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ダットサン1000デラックス

資料番号 00020
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 日産自動車の海外ラリー初優勝をもたらし、世界の日産へとはばたくきっかけをもたらしたダットサン1000(210型)。そのモデルに改良を加えられたのがダットサン1000の211型です。駆動系の強化やドアロックの改良なども施され、経済的で安定した走行性能をもつ、信頼性の高い乗用車として多くの方に愛され、開業医などが往診されるときのお伴として選ばれることでも評判になりました。また、このクルマは後に誕生するブルーバードの基礎となり、そのプラットフォーム(車体)を使用して、ダットサンS211型という日本初の本格的オープン型スポーツカー(現在のフェアレディZの実質的なルーツ)も生まれました。年代:1959
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オースチンA50 ケンブリッジサルーン

資料番号 00021
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 戦後、乗用車の生産が全面的に解除されたのは1949年(昭和24年)10月でした。時間的にはわずか4年の中断とはいえ、日本の自動車産業にとっては大きな痛手となりました。そこで、政府は将来を見据えて海外メーカーとの技術提携を結び、生産や設備に関する技術やノウハウを吸収することを奨励しました。日産自動車では1952年(昭和27年)に、当時アメリカの輸入車市場でナンバーワンであった、英国のオースチン社と提携しました。その内容は、年間2000台分のオースチン社の乗用車部品を輸入して、日産の工場で組み立てることから始まり、徐々にその部品を国産化するというものです。翌年から日産の鶴見工場(神奈川県)で、…年代:1959
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オースチンA50 ケンブリッジサルーン

資料番号 00022
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 英国のオースチン社との技術提携によって、日産自動車が生産したオースチンA50ケンブリッジサルーンです。当初は5人乗りのセダンでしたが、1957年(昭和32年)7月発売のモデルから定員が6名となり、1H型と呼ばれる直列4気筒1489cc、動弁機構をOHVとしたエンジンの最高出力は57馬力に向上しました。乗り心地や後方視界に関する改良も施されています。この6年あまりにおよぶ経験は、ダットサン(210型系)や、後に誕生する高級乗用車セドリックにも反映されることになりました。なお本車両は、高松宮様ご自身が実際に運転をされていたものです。年代:1959
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スカイウェイ

資料番号 00023
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 スカイラインは、高性能セダンとクーペ。というイメージがすっかり定着していますが、過去のモデルにおいては、ステーションワゴンやハッチバックといった、たくさんの荷物が積めるモデルも存在していました。1959年(昭和34年)に誕生したスカイウェイは、初代スカイラインの高級コマーシャルカー(商用車)としてラインアップされていたモデルです。直列4気筒1484cc・OHVを採用したGA4型エンジン(のちに60馬力から70馬力にアップ)、ダブルウィッシュボーン式のフロントサスペンションなど、基本的なメカニズムはセダンと同一ですが、荷物積載を考慮してリヤサスペンションは、半楕円のリーフスプリング式に変更され…年代:1960
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ブルーバード 1200デラックス

資料番号 00024
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 ラリーで鍛えられ、海外へも輸出されたダットサン(210型系)の後継車として、1959年(昭和34年)8月にダットサン310型が誕生しました。このクルマから初めておなじみの「ブルーバード」という愛称がつけられます。このモデルは、1960年製(昭和35年)のE1型1189ccエンジン(55馬力)を搭載。車体の横には、たくさんの文字が記されています。皇太子様と美智子様のご成婚を記念して1963年(昭和38年)に建設中だった、「こどもの国(神奈川県)」に全国の花を届けるという、朝日新聞社と46都道府県主催のイベントのため、親善大使「フラワーカー」として起用されたためです。当時は国道といえども未舗装…年代:1960
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ブルーバード 1200デラックス

資料番号 00025
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 メーテルリンクの童話「青い鳥」にちなんで名前をさずかった、初代ブルーバードは、マイカー時代に「幸せを運ぶ青い鳥」というキャッチコピーとともにデビュー。1959年(昭和34年)8月の誕生当初は4人乗りでしたが、その2か月後に後席の幅を拡大して、国産小型乗用車初の5人乗りセダンとなりました。エンジンは1000cc・38馬力と、1200cc・43馬力を搭載していましたが、翌年10月にマイナーチェンジ。型式名が311型となると同時に、それぞれ45馬力と55馬力にパワーアップしました。また、前身であるダットサン1000よりも、ひとまわり大きいボディサイズながら、全体で30kgもの軽量化実現。1961…年代:1961
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ブルーバード 1200デラックス

資料番号 00026
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 ダットサン310型は、は、1959年(昭和34年)8月に排気量を意味する1000・1200シリーズとして登場しました。当時としてはまだ珍しい独立懸架サスペンションをフロントサスペンションに採用することで、快適な乗り心地を実現。凝ったメカニズムとパワフルなエンジン、広い車内空間など、小型車のお手本的存在として注目を集めました。1960年(昭和34年)10月に登場したダットサン311型は、エンジンパワーがアップし、1000は、38馬力から45馬力に、1200は43馬力から55馬力に向上しています。1200の最高速度120km/hは、当時の国産小型車の中では最速を誇りました。発売後1か月で8000…年代:1961
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セドリック カスタム

