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中国向けポスター

資料番号 00033
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 大正初期に始まった中国市場開拓に使われたポスターです。中国での販売は大正3年ごろ開始され、同7年上海出張所を開設して本格的な市場開拓に乗り出しました。南京、蘇州、杭州などに特約店を配置、また、上海の大卒者を採用してさらに奥地の重慶、雲南にまで派遣しました。こうした努力により「味の素」は老牌「鈴木味の素」として中国人大衆の間に浸透し、「仁丹」と並んで日本の代表的商品として知られるようになりました。年代:1915頃
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進物箱用ポスター

資料番号 00034
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 このポスターは昭和10年頃の贈答用化粧箱入り製品の販売促進用消費者向けポスターです。明治42年(1909)に「味の素」が発売され、大正時代には缶入りが拡充され、昭和3年(1928)10月にラインアップの手直しが行われ商品も充実してきました。明治42年の発売当時に桐製の箱に入れた進物用化粧箱を発売して以来、各種の進物用が作られ、特に第1次世界大戦後には多品種となりました。年代:1935
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「味の素」CMソング

資料番号 00035
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 このCMソング「味の素音頭」は、戦前に作成されたものです。25cmSPシェラック盤、日本エヂソンレコード株式会社調整と印刷された紙袋があり、収録曲の表は「味の素音頭」で、唄は藤丸で、裏は「味の素行進曲」で、唄は味喜夫、素子となっています。味の素音頭振付の解説(写真および説明文)が付属しているものです。このレコード「味の素音頭」は、昭和5(1930)年に宣伝広告用品の一つとして作成されたものです。昭和10(1935)年前後に流行した音頭・小唄にのせてレコードを作製し、踊りの振り付けをつけて宣伝に利用した他、営業活動の宴席で賑やかに唄われました。年代:1930
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発売当時のチラシ

資料番号 00036
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 「味の素」発売当時のチラシです。「かつをいらず、こぶいらず」のキャッチフレーズで、「味の素は、鰹節や昆布よりも手数がかからず、値段も安く、おいしい。主成分はタンパク質なので、滋養に富んでいる。腐敗、変質しないので、旅行家などにも必要品。」などの記述があり、明治41年11月17日に登録された「美人印商標」も入っています。当時の値段は、大缶4円60銭、小缶2円45銭でした。年代:1909
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美人写真

資料番号 00037
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 A3判大のカラーポスターです。「味の素」初代社長鈴木三郎助は、宣伝をする上で「者がつく人」の重要性に気がついたということです。「者のつく人」といえば、芸者、役者、医者、新聞記者などがありますが、当時はテレビもなく、映画もまだ盛んになる前の時代において芸者は、その土地で人気の的でした。「味の素」の「美人印商標」もまたモデルになったのは芸者でした。年代:1910頃
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手帳

資料番号 00038
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 昭和2年当時の記念品の手帳です。この時期の日本は、昭和2年3月に金融恐慌の勃発があり景気は低迷を続けていました。食生活においても多くの変化が見られるようになりました。例えば中華料理などが普及し始めたのは昭和に入ってからでした。現在、横浜の中華街は料理店も多く有名ですが、大正末期までは南京街と呼ばれており、中華料理店はわずか7軒に過ぎなかったということです。年代:1927
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新家庭日誌(レシピ付日記帳)

資料番号 00039
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 新家庭日誌は昭和4年と昭和6年の2冊が保存されています。黒皮目紙装丁の日記帳で、1冊で1年分になっています。B5サイズで、1日1種のレシピが印刷されています。当時の日本は、井上緊縮財政のもとで昭和初期以来の不況が続いており、二代目三郎助氏が死去後、忠治氏があとを継いだ昭和6年(1931)も、日本は不景気と失業のなかにありました。街には「いやじゃありませんか」という自嘲的、ニヒリスティックな言葉が流行していました。年代:1930頃
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進物箱

資料番号 00040
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 明治42年(1909)に「味の素」が発売され、大正時代には缶入りが拡充されました。発売当時に桐製の箱に入れた進物用化粧箱を発売して以来、各種の進物用が作られ、特に第1次世界大戦後には多品種となりました。写真の進物箱は大正初期のもの、大正期のもの、昭和10年のものの3種類です。年代:1950-1935
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焼印・活字印・社名美人マーク活字印

資料番号 00041
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 焼印は、大正末期から昭和初期にかけて使われた「味の素」ロゴの鉄製焼きゴテです。活字印は、鈴木商店の社名印です。「味の素」の製造にあたってそれまでのヨード事業の時の社名「鈴木製薬所」から「鈴木商店」と改名し、「味の素」事業を「味精部」、ヨード事業を「製薬部」と呼んでいました。社名美人マーク活字印は、社名と美人マークの入った社名印です。「美人印商標」の登録は明治41年11月17日でした。美人印は東京新富町の芸者をモデルに描いたもので、割烹着に「味の素」の字を配したものでした。テレビもなく、映画もまだ盛んになる前の当時の社会において、芸者はその土地の人気の的でした。年代:1925
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「味の素」安全証明書

