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バンテック・テラノラリー車 *2000年第6回ラリーレイド・モンゴル優勝車

資料番号 00160
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 市販乗用車をベースにしたマシンで、「ラリーの日産」と称される黄金時代を築くばかりではなく、SUV型の車両で挑むラリーにも日産自動車は積極的に参戦してきました。このテラノは、1995年(平成7年)に誕生した2代目モデル(R50型系)をベースに、2000年(平成12年)に開催された第6回ラリーレイド・モンゴルに参戦。スカイラインGT-Rなどで輝かしいレース成績を誇る、長谷見昌弘選手と息子の長谷見智之の組で出場しました。首都ウランバートルを起点に、3583km以上にもおよぶコースが設定された同大会において、2位のマシンに4時間もの大差をつけて2年連続の総合優勝とTI(市販ガソリン車無改造)クラス優…年代:2000
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ペンズオイルニスモGT-R *'99年JGTCシリーズ優勝車

資料番号 00161
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 レースに勝つために生まれたスカイラインGT-Rは、1999年(平成11年)1月に誕生した5代目(R34型)においても、そのポテンシャルの高さをいかんなく発揮しました。本車両は、そのデビューイヤーに開催された全日本GT選手権(JGTC)のシリーズ全6戦において、熟成されたレース仕様のRB26DETTエンジン(最高出力500馬力)や、シャシー性能などを武器に、常に安定したハイポテンシャルを発揮。見事にシリーズチャンピオンの座を射止め、前年に出走していた3代目(R33型)に続き、2年連続の王座を獲得しました。なお、市販仕様の同車はFR(フロントエンジン・リヤドライブ)を基本に、必要に応じて駆動力を…年代:1999
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スカイラインGT-R *'96ル・マン公認用ロードカー

資料番号 00162
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 90年を最後に中断していた日産ル・マン挑戦は'95年、ニスモ(ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル)によって再開され参戦、しかし、スカイラインGT-Rの改造だけでは上位入賞は困難でした。そこで、'96年ル・マンでは、最新だったスカイラインGT-R(R33型)を大幅にモディファイしたル・マン専用GTカー「NISMOGT-RLM」を製作して挑むこととなりました。しかし、ル・マン24時間レースには「GTクラスに出場する車両は一般公道を走行できる車両が存在しなければならない」という規定がありました。このため、ニスモは「NISMOGT-RLM」のベース車となるロードカーを制作、英国で…年代:1996
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ニッサンR390 GT1 *'98年ル・マン公認取得用ロードカー

資料番号 00163
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 スカイラインGT-R(R33型)でのル・マン24時間レース参戦は、1995年(平成7年)と翌1996年の2年間に及びましたが、これを引き継ぐマシンとして誕生したニッサンR390GT1も、出走資格である主催団体の公認を取得する必要がありました。そのため、一般公道を走行する際に必要な安全装備を施すなどして、実際に登録を行いホモロゲーション(レース参戦資格)を得る為に作られたのがこの記念車です。一般への販売は行われませんでしたが、もし市販化されたら1億円は下らないだろう、という噂が当時のレースファンの間ではささやかれたモデルでもあります。年代:1998
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ニッサンR390 GT1 ♯32号実車('98年ル・マン24th総合3位)

資料番号 00164
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 日産自動車は、1986年(昭和61年)にル・マン24時間レースに初挑戦しましたが、ニッサンR390GT1で参戦した1998年(平成10年)は、ベストな結果を得られた記念すべき年でした。出走した3台すべてが完走を果たし、うち2台が総合5位と10位でチェッカーフラッグを受け、3人の日本人名ドライバーがステアリングを握りました。「元祖・日本一速い男」の星野一義、後にF1ドライバーとなった鈴木亜久里、当時の若手ナンバーワンドライバーであった影山正彦が駆るこの32号車は、予選14番手からスタート。当時1周13km以上のコースを347周して見事総合3位を獲得したのです。本車両は、日産自動車のル・マン24…年代:1998
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セドリック スペシャル6 前期型

資料番号 00165
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 日本を代表する高級車として、長きに渡り愛されたセドリック。名プロ野球プレイヤー・長嶋茂雄さんが結婚した1965年(昭和40年)の10月に、2代目モデルとなる130型が誕生しました。ハイウェイ時代、モータリゼーションの本格発展の到来を見据えた、流麗なボディスタイルは、「フローイングライン」と命名されました。これは、大自然の中で空気がつくりだす美しい流れをイメージしたものです。もちろん、高速走行性能はもとより、静粛性や安全性も大きく高められました。本車両のスペシャル6は、直列6気筒OHC・1998ccで最高出力を105馬力としたL20型シングルキャブレター仕様を搭載しています。年代:1966
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ブルーバード 1600SSSクーペ