資料番号 00027
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 日産自動車と英国オースチンとの技術提携は、1952年(昭和27年)にオースチンA40サマーセットサルーンのノックダウン生産から始まりました。その過程で習得した生産技術を活かして開発されたのが初代セドリック(30型)です。1960年(昭和35年)にオースチンとの技術提携が終了するのを受けて、期待の中型車として1960年(昭和35年)4月に1500ccがデビュー。エクステリアで目を惹くのは、縦型の4灯式を備えたフロントマスクで、重厚感も感じさせるモダンなフォルムが人気を集めました。搭載エンジンは、直列4気筒OHVの1883ccで、88馬力と日産自動車の新世代サルーンにふさわしい動力性能を備えて…年代:1961
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スカイライン スポーツ

資料番号 00028
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1962年(昭和37年)4月に登場したスカイラインスポーツは、ひと目見て従来のセダンとは一線を画す流麗なフォルム、特徴的なフロントマスクを備えていました。デザインはイタリアの著名デザイナー、ジョバンニ・ミケロッティが手がけたもので、デザイン先進国のイタリアでは市販前にショーデビューを果たします。1960年のトリノ国際自動車ショーで話題になるなど、発売前から期待を集めて登場します。この流麗なボディは、イタリアから職人を招聘し、技術提携をしながら手作業でのボディ制作という凝ったものでした。エンジンとシャシーはグロリア用を流用。1862ccの直列4気筒は94馬力を発生。価格はクーペ185万円、…年代:1962
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ブルーバード 1200デラックス

資料番号 00029
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1959年(昭和34年)の発表会で12万人もの人出を集めた初代ブルーバード(310型)は、翌年3月には累計2万台を出荷、対米輸出も始まりました。そして、翌1960年(昭和35年)10月にトランスミッションをフルシンクロに進化させた311型が登場。そして1961年9月にはテールランプを大型化した312型がデビューしました。このブルーバード1200デラックス(312型)は、初代ブルーバードですが、2度のマイナーチェンジを受け、フロントグリル、フロントライトの意匠を丸型に変更するなど、イメージを一新しています。インテリアではメーターパネルのデザインを変更、トランクの開閉がキー操作で可能になり、…年代:1962
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フェアレディ1500

資料番号 00030
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1961年(昭和36年)秋に開催された東京モーターショーで、話題をさらったのが、SP310と呼ばれたフェアレディ1500です。ダットサン310型(初代ブルーバード)のシャシーとセドリックのエンジンをベースにしたものですが、スポーツカーらしいフォルムをまとっています。エンジンはもちろん1500cc(1488cc)で、最高出力は71馬力、最大トルクは11.5kg-mを誇りました。海外にも輸出されたフェアレディ1500は、ツインキャブレターを採用することで80馬力にまでパワーアップされていました。この記念車は、日本の近代モータースポーツの幕開けとなった「第1回日本GPレース」(1963年・鈴鹿)の…年代:1962
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グロリア スーパー6

資料番号 00031
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1962年(昭和37年)にデビューした初代グロリア(BLSIP型)は、スカイラインとボディを共用していました。初代グロリアは早くも翌年9月にフルモデルチェンジを受け、2代目(S40型)に移行します。そして、翌1963年(昭和38年)には、国産初のOHCエンジンを搭載したスーパー6を追加。ネーミングどおり直列6気筒の「G7型」エンジンを搭載し、1988ccから100馬力オーバーとなる105馬力を発生。国産の量産車としては初となるSOHCを採用し、スポーティな走りが注目を浴びます。当然のごとく、モータースポーツでも活躍し、1964年(昭和39年)に行われた第2回日本GP(T-VIレース)で1位…年代:1964
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セドリック カスタム

資料番号 00032
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1960年(昭和35年)デビューした初代セドリック(30型)は、日産自動車初となるモノコックボディを採用しました。エクステリアでは縦目4灯式ヘッドランプのデザインが特徴的でした。初代グロリアの登場と同じ1962年にマイナーチェンジを受けたこの31型は、H型・88馬力エンジンを搭載。中型車として必要十分なパワーを誇りました。外観で目を引くのは、30型よりも低く安定感のある横目4灯式ヘッドライトです。この横目4灯式は、後の高級車にも影響を与えた斬新なデザインで、話題を集めます。インテリアでは、ホイールベースが初代よりも60mm伸びて2690mmとなり、国産の中型車では最長クラスを誇り、高い評価を…年代:1964
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スカイライン 2000GT