資料番号 00042
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 創業者鈴木三郎助は、「味の素」を発売する前、「味の素」が安全なものかどうか、衛生試験所に持ち込み、検査を行い、無害の証明書を得ました。口に入る食品が、安心安全なものであるかどうか、味の素社は創業当時から、厳しくチェックをしていました。年代:1908
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アメリカ向け「味の素」

資料番号 00043
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 1918年(創業して10年後)には、ニューヨークに事務所を構え、アメリカ向けの「味の素」の販売を開始しました。アメリカでは「味の素」をスーパーシーズニングと称し拡販しましたが、一般家庭よりむしろ、キャンベルなどの缶スープメーカーにスープの原料として評価され、現在でもアメリカでは、加工食品メーカー向けの出荷が販売の大半を占めています。年代:1938
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戦時中の「味の素」

資料番号 00044
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 昭和13年国家総動員法発令後、さまざまな生活関連物資の販売が制限され、割当制、切符制などによって国家の統制下に置かれるようになりました。戦前は、「味の素」のパッケージは、缶が主流でありましたが、第2次世界大戦が始まり、鉄製のものは全て使用できなくなり、ボール紙で「味の素」のパッケージを作っています。戦時中の状況が偲ばれる一品です。年代:1941
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鈴木商店(現味の素社)、ニューヨークで発行した株券

資料番号 00045
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 創業して10年後の1918年には、いち早くニューヨークに事務所を構え、アメリカへの展開を図りました。1930年にはニューヨーク証券取引所で株券を発行し、資金調達を行なっています。年代:1930
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試薬アミノ酸セット

資料番号 00046
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 もともと、「味の素」の成分は、アミノ酸の一種、グルタミン酸ですが、「味の素」を作る際、副生物として多くのアミノ酸が出てきました。人間のカラダを作るアミノ酸は、20種類ありますが、味の素社は、このアミノ酸20種を世界で初めて単離・製造することに成功しました。これによって、アミノ酸入りの点滴を開発することができるようになり、手術後・病後の延命に劇的な貢献をすることができ、今でも世界中で使用されています。年代:1956
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発酵菌(グルタミン酸生産菌)探索ノート

資料番号 00047
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 昭和30年代に入り、「味の素」の製造法は、抽出法から、さとうきびを原料とする発酵法へと切り替わりました。これにより、飛躍的に生産量が伸びるとともに、海外展開も行ないやすくなり、東南アジアを皮切りに海外工場も次から次へと建設し、多くの国に進出を果たしました。この発酵菌探索ノートは、もっとも効率よくグルタミン酸を生産する菌を発見するため、一つ一つの菌をチェックしたノートです。数千の菌が調べられ、最もよい菌が選ばれましたが、菌を探索する活動は、50年以上経った今でも、ずっと続いています。年代:1958
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「味の素」海外品

資料番号 00048
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 1960年代、海外展開が進んで行く中で、ブラジル、イタリア、メキシコなどで販売された海外向け「味の素」です。年代:1963-1970
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ケロッグ発売当初品

資料番号 00049
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 味の素社は、1960年代から、国内において多角化を推進しました。1963年にはアメリカケロッグ社と提携し、ケロッグの総発売元としてケロッグの販売を開始しました。初期のケロッグの商品には、「味の素」のお椀のマークがついており、珍しいパッケージです。年代:1963
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クノールスープ、クノールコンソメ発売当初品

資料番号 00050
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 味の素社は、1964年、アメリカ、コーンプロダクツ社と提携し、日本で初めてのインスタント洋風スープ、クノールスープを発売しました。発売当初は、なかなか売れず、苦戦しましたが、日本向け新品種「コーンスープ」を発売したところ、爆発的に販売が伸び、食卓の洋風化、パンの浸透に合わせて、日本の家庭へと定着していきました。「コーン」のスープは、世界で初めて日本オリジナルで開発された品種で、今でも欧米ではあまり見かけない品種です。年代:1964
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「味の素マヨネーズ」「ほんだし」発売当初品

資料番号 00051
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 味の素社は、1968年マヨネーズ、1970年風味調味料を発売しました。マヨネーズは当時、キューピーマヨネーズの独壇場でしたが、卵黄タイプでコクのあるキューピーマヨネーズに対し、全卵タイプの軽くてさっぱりしたマヨネーズを発売し、多くのお客様の支持を得ることができました。また、「ほんだし」は、かつおぶしを砕いて作る風味調味料の先駆けとして、ご家庭で大変手間のかかる鰹節削りの手間から主婦を解放し、「味の素」に続く、だし・うま味の調味料分野の確固たるトップブランドの地位を築きました。年代:19681970
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「味の素KK冷凍食品」「クノールカップスープ」発売当初品

資料番号 00052
情報所有館 味の素KK川崎事業所資料展示室
特徴 簡便化の流れの中、味の素社は、冷凍食品事業に参入、これまでの素材そのものを冷凍する冷凍食品の概念を覆し、加工度の高い商品を発売、多くのお客様の支持を得て、トップブランドの地位を確立しました。また、世界で初めて、お湯を注ぐだけでできる洋風スープ「クノールカップスープ」を発売、今では洋風スープと言えば「カップスープ」と言われるくらい、食卓に定着しました。年代:19721973
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