資料番号 00166
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 マイカー時代をぐいぐいと牽引した、通称「ゴーイチマル」こと3代目ブルーバード(510型系)は、1967年(昭和42年)に生まれました。前席サイドウインドウの三角窓を廃し、すっきりとしたフォルムは「スーパーソニックライン」と称され、多くのファンから愛されました。また、セダンのみならず、よりスポーティなクーペもラインナップして当時の若者たちの憧れにもなりました。この1600SSSクーペは、1969年(昭和44年)式です。エンジンは高回転性能にも優れる、最高出力100馬力の直列4気筒OHC・1,595ccのL16型を搭載しています。ブルーバードに設定されたSSSは、スカイラインのGTと同様に、日産の…年代:1969
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マーチ コレット

資料番号 00167
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 日産自動車のコンパクトカーとして、愛され続けているマーチ。初代モデルは、1982年(昭和57年)10月に発売されました。経済的で扱いやすいFF(フロントエンジン・フロントドライブ)、1,000ccエンジン、そしてファッショナブルなキャラクターで、行動的な女性を中心に人気を獲得していきました。記念車のコレットは、当時の最上級Gグレードをベースに、よりおしゃれで豪華な装備をプラスしたモデルで、さらに女性ユーザーから支持されることになりました。また、後にパンプス、i・Z(アイ・ズィー)など洗練された装備や仕様を採用した車種が、誕生するきっかけにもなったモデルです。エンジンは当時のリッターカーとしては…年代:1985
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ニッサンR390 GT1 ♯32号車レプリカ('98ル・マン出場車)

資料番号 00168
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 世界でも屈指の過酷さを誇るフランスのル・マン24時間レースへの挑戦は、日産車の信頼性や先進性をより高める、価値ある実験の場でもありました。1998年(平成10年)に同レースへ挑み、過去のチャレンジも含めて日産最高位の総合3位を収めたR390GT1の32号車のレプリカモデルです。ベースとなっているのは同じレースで実際に走り、総合6位となった31号車のゼッケンやスポンサーカラーを変更したもので、搭載されているVRH35L型エンジン(V型8気筒DOHC・3,495cc、最高出力650馬力以上)など、メカニズムは同一の仕様となっています。年代:1998
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スカイラインGT-R ペンズオイル・ニスモ( '98年JGTCシリーズ優勝車)

資料番号 00169
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 初代モデル(ALSI)から数えて9代目になるR33型は、1993年(平成5年)8月19日に発売されました。このモデルで4ドア/2ドアとも3ナンバーボディとなりエンジンは全て直6のRB系になりました。R33型のGTRは、2年後の1月6日に発売になり、同年4月に鈴鹿で行われた'95年JGTC開幕戦で、このレースをデビューウインで飾りました。本車両は、1998年(平成10年)の同選手権において、ニスモ(ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル)のワークスマシンとして参戦。エンジンの排気量を2,600ccから2,708ccに拡大し、最高出力は500馬力以上になっています。このマシンはシリーズ…年代:1998
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スカイラインGT-R カストロール・ニスモ

資料番号 00170
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 直列6気筒エンジンを搭載した最後のスカイラインGT-RとなるR34型は、1999年(平成11年)1月に販売が開始されます。スカイラインGT-R歴代のモデルが、数々の栄冠を勝ち取り、伝説を打ち立てたレースの世界へも投入されました。本車両は、2000年の全日本GT選手権(JGTC)のGT500クラスに、元F1ドライバーの片山右京選手と、後にテニスプレーヤー・伊達公子さんの夫となる、ミハエル・クルム選手がコンビを組んで参戦した、ニスモのワークスマシンです。駆動方式は市販車の4WDとは異なり、FR(フロントエンジン・リヤドライブ)を採用しています。年代:2000
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パルサーGTI-R 92年RACラリー出場車

資料番号 00171
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 ダットサン、ブルーバード、フェアレディZ、バイオレット、シルビアなどバラエティに富んだマシンを投入し、日産自動車は過酷な海外ラリーに積極的にチャレンジしてきました。1990年(平成2年)に誕生した4代目パルサー(N14型系)の超スポーツモデル・GTI-Rは、1991年(平成3年)と翌年の世界ラリー選手権(WRC)に参戦しました。市販仕様のパルサーGTI-Rは、コンパクトなボディに強力な直列4気筒DOHCターボのSR20DET型エンジンを搭載し、アテーサE-TSという日産独自の4WDシステムを採用していたことなどが、ラリー参戦のために白羽の矢が立てられた理由です。実戦では、エンジンパワーを30…年代:1992
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ニッサンR92CP ♯24YHP

資料番号 00172
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 スポーツプロトタイプカー(グループCカー)による、全日本選手権がかかった耐久レースでも、日産車は数々の伝説を生んでいます。このR92CPは、全日本選手権を争う最後の年のレースに挑みましたが、全6戦のすべてでターボ車クラスの優勝を飾り、1991年(平成3年)から続く、製造メーカーとドライバーの両部門を3年連続で制覇するという偉業を達成しました。なお、ニッサンR92CPは、V型8気筒DOHCターボ・3,496cc、最高出力800馬力以上のVRH35Z型エンジンなどの基本的なメカニズムは、その前年のシリーズを戦った、ニッサンR91CPに準じています。年代:1992
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ニッサンP35

