スタンドアロン型電算写植機(サプトン)
| 資料番号 | 00014 |
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| 情報所有館 | 日本新聞博物館 |
| 特徴 | スタンドアロン型電算写植機(サプトン)は、ミニコンピューターを内蔵し、入力されるデータ(本文、番組表、相場欄の 数字など)の各種組版処理を行います。必要な文字を、高速で回転する文字円盤から選択して印字します。 使用期間:昭和55(1980)年~平成 11(1999)年 メーカー:写研 使用:名古屋タイムズ印刷 |
| 資料番号 | 00014 |
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| 情報所有館 | 日本新聞博物館 |
| 特徴 | スタンドアロン型電算写植機(サプトン)は、ミニコンピューターを内蔵し、入力されるデータ(本文、番組表、相場欄の 数字など)の各種組版処理を行います。必要な文字を、高速で回転する文字円盤から選択して印字します。 使用期間:昭和55(1980)年~平成 11(1999)年 メーカー:写研 使用:名古屋タイムズ印刷 |
| 資料番号 | 00015 |
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| 情報所有館 | 日本新聞博物館 |
| 特徴 | CTS用さん孔機は、主に製作部門の専用オペレーターが使う端末で、部首別または音訓別に配列された文字盤を選択して入 力する機械です。入力した文字や記号は、画面上に表示しました。 使用期間:昭和63(1988)年~平成8(1996)年 メーカー:東芝 使用:朝日 新聞東京本社 |
| 資料番号 | 00016 |
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| 情報所有館 | 日本新聞博物館 |
| 特徴 | 事件・事故・災害などニュースの発生現場には、新聞社の無線電送車が急行し、取材した記事と写真を、発行本社の編集局に 電送します。過酷な取材に耐える重装備に改造された車輌が使われ、無線機器、写真電送機などの通信設備や写真暗室設備を備えています。ニュース現場に何日 も留まり、取材基地、前線本部としての役割も持っています。この無線電送車は朝日新聞社で使用されたもので、「水俣病裁判判決」の取材を皮切りに、平成 2(1990)年7月の熊本県阿蘇の「一の宮水害」取材まで前出同回数67回、11年半にわたって活躍しました。 メーカー:福岡トヨタ自動車 使用:朝 日新聞西部本社 |
| 資料番号 | 00017 |
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| 情報所有館 | 日本新聞博物館 |
| 特徴 | 事件、事故などの取材先から写真を送るのに使用しました。キャビネ版の写真1枚を、約5分で送信していました。 メー カ:東方電気 使用:京都新聞社 |
| 資料番号 | 00018 |
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| 情報所有館 | 日本新聞博物館 |
| 特徴 | マビカは、新聞社で初めて使われた電子スチール・カメラです。昭和59(1984)年のロサンゼルス・オリンピックで現 地取材用に使用されました。CCD(Charge-Couppled Device、電荷結合素子)で画像を電子化し、組み込まれたフロッピーディスク (FD)に記録しました。撮影してすぐに映像を送ることができました。 使用期間:1984(昭和59)年~平成元(1989)年 メーカー:ソニー 使 用:朝日新聞東京本社 |
| 資料番号 | 00019 |
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| 情報所有館 | 日本新聞博物館 |
| 特徴 | 写真電送機は、取材現場から撮影した写真を送る際に、ネガフィルムから印画紙に現像したものを送信する必要がありまし た。フィルム電送機の登場により、ネガフィルムを直接電送することができるようになり、現像する作業が不要になりました。その結果、装置と時間が大きく節 約されることになりました。 使用期間:昭和59(1984)年~昭和63(1988)年 メーカー:ニコン |
| 資料番号 | 00020 |
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| 情報所有館 | 日本新聞博物館 |
