施し、内面は見込まで白濁した釉薬を施している。外面は体部 下位と高台外側面に白濁した釉薬を施す。胴部は、赤褐色の露胎の上に、意図的に白濁した釉薬と茶褐色の釉薬を交互に振りかけている。高台内は部分的に白濁 した釉薬がみられるが、露胎となっており、篦削りの痕が残っている。斬新な意匠を持つ茶碗である。 :肥前 / 1600~30年代
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鉄絵筒茶碗

資料番号 00161
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 上野焼・釜ノ口窯は、慶長7年(1602)以降に朝鮮陶工尊楷(そんかい)が開窯し、千利休に茶の湯を学んだ藩主細川忠 興のもとで味わい深い質朴な陶器を焼いた。寛永9年(1632)、藩主の国替にともない肥後へ移窯するまで続いた。全体に薄くかけられた透明な灰釉は、淡 灰色あるいは枇杷色に発色し、胴の上下に2条ずつめぐらした鉄絵の圏線で簡素な筒形の茶碗を引き締めている。高台畳付は釉をぬぐい、高台脇に指痕らしい無 釉の部分が残る。 :豊前・上野窯 釜ノ口窯 / 1600~30年代
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藁灰釉流耳付水指

資料番号 00162
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 矢筈口(やはずぐち)に口部を作り、ひねりをきかせた双耳付の水指に、藁灰釉の白い流れが大胆な景色となっている。上部 を分厚くし4条の横筋をめぐらせ、胴の部分は篦で粗く縦筋を刻み桶形としたか、あるいは正面に短い刻みをつけ曲物の綴目としたものか、陶器で木器を写すと いう茶陶らしい遊び心が感じられる。底部は無釉、浅く削った高台の内には細かな轆轤痕が残る。内ヶ磯窯の製品と思われる。 :筑前・高取窯 / 1610~20年代
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象嵌花文碗(花三島)

資料番号 00163
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 全面を覆う細かな花文様が見事である。朝鮮半島の陶磁器は、とりわけ戦国時代の茶人に珍重され、その枯れた美しさがわび 茶にとりいれられた。朝鮮半島の陶磁器は肥前の陶磁器の技術的な源流であり、そこには肥前の陶磁器にみられる焼成技法、装飾技法の多くが見られる。この象 嵌の技法も肥前陶器(唐津)に多く用いられた。(溝上元良・正子夫妻寄贈) :韓国 / 朝鮮王朝時代 15世紀
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型紙摺唐花唐草文大皿(二彩手)

資料番号 00164
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 口縁部を鍔縁に成形し、端部は短く立ち上がり、上面には薄く緑釉が施されている。内面は、中心部および三方に鉄絵具で花 付き三つ葵の外形を描き、緑釉を施している。また、三方に型紙を利用し藤と牡丹とみられる花文を、盛り上がった白化粧土で表している。唐津焼では17世紀 前半に行われた例は少ない。高台畳付を除き、全面に透明の釉薬が施される。高台は2ヶ所で切られ、高台周辺に手跡が残っている。 :肥前 / 1610~40年代
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染付龍鳳凰文釣鐘形水指

資料番号 00165
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 全面に緻密な筆致で染付文様が描かれている。また造形も凝っており全体が釣鐘形になっている。底は別に作り釉で熔着さ れ、無釉の底面中央にハリ支え跡が一つある。蓋のつまみには両側に獣面があり、また蓋上部に鳳凰と雲龍が描かれている。胴部は六つの文様帯に分かれ、唐 草・桜花と雲龍・雲龍・松竹梅・蓮弁・唐草の各文様がめぐる。造形、絵付ともに江戸期の技術力の頂点を示している。 :肥前・有田 南川原山 / 1670~90年代
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色絵山水木目文大皿(青手)

資料番号 00166
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 古九谷様式中期から後期の特徴を有する。平らにカットした口唇部に口銹を施し、裏文様に密な唐草文を描く。高台内の福字 銘は中・後期のもの。口縁部を折り曲げ黄色で塗りつぶした例は出光美術館蔵品などがあり、青手のなかでも少し異なるグループを形成する。内側面の木目文は 雲気文かもしれないが、1640年代前後の青磁皿にも多く用いられたものであり、1670年代以降はみられなくなる。 :肥前・有田 / 1650~60年代
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色絵牡丹文大皿(青手)

資料番号 00167
情報所有館 佐賀県立九州陶磁文化館
特徴 青手古九谷と呼ばれてきたものであるが、青手は2種類に大別でき、本例は高台径の口径に占める割合が小さいこと、口唇部 に口銹を塗らず白地のままにしていることなどが特徴であり、古い方のタイプに属する。古九谷様式中期に位置づけられる。外側面の地文様は唐草文かもしれな いが細かい連続文を表している。高台内が白地の状態であること、底裏の福字銘も中期の特徴を示すものである。 :肥前・有田 / 1650年代頃
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