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謄写印刷60周年ポスター

資料番号 00027
情報所有館 山形謄写印刷資料館
特徴 草間京平が1953(昭和28)年に林商店からの依頼で制作した世界最大の鉄筆による謄写印刷物。縦978ミリ横774 ミリ。このポスターを制作するために原紙・ヤスリ・印刷機・ローラーが特注され、全く継ぎ目が無い。謄写印刷作品の一つの頂点を示す作品として貴重であ り、残存枚数もほとんど無い。 年代:1953年
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謄写印刷絵本「花咲く言葉」

資料番号 00028
情報所有館 山形謄写印刷資料館
特徴 1950(昭和25)年、植本浩嗣(十一)本文製版、草間京平挿絵製版による絵画絵本。当時1200部制作され、図書 館・施設等公共施設に1000部寄贈され、残りが謄写印刷研究者らに頒布された。植本浩嗣は楽譜製版名人として名高く、後に全日本謄写印刷業連盟(日謄 連)会長をつとめた。 年代:1950年
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俳優佐藤 慶制作印刷物

資料番号 00029
情報所有館 山形謄写印刷資料館
特徴 俳優、佐藤 慶さんは1928(昭和3)年12月、福島県会津若松市に生まれ、会津若松市役所勤務後、俳優を目指して上 京、俳優座研修生となった。俳優活動だけでは生活できずに、夜間はガリ版の仕事で生計をたてていた。佐藤 慶さんが制作した印刷物は俳優座文書の他に教科 書の準備稿・団体会報・同人誌等多岐に渡っている。 年代:1950年代
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佐藤 慶制作俳優座名簿

資料番号 00030
情報所有館 山形謄写印刷資料館
特徴 俳優、佐藤 慶さんが制作した俳優座関係の印刷物の中でも、1952(昭和27)年くらいの時期に制作された俳優座養成 所の研究生名簿は演劇史上貴重な資料であり、若き日の佐藤 慶、仲代達矢(元久)、小沢昭一、渡邊美佐子、佐藤 允など後年活躍する俳優の名が記されてい る。 年代:1952年頃
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物流現場再現模型「新発田駅の貨物上屋」

資料番号 00001
情報所有館 物流博物館
特徴 新潟県旧国鉄新発田駅の昔の貨物上屋を再現した模型。昭和30年代前半に撮影された写真と、当時新発田駅で働いていた 方の記憶をもとに製作した。雪の多い地方だけあって、貨物上屋の屋根には角材を使った雪留めが施され、また、風雪から貨物を守るために羽目板の壁が張られ ている。手前のガラス窓の事務所は通称「トラバコ」と呼ばれていた。建物の壁に立てかけられているスノコは、仕事が終わったあと、人が入らないようにホー ムの両端の入口に立てかけて仕切りとしたもの。当時、新発田駅では鉄道による米穀輸送が大変盛んで、この模型も秋の新米出荷時の設定。 年代:昭和30年代前半(1950年代後半)
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物流現場再現模型「品川宿の問屋場」

資料番号 00002
情報所有館 物流博物館
特徴 江戸時代の品川宿の問屋場の模型。この時代の荷物運搬方法は、宿場ごとに荷物を運ぶ人足や馬を交代し、リレー形式で運ぶ というもので、宿場で人馬を交代する場所を問屋場といった。この模型は、品川歴史館で所蔵している江戸後期の品川宿の問屋場の図面をもとに製作し、人馬や 旅人など街道の様子は浮世絵などを参考にした。 年代:江戸時代
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第一号通運丸復元模型

資料番号 00003
情報所有館 物流博物館
特徴 明治10年に内国通運会社が就航させた蒸気船通運丸の第一号船の復元模型。通運丸は江戸川・利根川・霞ヶ浦・北浦・東京 湾などで乗客や貨物の輸送を行った。大正8年以降は東京通船株式会社が運航した。第一号から五十六号まで確認でき、少なくとも計87船体が建造された。模 型制作に必要となる図面は、実際の第一号通運丸を建造した石川島平野造船所の後身、石川島重工業株式会社(当時)の造船設計部の2名の技術者によって、昭 和32年(1957)にさまざまな資料をもとに推定復元された。内国通運会社の後身である日本通運株式会社では、この成果を用いて日通創立20年周年を記 念し本資料を製作した。 年代:明治10年(1877)
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伝馬朱印状

資料番号 00004
情報所有館 物流博物館
特徴 「この朱印がない場合は、伝馬を出してはならない」との内容で、徳川家康が慶長6年正月に東海道を制定した際に各宿に出 された伝馬朱印状。本史料は東海道桑名宿に宛てたもの。伝馬とは、宿場が用意する輸送用の馬のことで、同じ伝馬朱印の押印された伝馬手形を所持する公用旅 行者は、無料で人馬の提供を受けることができた。 他に老中などの証文によっても無賃となった。また、大名や公家、一部の寺社なども時価の半額ほどで伝馬を利用できた。一般の場合は相対による時価で宿場の 人馬を利用した。:慶長6年(1601)
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石炭のテングドリ荷役のパイスケとガンヅメ

