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Be-1

資料番号 00140
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 K10型マーチをベースにした「パイクカー」シリーズの第1弾として、1987年(昭和62年)1月の発売されたBe-1。発売を前に、抽選で購入予約者を決定するという、異例の人気ぶりでした。この記念車は、発売と同時に、横浜ベイスターズのホームグラウンドである横浜スタジアムで活躍したモデルです。Be-1をベースとしてオープンカーに改造されたリリーフカーがファンの注目を浴びます。丸いヘッドライトの愛らしいフロントマスクはもちろん、赤いボディに日産自動車とBe-1のロゴが入り、助手席を少し高くした仕様が特徴で、約2年間、リリーフ投手を乗せて登場しました。かつて横浜に在籍し、大リーグでも活躍した「大魔神」…年代:1987
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サニーバン 1200DX VB110

資料番号 00141
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1965年(昭和40年)の車名の公募を受け、翌年に産声を上げた初代サニー。初代から4ドアバンが用意され、記念車のバンは1970年(昭和45年)登場の2代目のサニーバン1200DX(BV110型)です。搭載エンジンは、初代の1000ccから排気量がアップし、A12型と呼ぶ直列4気筒OHV1200ccで最高出力は68馬力を発揮しました。ボディも拡大され、テールゲートを跳ね上げ式に変更し、使い勝手が向上されました。グレードはスタンダード、スーパーデラックスAとBの3タイプを設定し、スタンダードとスーパーデラックスAは3速MT、最上級のスーパーデラックスBは、4速MTが採用されています。エンジンの排…年代:1970
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スカイライン GT-R

資料番号 00142
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1993年(平成5年)8月にリリースされた9代目スカイライン(R33型)は、GT-R(BCNR33型)も当然そのラインアップに加わりました。まず、同年秋に開催された第30回東京モーターショーに参考出品され、1年以上の時間を経て1995年(平成7年)1月に発売されました。R32型で16年ぶりに復活を果たしたGT-Rは、モータースポーツ界に一大旋風を巻き起こし、フルモデルチェンジしたR33型にも熱い視線が注がれ、「いつ出るのか」と、ファンをやきもきさせたものです。東京モーターショーで展示されたこのプロトタイプは、市販モデルとはフロントまわりとアルミホイールのデザインが異なります。もちろん、ボディ…年代:1993
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プレーリー JW-G

資料番号 00143
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 ミニバンというカテゴリーが国内に存在せず、多人数乗車が可能なモデルがワンボックスワゴンと認知されていた、1982年(昭和57年)8月に初代プレーリー(M10型)が発売されました。駆動方式はFF(フロントエンジン・フロントドライブ)で、センターピラーレスの後席用スライドドアを採用する画期的なもので、優れた乗降性を実現しています。今日のミニバンブームにつながる草分け的な存在だったのです。JW-Gは8人乗りのタイプで、ほかに5人乗りと3/6人乗りのタイプもありました。エンジンは1800ccのCA18型直列4気筒OHCを搭載していました。年代:1984
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グロリア スーパーデラックス

資料番号 00144
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 のちにセドリックと兄弟車の関係になるグロリア。初代はプリンス自動車工業の乗用車として誕生しました。3代目となるHA30型は1967年(昭和42年)に発売。日産・プリンス合併後初の新型車として注目を浴びました。エクステリアは、丸型のヘッドランプを縦に並べた4灯式となったフロントマスクが特徴で、直線基調のボディラインは、上級セダンらしさをアピールする均整のとれたプロポーションで、人気を呼びました。スーパーデラックスは、スーパー6をベースにいっそうスポーティに仕上げたグレードです。パワーユニットとして、2000ccで125馬力のL20型直列6気筒OHCエンジンを搭載。インフラ整備がますます促進され…年代:1970
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ダットサン1000

資料番号 00145
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 ダットサン1000(L210型)を発売したのは、1957年(昭和32年)11月でした。その頃は自動車そのものが国内ではまだまだ高根の花という、贅沢品を象徴するものでしたが、前年には国民車構想も持ち上がり、自動車の大衆化という機運が高まりつつある頃でもありました。L210型を発売した翌年の1958年(昭和33年)1月には、ロサンゼルス輸入車ショーに出品し、さらに同年の8月-9月の豪州ラリーでダットサン1000「富士号」が優勝したことで話題となり、これが本格的な対米輸出のきっかけとなりました。ちなみに、ダットサン1000の後継車として誕生したのが、初代ブルーバード(310型)です。シルバーボディ…年代:1958
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ニッサン R90CP

資料番号 00146
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 日産自動車は、市販車をベースにしたモータースポーツへの参戦に加え、レース専用に開発したマシンで速さを競うジャンルでも数々の成功を収めています。1990年(平成2年)に開催された、全日本スポーツプロトタイプ耐久選手権(JSPC)。「グループC」という規定で造られた車両が出場では、メーカー部門とドライバー部門のダブルタイトルを獲得。レースの世界では前年のチャンピオンマシンであることの証しとして「ゼッケンNo.1」をつけることになっているので、翌1991年(平成3年)に同レースに参戦したこの車両は、ボディサイドには「1」が輝いています。搭載エンジンは、レース専用のVRH35Z型(V型8気筒DOHC…年代:1990
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ニッサンR90CK