資料番号 00033
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1964年(昭和39年)に行われた、第2回日本グランプリに出場するために生まれたマシンです。レースでの勝利が販売につながると考えたプリンスは、スカイラインにグロリアに積まれていたG7型エンジンを搭載した2000GTを制作。レースでの活躍が拡販につながり、技術力の向上も果たすという考えは現在では珍しくありませんが、当時の日本では先進的な哲学といえます。1964年2月に市販され、日本GP出場のため、公認に必要な100台だけ生産されました。レース結果はポルシェ904の勝利でしたが、スカイライン2000GTは2~6位を独占。最高出力105馬力の1988cc、直列6気筒SOHCエンジンに、オーバードラ…年代:1964
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セドリック スペシャル

資料番号 00034
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 東京オリンピックを前後して、日本は高度経済成長を遂げます。まだ多くの人にとって自動車は憧れの対象でしたが、モータリゼーションが着実に高まりつつあったのが、1960年代です。そんな時期に登場したのがセドリックです。このスペシャルは、1962年(昭和37年)にリリースされた国産初の本格的な大型乗用車です。デビュー前の第9回全日本自動車ショーで話題を集めました。2825ccの直列6気筒OHVエンジン(K型)は115馬力で、大型乗用車にふさわしい動力性能を誇りました。ボディも堂々たるサイズで、とくにホイールベースの2835mmは、メルセデス・ベンツ220Sと同クラスで広々した車内空間を確保。本車両…年代:1964
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ダットサン トラック1200デラックス

資料番号 00035
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 ダットサントラックは、ブルーバードのモデルチェンジのタイミングに合わせて新しくなってきました。戦後の日本経済を陰で支えた立役者であるだけでなく、アメリカにも輸出され人気を博します。1961年(昭和36年)8月にリリースされたダットサントラック1200(320型)は、ブルーバード風のフロントマスクと広い室内が特徴です。その名のとおり、1200ccエンジンを搭載し、トラックでありながら、トーションバー式の独立懸架サスペンションを採用。走行性能、とくに乗り心地が向上しました。居住性、積載性に優れるロングボディも登場しました。1963年(昭和38年)に410型に、1965年(昭和40年)5月のフルモ…年代:1964
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キャブライト 1150

資料番号 00036
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1964年(昭和39年)3月に3代目にフルモデルチェンジしたキャブライトは、1064ccから1136ccに排気量をアップするなどして商品力を向上させていました。この記念車は、1966年にマイナーチェンジを受けた同じ3代目のA221型です。キャブライトは1958年(昭和33年)の初代登場以来、車名どおりの小型商用車としてダットサントラックとともに親しまれました。1961年(昭和36年)には2代目のA120型になり、3代目まで続きました。なお、1968年(昭和43年)に、キャブスターという車名に変更されることになります。年代:1966
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ブルーバード 1300SS

資料番号 00037
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1963年(昭和38年)9月に登場した2代目ブルーバード(410型)に、翌年3月スポーツモデルの1200SS(スポーツ・セダン)が追加されます。ブルーバードといえば、SSやSSSというスポーツセダンを思い浮かべる方も多いと思いますが、1200SSがブルーバード最初のスポーツモデルです。1200ccにツインキャブレターを搭載したE型エンジンは65馬力と必要十分なパワーでしたが、1964年(昭和39年)には2ドアを追加、翌年5月に411型に移行。そして、J型エンジン搭載の1300SSに変わります。最高速は1200SSの120km/hから140km/hにアップするなど、動力性能を向上させています。…年代:1966
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シルビア

資料番号 00038
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 1964年(昭和39年)の東京モーターショーでデビューし、翌年3月にリリースされたのが、初代シルビア(CSP311型)です。車名はギリシャ神話の美しい女神である、シルビアから由来します。その名にふさわしい流麗なエクステリアが特徴です。フェアレディ1600(SP311型)のエンジンとシャシーをベースに、豪華な革内装のインテリアなど、セミカスタムメイドで仕上げられました。そのため、生産期間は1965年(昭和40年)3月から1968年(昭和43)6月までの約3年間と短く、生産台数は554台とあまり多くはありません。価格は120万円ですから、若者が憧れる高嶺のスポーティモデルでした。元祖2ドアクー…年代:1966
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ブルーバード 1300SS

資料番号 00039
情報所有館 日産ヘリテージコレクション
特徴 アフリカ・サファリラリー挑戦4年目になる1966年(昭和41年)の第14回大会で、日本初のサファリラリークラス優勝を果たしたマシンです。この年はひどいウエットコンディションで、完走したのはわずか9台でしたが、ブルーバード(411型)が2台完走、クラス優勝した6号車は急きょ空輸で日本に運ばれ銀座に展示されました。この時の日産チームの活躍を『栄光への5000キロ』という本にまとめたのが、当時の実験部長の笠原剛三でした。後に石原裕次郎主演で映画化されています。2代目になるブルーバード(ダットサン410型)は、1963年(昭和38年)9月に発売されました。翌年3月にはSUキャブ・62馬力・デュアル…年代:1966
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