車箪笥
| 資料番号 | 00003 |
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| 情報所有館 | 家具の博物館 |
| 特徴 | 福井県武生の上置き付きの車箪笥で、裏板に『明治五(1872)年七月新調武生町櫻千葉久平』の墨書がある。細身で赤味の強い木地呂塗りに角手形の引手など、武生の箪笥の特徴をよく表している。本体は角材で枠組みして板を嵌め込んだ框組造りで、抽斗の前板は欅で、抽斗内は桐、他は杉が用いられている。間口455×奥行385×高さ770mm。 |
| 資料番号 | 00003 |
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| 情報所有館 | 家具の博物館 |
| 特徴 | 福井県武生の上置き付きの車箪笥で、裏板に『明治五(1872)年七月新調武生町櫻千葉久平』の墨書がある。細身で赤味の強い木地呂塗りに角手形の引手など、武生の箪笥の特徴をよく表している。本体は角材で枠組みして板を嵌め込んだ框組造りで、抽斗の前板は欅で、抽斗内は桐、他は杉が用いられている。間口455×奥行385×高さ770mm。 |
| 資料番号 | 00004 |
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| 情報所有館 | 家具の博物館 |
| 特徴 | 船箪笥の中でも半櫃(はんがい)と呼ばれる衣裳入れ。正面は欅の玉杢を用いた倹飩蓋で、内部は二段に仕切られている。上段は大抽斗、下段は三つ割りで、それぞれに欅の倹飩蓋が付き、奥に桐の箱が仕込まれている。江戸時代、佐渡小木で製作されたものと思われる。間口810×奥行441×高さ445mm。 |
| 資料番号 | 00005 |
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| 情報所有館 | 家具の博物館 |
| 特徴 | 明治時代に大阪や京都など関西地方で広く用いられた帳箪笥。材料は抽斗が桐で、他は樅と杉が使われており、下部の引違い戸の召し合せ部分に小さな隠し抽斗が設けられている。また、底板裏に「大工三浦佐助六十才」の墨書がある。間口880×奥行405×高さ955mm。 |
| 資料番号 | 00006 |
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| 情報所有館 | 家具の博物館 |
| 特徴 | 手紙、証文、印判、金銭、櫛、煙管など、貴重品から身の回りの小物などを納めた小ぶりの箪笥。総桐製で、山形県庄内地方(鶴岡)特有の塗りや金具が施されている。なお、抽斗に『明治三拾九(1906)年旧十二月買請代八円五拾銭阿部久次郎』の墨書がある。間口635×奥行355×高さ635mm。 |
| 資料番号 | 00007 |
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| 情報所有館 | 家具の博物館 |
| 特徴 | 左右合わせて81個の抽斗を設けた開閉式の薬箪笥で、数多くの漢方薬を分別収納するとともに、運搬しやすくしたものである。抽斗の前板、側板、先板が桐で、他は杉。また、棚板だけで各々の抽斗に仕切りがない構造になっているが、これは日本の薬箪笥特有のものである。江戸時代。間口455×奥行385×高さ770mm。 |
| 資料番号 | 00008 |
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| 情報所有館 | 家具の博物館 |
| 特徴 | ヴィクトリアン・ロココ様式の肘掛椅子を模倣し、フレームを黒漆塗り金蒔絵で仕上げた和洋折衷の肘掛椅子。座枠裏に「明治二十一年(1888)四月製之洋家具商安田□□蒔画師熊沢半蔵」の朱書がある。なお、座は後年の張り替えである。間口630×奥行770×高さ1000(座高490)mm。 |
| 資料番号 | 00009 |
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| 情報所有館 | 家具の博物館 |
| 特徴 | 型而工房の昭和11年(1936)ごろの作品。フレームは、2×5cmの伍平材(ごひらざい:輸出用建材として製材されたナラ材)を用い、堅牢な三角構造で組み立てられている。なお、この椅子は、型而工房のメンバーであった手塚敬三氏の寄贈資料である。間口420×奥行515×高さ850(座高405)mm。 |
| 資料番号 | 00010 |
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| 情報所有館 | 家具の博物館 |
| 特徴 | 進駐軍兵士のカードゲーム用の椅子として、昭和21~24年にかけて生産された折り畳み椅子。アメリカ軍がもたらしたものを元に工芸指導所で設計され、全国の家具業社によって受注生産された。なお、この椅子は、茅ヶ崎製作所製である。ナラ材、合板。間口435×奥行510×高さ775(座高420)mm。 |
| 資料番号 | 00011 |
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| 情報所有館 | 家具の博物館 |
| 特徴 | 1780~1820年ごろにイギリスで流行したウィンザーチェアで、背板にホィール(車輪)の透かし彫りがあることからこの名で呼ばれる。弓状に湾曲した背枠やカウホーン型(牛角型)と呼ばれる脚貫など、バランスよく成形されている。間口560×奥行595×高さ1015(座高440)mm。 |