資料番号 00005
情報所有館 物流博物館
特徴 テングドリ荷役とは、九州地方で物を手から手へ渡して運ぶ荷役法のことを言い、かつて汽船の燃料用石炭の積み込み作業 の際などに行われていた。石炭を積んだ艀(はしけ)から本船の舷側にはしご段をかけ、そこにずらりと並んだ仲仕の人々が、10kg位の石炭を入れたパイス ケ(バイスケともいう。バスケットがなまった言葉で、石炭や土砂などを運ぶザルのことをいい、地方によっていろいろな形態がある)を順送りに手渡しして荷 役する。明治時代から昭和30年代まで行われていた。ガンヅメは、パイスケに石炭を入れるときに使用したもの。どちらの資料も、門司港で使用されていた。 年代:昭和30年(1955)頃
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マンボウ

資料番号 00006
情報所有館 物流博物館
特徴 マンボウとは荷役の現場で広く使用されていた道具のひとつで、荷を担ぐ人に棒を1本ずつ手渡し、蔵などに運び込んだ際に それを回収することで、荷をいくつ運んだか確認するために用いられた。 年代:昭和時代
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木炭ガス発生装置(日燃式)

資料番号 00007
情報所有館 物流博物館
特徴 戦時中から戦後にかけて石油燃料が不足した時代には多くの自動車が代燃車に改造された。代燃車とは代用燃料で走る自動車 のことで、木炭や薪などからガスを作って走るものやアセチレンガスを用いて走るものなどがあった。木炭ガス発生装置は木炭を不完全燃焼させて一酸化炭素ガ スと水素ガスを主成分とするガスを発生させ、フィルターで濾過したのち、ガソリン自動車のエンジンにそのまま送りこんで使用した。本資料はトラックに搭載 されたもの。 トラックに用いた実物が現存するのはおそらく本資料のみではないかといわれている。 年代:昭和時代
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手鉤(てかぎ)

資料番号 00008
情報所有館 物流博物館
特徴 俵や叺(かます)などの藁(わら)を用いた梱包や木箱などを取り扱う時には、このような手鉤を用いた。 年代:昭和時代
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未開梱の木箱荷物

資料番号 00009
情報所有館 物流博物館
特徴 文具店の蔵に残っていた、まだ開けられていない荷物。中身は朱墨のビンで、クッションに藁(わら)を入れている。 年代:昭和10年代後半(1940年代前半)
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物流に関する産業映画

資料番号 00010
情報所有館 物流博物館
特徴 1940年代から80年代にかけ多くの企業で産業映画が数多く製作された。当時、日本通運株式会社ではPR・業務研修・ 記録用の映画が多数製作され、これらの作品を含む、 199点の物流に関するフィルム資料を収蔵している。一部の作品は展示室にて視聴可能。主な作品;「荷役近代化への道」(1966年編集)、「物のなが れ」(1949年)、「黄色い車」(1958年)、「こうして米は運ばれる」(1959年)、「300トントレーラー」(1960年)、「オリンピックを 運ぶ」(1964年)、「花開く日本万国博EXPO’70」(1970年)、「国宝の旅立ち」(1980年)。 年代:昭和時代
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1升ビン用の藁ツト(再現)

資料番号 00011
情報所有館 物流博物館
特徴 ビン類の輸送時には、破損を防ぐために藁ツトがクッションとして用いられていた。この資料は、藁ツトの一大生産地であっ た淡路島で生産に携わっていた方が、のちに再現製作したもの。藁は麦藁を用いている。瓶詰めと同様に、洋酒に用いられた方法を日本酒に取り入れたものと考 えられる。 年代:昭和時代
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京都馬借の運搬用具(馬の背で運ぶ道具)

資料番号 00012
情報所有館 物流博物館
特徴 京都の馬借(ばしゃく)が江戸時代に使用したもの。馬借とは馬を使った運送業者のことで、京都周辺で古くから活躍して いた。この道具は馬の鞍の両側に取り付け、人を乗せたほか、荷物も運んだと思われる。必要のないときにはたたむこともできた。 この道具を使用することで、3人が馬に乗ることができたので、「三宝荒神鞍(さんぽうこうじんぐら)」と呼ばれた。 年代:江戸時代
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内国通運会社の半纏

資料番号 00013
情報所有館 物流博物館
特徴 印半纏に内国通運の社章「Eマル通E」のマークが入っている。ちなみに、「Eマル通E」のマークは日本通運株式会社の前 身の内国通運会社および国際通株式会社が明治時代から使用していた社章であり、両脇にあるEの文字を配したのは前島密の発案と伝えられ、このEは ExpressのEであるといわれている。 年代:明治時代
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石炭運搬用のオウコ(天秤棒)とパイスケ

資料番号 00014
情報所有館 物流博物館
特徴 門司港で使用されていた天秤棒とパイスケ。石炭の荷役に使用した。 年代:昭和時代
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車石

資料番号 00015
情報所有館 物流博物館
特徴 京 都・大津間には牛車専用路として車石が敷設され、琵琶湖から大津に陸揚げされた荷物を牛車が運搬していた。花崗岩に車輪の溝が刻まれている石のレールであ る。 年代:江戸~明治初期
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陶磁器の藁荷造り(美濃焼の湯飲み茶碗)

資料番号 00016
情報所有館 物流博物館
特徴 陶磁器の荷造りは、江戸時代以来1970年代頃まで、主に藁を使って行われてきた。藁荷造りでは、同一の複数の器物を 藁でからげたユニット(カラゲなどという)が最小単位となり、このようなカラゲを一つにまとめて荷造りが行われる。また、藁で太い縄を作り、これを甕など に巻きつける荷造り法もある。各産地ごとに形状には違いが見られるが、上記のような2つの方法は共通している。資料は美濃焼の湯飲み茶碗100個入りの梱 包。 年代:昭和時代
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