資料番号 00173
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 ターボエンジンを搭載したマシンで、日産自動車に数々の栄誉とノウハウをもたらせたグループCカーによるレースは、1993年(平成5年)からターボチャージャーの使用が禁止されることになりました。そのため、この規則に合致して、なおかつ勝利を獲得するために、自然吸気エンジンのVRT35型エンジン(V12型DOHC・3,499cc、最高出力630馬力以上)とともに、ニッサンP35を開発しました。このマシンは、世界選手権シリーズにも投入される予定でしたが、同選手権の開催が中止になった事などから、日産はグループCカーによるレース活動を休止することとなり、NP35/P35の開発も打ち切られた。このため、実戦で…年代:1993
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ニッサンP35

資料番号 00174
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 ターボエンジンが禁止になった、1993年(平成5年)のグループCカー規定に合わせて開発されたマシンのうちの1台です。国内選手権用に作られたNP35同様、V12・3,500ccの自然吸気エンジンを搭載しています。シャシーの開発を担当した米国NPTI社は、このマシンで同年、米国内で開催されるIMSA選手権を戦う予定でしたが、このマシンも83号車と同様にプロジェクト中止となったため、残念ながら幻のマシンとなりました。年代:1993
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ニッサンR92CP ♯1カルソニック

資料番号 00175
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1991年(平成3年)に国内で開催されたスポーツプロトカー耐久レースで、全7戦中5勝という圧倒的な強さを誇り、ドライバーズチャンピオンとなった星野一義/鈴木利男選手組のマシンです。翌1992年(平成4年)も同じコンビで、全6戦中5勝をあげ、連続王座を見事に堅守しました。日産自動車に、3年連続のダブルタイトル(メーカー部門、ドライバー部門)の栄誉をもたらしました名マシンです。心臓となるVRH35Z型エンジンは、V型8気筒DOHCツインターボで、最高出力は800馬力以上を誇りました。これを搭載した車体の重量は、1トンにも満たない重量でしたので、現在の軽自動車並の軽量マシンといえるでしょう。年代:1992
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スカイライン ハードトップ 2000GT-X

資料番号 00176
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 アポロ11号が月面へ着陸した1968年(昭和43年)の7月、スカイラインはフルモデルチェンジを行い、3代目となるC10型系に生まれ変わりました。このクルマは、日産自動車と旧プリンス自動車工業の合併後初の新型スカイラインということで、大きな注目を集めました。発売当初は1,500cc、1,800cc、2,000ccエンジンと、4ドアセダンのみでバリエーションを構成していましたが、2年後の1970年(昭和45年)10月に待望の2ドアハードトップシリーズが登場しました。さらに、翌年9月には、直列6気筒OHC・1,998ccのL20型エンジンに、SUツインキャブを備えた2000GTの上位モデル、GT-X(ハイ…年代:1972
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セドリック カスタム6

資料番号 00177
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 セドリックの2代目となる130型は、1965年(昭和40年)10月に発売。キャッチコピーは「高級車を気楽に乗り回すのが新しいやり方・ONTHECEDRIC」でした。1960年登場の初代のアメリカンスタイルとは一変して、イタリアのカロッツェリア「ピニンファリーナ」がデザインを手がけた欧州調スタイルに生まれ変わりました。また1965年は、7月に名神高速道路が全線(小牧-西宮間)開通するなど、高速道路が活性化していた時代です。そうした高速時代に対応するべく、2,000ccの直列6気筒OHCエンジンを採用したことも130型の大きな特徴として挙げられます。1968年9月のマイナーチェンジでは、フロン…年代:1969
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セドリック 4ドアハードトップ ターボ  ブロアム

資料番号 00178
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 430型のセドリックは、1979年(昭和54年)6月にフルモデルチェンジを受けた5代目になります。それまでの2ドアハードトップはなくなり、ボディバリエーションは4ドアハードトップ、4ドアセダン、ワゴン/バンの3タイプとなりました。ワゴンは、3代目の230型以来の再登場となりました。この430型セドリックでは、乗用車では日本初となる直列6気筒ディーゼルエンジン(LD28)搭載車の追加や、エンジン集中電子制御システム(ECCS)の日産車初採用など、「初もの」のトピックが数多くありました。とくに注目を浴びたのは、同年12月のマイナーチェンジで日本初のターボエンジン(L20E-T)搭載車が登場したこ…年代:1982
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セドリック グランツーリスモSV

資料番号 00179
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1987年(昭和62年)6月にリリースされた7代目セドリックのY31型は、ドライビングの楽しさを強く追求したモデルでした。その傾向を色濃く現すのが、従来からの「ブロアム」に加えて新設定された「グランツーリスモ」です。スポーティなフロントデザインを備えるだけでなく、エンジンはV型6気筒の3,000cc、3,000ccターボ、2,000ccDOHCターボ、直列6気筒ディーゼル2,280ccなど数多くのバリエーションを誇りました。従来モデルよりもさらに高められた走りの高いクオリティは、当時の多くのユーザーに好評を得ました。記念車に積まれたVG20DETと呼ばれるV型6気筒2,000ccDOHCターボエン…年代:1991
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