資料番号 00147
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 フランスで伝統的に開催され、過酷なことでも世界的にも知られる、ル・マン24時間レース。日産自動車は1990年(平成2年)の大会において、日・米・英の3チームから合計5台をエントリーしました。このニッサンR90CKは、その中のアメリカチームから出場した1台です。空気抵抗が少なく、車両重量がわずか900kg程度のボディに、800馬力以上の最高出力をもつYRH35Z型(V型8気筒DOHC・3486cc)を搭載しています。外国人ドライバー3名が交代で長丁場の運転を担当し、予選を25位で通過。そして決勝では17位完走を果たしました。年代:1990
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ダットサン バン1500デラックス

資料番号 00148
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 ダットサンバンは、日産自動車の創世記から戦後の高度成長期を中心に、さまざまな物資を運び、暮らしをサポートしました。このモデルは、1965年(昭和40年)5月に誕生した520型バン(1300ccエンジン搭載)の進化形として、1970年(昭和45年)2月に設定された1500ccのJ15型直列4気筒OHVエンジン(最高出力77馬力)を搭載しています。同時に型式名を521型とした変更したモデルです。本格的な高速道路時代を迎えるにあたり、商用車の世界にも、より強力なパワーが必要となってきたために生まれました。乗車定員は最大6名で、3名乗車時の最大積載量は500kgでした。年代:1972
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ニッサン MID 4(II型)

資料番号 00149
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 MID4(ミッド・フォー)は技術開発の研究・開発と、その成果を自動車ショーを通じて、皆さんにお伝えすることも役目として加えた実験車両です。エンジンをミッド部(車体中央)に搭載し、駆動方式を4WDとしたスーパースポーツカーに由来して、車名をMID4としました。この車両は、1987年(昭和62年)に開催された東京モーターショー出展車で、エンジンは最高出力330馬力のV型6気筒DOHCツインターボ、VG30DETT型を搭載。サスペンションはフロントにダブルウイッシュボーン式、リヤにHICAS(ハイキャス)という操舵機構を採用したマルチリンク式を採用していました。このモデルは、市販には至りませんでし…年代:1987
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プリメーラ・カミノ

資料番号 00150
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 市販車と同様に、レースの世界もデザインやエンジンなどマシンだけでなく、レースそのものが時代に合わせて変化を遂げます。1994年(平成6年)、国内で絶大な人気を誇った全日本ツーリングカー選手権(JTCC)は、これまで活躍したスカイラインGT-Rなどのスポーツタイプの車両から、2000ccのエンジンを搭載した4ドアセダンのマシンに統一して、速さが競われることになりました。このため日産自動車では、ヨーロッパ市場でも大好評を博していたプリメーラと、サニーを投入しています。このモデルは、プリメーラ・カミノをベースに300馬力にまで最高出力を高めた、4気筒DOHC・1997ccのSR20DE型を搭載。1…年代:1997
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プリメーラ ’98アセアン選手権2位

資料番号 00151
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 並みいるヨーロッパ車を凌駕する高性能な走りと、優れたパッケージングのセダンとして高い評価を受けたプリメーラは、1995年(平成7年)に2代目モデル(P11型系)へと移行しました。初代同様にレスポンスに優れるSR20型エンジンを搭載。自慢のマルチリンク式サスペンションにも、さらに磨きをかけました。また、モータースポーツの世界では、国内の全日本ツーリングカー選手権をはじめ、イギリスやヨーロッパ各地でのレースでも大活躍しています。その勢いはアジアにも及びました。このマシンは、アジア各国を転戦する東南アジア・ツーリングカー・ゾーン・チャレンジアセアン選手権の1998年シリーズにおいて、2位を獲得した…年代:1998
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ブルーバード 1200デラックス

資料番号 00152
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 国内乗用車の保有台数が100万台を突破した昭和38年(1963)の9月、ブルーバードは大好評を博した初代からバトンを受け、初のフルモデルチェンジを実施。2代目のP410型へと進化を遂げました。スポーティな丸型4灯ヘッドライトやヨーロッパ調のスタイリングは、当時の国産車とは異彩を放ち、注目を浴びました。それは、イタリアの名門カーデザイン会社である、ピニンファリーナ社にデザインを委託したからです。メカニカルな面でも革新性を求め、日産初のモノコックボディを採用し、軽量化とボディ剛性の確保を両立しています。発売当初は1000ccと、この記念車が搭載している1200ccエンジン(最高出力55馬力)の2…年代:1964
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ニッサンR391