| 資料番号 | 00012 |
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| 情報所有館 | 家具の博物館 |
| 特徴 | このロールトップデスク(巻き込み式の蓋の付いた机)は、病院の診察室で長年使用されていたものである。蓋は小幅の細長い木片を布地に張り付け、その両端を溝に沿わしている。なお、抽斗裏に「昭和四年(1929)拾弐月新調」の墨書がある。材はナラ、サクラ、欅、合板。間口1225×奥行790×高さ1177(甲板面高737)mm。 |
| 資料番号 | 00001 |
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| 情報所有館 | GAS MUSEUMがす資料館 |
| 特徴 | 1872年(明治5)に日本最初のガス事業が始まった横浜で、実際に使用された灯柱を移築したもの。設置当時のように、裸火のガスの炎が灯すことができるように再現されている。年代:1872年 |
| 資料番号 | 00002 |
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| 情報所有館 | GAS MUSEUMがす資料館 |
| 特徴 | 明治中頃に浜離宮に設置されたガス街路燈。同型の灯柱のガス燈は、日比谷公園や丸ノ内の三菱1号館の前に設置されていた。年代:明治中期 |
| 資料番号 | 00003 |
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| 情報所有館 | GAS MUSEUMがす資料館 |
| 特徴 | 鹿鳴館で使われていた、ガスマントルを使用する室内ガス燈。1940年(昭和15)に建物解体の際、他のガス燈や電燈とともに譲り受けた。年代:1882年 |
| 資料番号 | 00004 |
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| 情報所有館 | GAS MUSEUMがす資料館 |
| 特徴 | マントルは、1886年(明治19)にオーストリアのウェルスバッハが発明した、綿糸や人造絹糸で編んだ発光剤トリウム、セリウムを吸収させたもの。ガスの炎の上にかぶせて熱することで、ガス燈はガスの炎のあかりに対して青白く五倍明るい照明として利用できるようになった。日本では1896年(明治29)に初めて輸入され、1899年(明治32)には国産化もされた。年代:明治後期 |
| 資料番号 | 00005 |
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| 情報所有館 | GAS MUSEUMがす資料館 |
| 特徴 | 笠が付いた、金線の入る若草色のエナメル仕上げの下向ガス燈。種火を付けておき、左右のクサリを介してガスを開閉し、マントルを使用して灯すガス燈。1915年(大正4)の東京瓦斯電気工業(株)のカタログに掲載されている。年代:1915年 |
| 資料番号 | 00006 |
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| 情報所有館 | GAS MUSEUMがす資料館 |
| 特徴 | 天井へ配管設置されたガス燈より、照明としてガスを利用するだけでなく、調理などの熱源としても同時に出来るよう、ガス管が接続出来るガス燈。ガスの利用方法が明かりから熱源へと変化する過渡期に登場した製品。年代:明治30年代 |
| 資料番号 | 00007 |
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| 情報所有館 | GAS MUSEUMがす資料館 |
| 特徴 | 半孤の腕をもったマントルを使用する、大正時代から続くガス器具メーカーである二葉製作所による国産のガス燈。1935年に3円40銭で販売。年代:1935年 |
| 資料番号 | 00008 |
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| 情報所有館 | GAS MUSEUMがす資料館 |
| 特徴 | 戦後、昭和20年代の停電が多かった時期に、ガス供給の安定性が見直され、一時復活して販売されたガス燈。1956年に1,525円で販売。年代:1956年 |
| 資料番号 | 00009 |
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| 情報所有館 | GAS MUSEUMがす資料館 |
| 特徴 | 1912年(明治45)の東京ガス手彩器具カタログに掲載されており、1925年(大正14)から1927年(昭和2)のカタログにも掲載されていた。1927年(昭和2)建築の建物に設置されており、設置年、販売年とも確認できるガス燈である。価格:5円50銭。年代:1927年 |
| 資料番号 | 00010 |
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| 情報所有館 | GAS MUSEUMがす資料館 |
| 特徴 | 世界最初のガス会社で初代化学者を務めたフレデリック・アッカムによる、ガス事業創成期にまとめられた石炭ガス製造の技術書。石炭ガスの製造設備から供給、ガス器具、副産物、各種製品の価格まで、ガス事業全般について網羅されている。年代:1820年 |