| 特徴 | カラー写真電送機は、カラー写真を色分解して、カラー印刷に必要な「黄(イエロー)」「赤紫(マゼンダ)」「青(シア ン)」「黒(スミ)」の4つの版を、画像信号に置きかえ、順次送信します。 使用期間:昭和61(1986)年8月~平成4(1992)年6月 メー カー:松下電送 使用:毎日新聞東京本社 |
| 資料番号 | 00021 |
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| 情報所有館 | 日本新聞博物館 |
| 特徴 | インマルサットは、国際海事衛星機構が運用する海上用の衛星通信システムです。1980年代後半から陸上通信の使用が認 められました。報道機関は、電話回線が確保できない紛争地域や、山岳地域などでニュースや写真の速報に利用を始めました。 メーカー:日本無線(インマル サット端末設備) MTI社(米国 インマルサットA型端末) 使用:読売新聞東京本社 |
| 資料番号 | 00022 |
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| 情報所有館 | 日本新聞博物館 |
| 特徴 | 1976年、朝日新聞社が報道機関として初めてジェット機を導入しました。「はやて」の性能は、全長13.26m全幅 13.38m全高4.37m最大速度毎時840km巡航速度毎時640km最高高度12.400m航続距離2.700km。セスナ式500型。 メー カー:セスナ社(米国) 使用:朝日新聞東京本社 |
| 資料番号 | 00023 |
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| 情報所有館 | 日本新聞博物館 |
| 特徴 | 文久2年1月(1862年2月)、蕃書調所が編集、江戸の老皀館萬屋兵四郎が出版・発売した新聞。バタビヤ(現インドネ シアのジャカルタ)のオランダ総督府機関紙「ヤバッシェ・クーラント」(Javasche Courant)を翻訳したもので、諸外国とオランダ国内の重 要ニュースを掲載しました。「バタヒヤ新聞」とは、バタビヤからのニュースという意味。江戸幕府が海外情勢を知らせるために発行した日本語初の新聞で全 23巻。 |
| 資料番号 | 00024 |
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| 情報所有館 | 日本新聞博物館 |
| 特徴 | 元治2年3月(1865年)、ジョセフ・ヒコ(本名・浜田彦蔵 播州(兵庫県)の漂流民で米国籍)が横浜で創刊した新 聞。日本人による最初の民間新聞で、毎月2回横浜に入港する英国船のもたらす新聞を翻訳して国別に編集して掲載しました。慶応2年9月(1867年)の 26号まで発行(月2回刊)、発行部数は100部程度。 |
| 資料番号 | 00025 |
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| 情報所有館 | 日本新聞博物館 |
| 特徴 | 明治3年12月8日(1871年1月28日)に横浜で創刊した日本初の日刊新聞。神奈川県令(知事)・井関盛艮が新聞の 力を国民の開化発展に利用すべきと考え、横浜の貿易商らに説き資金面の協力を得て創刊しました。近代活版印刷の祖・本木昌造の弟子が製作にあたり、元幕府 横浜洋書検閲官の子安峻(後の読売新聞初代社長)とともに発行。和紙木版刷りの全盛時に、鉛活字を使用し、洋紙1枚・両面に刷られた刊行物は、これまでと は違う近代型新聞の誕生を告げる画期的なものでした。明治12(1879)年11月東京に進出、「東京横浜毎日新聞」「毎日新聞」「東京毎日新聞」と改題 したのち、昭和15(1940)年11月30日付で廃刊。 |
| 資料番号 | 00026 |
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| 情報所有館 | 日本新聞博物館 |
| 特徴 | 明治5年2月21日(1872年3月29日)、東京で創刊した現存最古の日刊新聞。条野伝平(戯作者)、西田伝助(貸本 屋の番頭)、落合芳幾(浮世絵師)らが発行しました。明治44(1911)年3月1日に「大阪毎日新聞」と合併、昭和18(1943)年1月1日に「毎日 新聞」に題号を統一し、現在に至っています。 |
| 資料番号 | 00001 |
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| 情報所有館 | 佐賀県立九州陶磁文化館 |