資料番号 00153
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1999年(平成11年)、それまで日産自動車がチャレンジを続けていたル・マン24時間レースは、車両規則が変更されました。24時間の長丁場を戦い抜き、総合優勝を狙うためにはプロトタイプのマシンのほうが有利になりました。そこで開発されたのが、1人乗りオープンモデルのニッサンR391です。わずか900kg程度の超軽量ボディに、V型8気筒DOHC・4997ccのVRH50A型エンジン(最高出力600馬力以上)を搭載しています。カーボン製ブレーキディスクローターなど、最先端の素材と技術を惜しみなく投入して製作されました。なお、本車両はレース出場車ではなくレプリカモデルです。年代:1999
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ニッサンR391

資料番号 00154
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1999年(平成11年)のル・マン24時間レース必勝を誓い、誕生したニッサンR390は実戦には2台を投入しましたが、決勝前日の予選で1台がクラッシュに見舞われ出走できませんでした。本戦には予選を12位で通過したこの23号車のみで挑みましたが、スタートから7時間後の110周で残念ながらリタイアとなりました。しかし、この悔しさをバネに、同年11月に国内の富士スピードウェイで行われた、1000kmで競われる耐久レースでは、ル・マンに挑戦した同じ3人のドライバーが、チームとともに意地を見せ、見事に優勝を果たしました。本車両はそのときのマシンです。年代:1999
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ニッサンNP35

資料番号 00155
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 モータースポーツへの参戦は、速さを追い求めるばかりではなく、新素材・新技術の応用、耐久力の確認など、市販車の信頼性をより高めるための鍛錬の場でもあります。日産自動車が1980年代から1990年代前半にかけて挑んだスポーツプロトタイプカー(Cカー)によるレースは、ターボ関連技術や空気抵抗低減などの幅広い分野で、多くの経験とノウハウを獲得することにも成功しました。しかし、1993年(平成5年)のシーズンからこのCカーではターボチャージャーの使用が車両規則の変更で禁止になります。そこで日産では、自然吸気のV型12気筒DOHC・3499ccの排気量から最高出力630馬力以上を発生するVRT35型を開…年代:1992
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ニッサンR390 GT1

資料番号 00156
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 日産自動車とモータースポーツ活動を担うニスモ(ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル)は、1995(平成7年)と翌1996年、ル・マン24時間レースにおいて市販車をベースにしたマシンで挑みましたが、残念ながら満足できる成果をあげることができませんでした。そこで開発されたのがニッサンR390GT1です。当時の車両規則に則って製作された本格的なGTカーのVRH35L型エンジンは、V型8気筒DOHC・3495ccから最高出力650馬力以上、最大トルク72.0kgm以上を発揮。1997年(平成9年)より同車でのチャレンジを開始します。そして、挑戦2年目となる1998年に32号車が、星野一義/…年代:1998
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プリメーラGT *'99年英国ツーリングカー選手権(BTCCシリーズ)優勝車

資料番号 00157
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1992年(平成4年)、ヨーロッパでは2000ccのエンジンを搭載した4ドアセダンによるレースが各国でブームとなりました。イギリスではBTCC(英国ツーリングカー選手権)と銘打ったレースが大人気となり、当時イギリスでも生産されていた初代プリメーラが参戦。続く2代目モデル(P11型)も引き続きサーキットを疾走しました。このマシンは、1999年(平成11年)の同選手権で全26戦中13勝をマーク。製造メーカー部門、ドライバー部門、チーム部門など4冠を征したチャンピオンマシンです。エンジンは300馬力以上にパワーアップされたSR20DE型を搭載しています。年代:1999
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バイオレット H/T 1600SSS-E

資料番号 00158
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1973年(昭和48)1月、大衆車サニーとファミリーカーであるブルーバードUの中間的な車種への要望に応えて、新型バイオレットが誕生しました。乗用車系は、セダンとハードトップを設定しています。いずれもロングノーズ・ファストバックと呼ばれるスポーティなフォルムが与えられ、とくにハードトップモデルのエクステリアの流麗さは大きな話題となりました。この1600SSS-Eは、電子制御燃料噴射装置(ニッサンEGI)を備えたL16E型エンジン(直列4気筒OHC・1595cc、最高出力115馬力)を搭載しています。さらに、4輪独立式のサスペンションを採用し、優れた乗り心地と操縦安定性の高さも好評を得ました。T…年代:1973
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ニッサンR390 GT1 *'98年ル・マン24時間レース出場 総合5位 30号車(クラリオンカラー)実車

資料番号 00159
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 日産自動車は1997年(平成9年)に7年ぶりにワークス体制を敷き、GTマシンであるニッサンR390GT1GTを開発。ル・マン24時間レースに復帰しました。エンジンはV型8気筒DOHCツインターボ・3495ccのVRH35L型で、最高出力650馬力以上を誇りました。ル・マン24時間レースの復帰初年は、最高位が総合12位という残念な結果となりましたが、翌1998年(平成10年)には出走した4台すべてが完走を果たし、総合3位、6位、10位の獲得に加えて、ゼッケンNo.30の本車両が予選10位から決勝へ挑み総合5位に食い込み、全車10位以内で完走し、その信頼性の高さを実証しました。年代:1998
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