| 特徴 | 染付と青磁による爽やかな色調の作品である。鍔状の口縁に青磁釉が少し盛り上がりぎみにのっており、端は釉が薄いため素 地の白さがみえている。皿の内面には藍地に薄瑠璃色の雷文を表すが、よく見ると薄瑠璃色の縁にはすべて墨弾きによる白抜き線を伴っている。裏面は染付で六 つ玉の七宝結び文を三方に配し、高台には長めの櫛目文をめぐらす。 :肥前・鍋島藩窯 / 1730~40年代 |
| 資料番号 | 00002 |
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| 情報所有館 | 佐賀県立九州陶磁文化館 |
| 特徴 | 碁盤と童子の組み合わせで関連することと言えば、男の子が5歳になると成長を祝って行う髪削(深曽木)の儀式がある。ま た江戸時代の座敷芸に、人形を碁盤の上で操って踊らせる碁盤人形というのがある。この作品もこうした儀式や遊芸にちなんだ題材と考えられる。童子の背中に は横長の赤い四角い布をさげたような絵付けがなされている。童子も碁盤も内部は中空であり、碁盤の方は内部に4本の柱で箱を支えている。 :肥前・有田 南川原山 / 1670~90年代 |
| 資料番号 | 00003 |
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| 情報所有館 | 佐賀県立九州陶磁文化館 |
| 特徴 | 粘土の板をよせて方形に作った角水指は、前後に大きな牡丹文、両側面に小振りの牡丹文を彫り、白土を埋めた象嵌技法で意 匠をきわだたせている。平底の底部を除き、全面に施された薄い透明釉の面は、茶褐色の胎土が抹茶色を呈している。共通点の多い作である象嵌牡丹文四方形香 炉は、底部に「宝暦六丙子(1756)…」の彫り銘をもつ。本品は佐賀の旧家に伝世し、茶席に使われたという。 :肥後・八代窯 平山窯 / 18世紀中葉 |
| 資料番号 | 00004 |
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| 情報所有館 | 佐賀県立九州陶磁文化館 |
| 特徴 | 無釉のまま高火度で焼成したあと、低火度焼成の藍釉・緑釉・黄釉・透明釉が掛け分けられ、焼成時に熔融し合うことによっ て複雑な色調が生まれている。焼成が不足すると熔け合わず、焼成が過ぎると混じりすぎて色調が不鮮明になる。この製品はもっとも良好な焼き上がりといえ る。素地は白い磁胎であり、透明釉をかけた部分が白くみえる。 :肥前・長与窯 / 1790~1820年代 |
| 資料番号 | 00005 |
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| 情報所有館 | 佐賀県立九州陶磁文化館 |
| 特徴 | 雨後の紫陽花を彷彿とさせる作品である。染付による紫陽花文に、しっとりとした青磁釉が垂れ込めている。釉の境には画す る線もなく、曲線を描きながら柔らかに融け合っている。紫陽花は一見すると写実的であるが、花弁や葉の描き方などパターン化され、個々の基本単位を巧みに 組み合わせて表現されている。裏面には雲形の葉に八つの花弁をもつ花唐草文を三方に描く。高台は長めの櫛目文をめぐらす。 :肥前・鍋島藩窯 / 1690~1730年代 |
| 資料番号 | 00006 |
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| 情報所有館 | 佐賀県立九州陶磁文化館 |
| 特徴 | 桃図の背景に青磁釉を施す。円形の画面いっぱいに文様を配すのは、鍋島には多くみられる構図である。左手の白い桃は、染 付の線書きだけで表されている。もっとも大きい文様を、もっとも単純な手法で表現している。右手の桃は墨弾きによる白抜き文を全面に描く緻密な表現であ る。大きくて単純な桃と、小さくて濃密な桃の対比がおもしろい。裏面の三方には、雲形の葉を持つ唐花唐草文を描く。高台には櫛目文をめぐらす。 :肥前・鍋島藩窯 / 1690~1730年代 |
| 資料番号 | 00007 |
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| 情報所有館 | 佐賀県立九州陶磁文化館 |
| 特徴 | 蓋には宝珠状の紐(つまみ)がつき、表面には白化粧土を用い打刷毛目を施す。裏面は周縁部に刷毛目を施し、中央部は露胎 で赤褐色を呈している。身には蓋受けがあり、この上面は白化粧土が残っている。胴部は、器表全体に薄い白化粧土による刷毛目、さらに打刷毛目を3段に施 し、暗褐色の地に白化粧が映えてみえる。蓋・身の内面と高台畳付を除く全体に透明釉が施されている。打刷毛目は武雄市庭木窯跡などの出土品に類例がみられ る。 :肥前 / 1690~1740年代 |