光明社時代の製法漫画(3)
| 資料番号 | 00063 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 歴史館 |
| 特徴 | 漫画家:藤原せいけん氏によって描かれた、当社の前身「光明社」時代の塗料製法の漫画の内の第3図 「魚油の精製」。 明治14年から同30年頃までの魚油の精製光景です。鉄製の3升入りの丸缶に2升の魚油を入れ、油に点火して燃焼させます。攪拌すると下火になり、放置すると再燃焼するという方法でした。あまり臭いので歓迎されませんでした 年代:1940 |
| 資料番号 | 00063 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 歴史館 |
| 特徴 | 漫画家:藤原せいけん氏によって描かれた、当社の前身「光明社」時代の塗料製法の漫画の内の第3図 「魚油の精製」。 明治14年から同30年頃までの魚油の精製光景です。鉄製の3升入りの丸缶に2升の魚油を入れ、油に点火して燃焼させます。攪拌すると下火になり、放置すると再燃焼するという方法でした。あまり臭いので歓迎されませんでした 年代:1940 |
| 資料番号 | 00064 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 歴史館 |
| 特徴 | 漫画家:藤原せいけん氏によって描かれた、当社の前身「光明社」時代の塗料製法の漫画の内の第4図 「魚油以外の油の精製」。明治14年から同30年頃まで、魚油以外の油の精製法は、釜に4升の湯を沸かし、その上に油を入れた平鍋を掛ける湯煎の方法でした。木の柄がついた鉄の剣を使って攪拌しながら加熱して精製していました 年代:1940 |
| 資料番号 | 00065 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 歴史館 |
| 特徴 | 漫画家:藤原せいけん氏によって描かれた当社の前身「光明社」時代の塗料製法の漫画の内の第5図 「ワニス焚き」。 明治14年から同30年頃までのワニス焚きの光景です。煉瓦つくりの炉の中に直径1尺2.3寸、高さ4尺の鉄製の丸缶を挿入し、石炭で加熱しました。当時温度計がなかったので、温度が上がり過ぎ、木栓が吹き飛んで驚かせました 年代:1940 |
| 資料番号 | 00066 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 歴史館 |
| 特徴 | 漫画家:藤原せいけん氏によって描かれた、当社の前身「光明社」時代の塗料製法の漫画の内の第6図 「ライスの製造」。明治14年から同30年頃まで、周囲3尺4寸高さ10尺の煉瓦の槽をつくり、上から水をかけてできたライス(炭酸カルシウム)を洗浄していました。下で鉢巻・法被姿の試験係が時々溶液をなめてアルカリ度をチェックしていました 年代:1940 |
| 資料番号 | 00067 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 歴史館 |
| 特徴 | 漫画家:藤原せいけん氏によって描かれた、当社の前身「光明社」時代の塗料製法の漫画の内の第7図 「光明丹製造の鉛切り」。 明治25年から45年まで、光明丹製造用の鍋が小さかったので、鉛の地金を「たがね」を当ててハンマーで2人1組になって3~4つに細分していました。このとき使っていたハンマーは「ポンコツ」と言っていました 年代:1940 |
| 資料番号 | 00068 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 歴史館 |
| 特徴 | 漫画家:藤原せいけん氏によって描かれた、当社の前身「光明社」時代の塗料製法の漫画の内の第8図 「光明丹の製造」。 明治25年から同45年まで、第7図で切った鉛を焼き芋用の鍋に入れて加熱しつつ攪拌し、できあがった(一酸化鉛)を石臼で粉砕、水簸して更に乾燥させ、再び鍋で焼いて色をつけていました。この工程には60日を要していました 年代:1940 |
| 資料番号 | 00069 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 歴史館 |
| 特徴 | 漫画家:藤原せいけん氏によって描かれた、当社の前身「光明社」時代の塗料製法の漫画の内の第9図 「リサージの水簸」。 明治27年から同30年頃、リサージ(一酸化鉛)の粉末を選別するのに使った水簸装置です。4斗樽の高さは約6尺。それから下に段々式に流水を利用して粒子を分別しました。当初はポンプが無いので手杓を使っていました 年代:1940 |
| 資料番号 | 00070 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 歴史館 |
| 特徴 | 漫画家:藤原せいけん氏によって描かれた、当社の前身「光明社」時代の塗料製法の漫画のうちの第10図「平井社員の表彰」。 亜鉛華の精製は明治27年以降も行なわれていますが、この方法を発明した平井社員は亜鉛華精製法発明者として賞状と賞金8円が授与されました。生産能力は1日36貫 (但し、硫黄を使った方法は創業者:茂木氏の特許) 年代:1940 |
| 資料番号 | 00071 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 歴史館 |
| 特徴 | 漫画家:藤原せいけん氏によって描かれた、当社の前身「光明社」時代の塗料製法の漫画の内の第11図 「製缶作業」。 明治27年から同30年頃までの鉄丸缶製造光景です。コンパスで円を描き、手バサミで切り、手廻し式で5kg・3kg・1kgのブリキ缶を作っていました。28ポンド缶は舶来塗料の空缶を再利用していました 年代:1940 |
| 資料番号 | 00072 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 歴史館 |
| 特徴 | 漫画家:藤原せいけん氏によって描かれた、当社の前身「光明社」時代の塗料製法の漫画の内の第12図 「ペンキ練り合わせ作業」。 明治14年から末頃まで、鍬で顔料と油を捏ね合わせました。また当時のロールミルはフレームだけが鉄製の手廻し式でした。、明治30年以後は石油エンジンを使いましたが、多量につくる白以外は相変わらす手廻しでした 年代:1940 |
| 資料番号 | 00073 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 歴史館 |
| 特徴 | 漫画家:藤原せいけん氏によって描かれた、当社の前身「光明社」時代の塗料製法の漫画の内の第13図 「ペンキの溶解と濾過作業」。 明治14年から末までの光景です。3石入りの大樽に30貫分を溶解し、5人一組となって棒で攪拌しました。布で作った濾器に杓で入れて漉し、4斗樽に入れました。当時の作業員は好きな格好をしていたようです 年代:1940 |
| 資料番号 | 00074 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 歴史館 |
| 特徴 | 明治中期まで、塗料は薬種商や絵具染料商・船具商でわずかに扱われていましたが、次第に需要が増し、明治末には全国で25店に増加しました。塗料商であることを明示するため、各店店頭に飾られた木製の特約販売店表示看板です。年代:1927 |
| 資料番号 | 00075 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 歴史館 |
| 特徴 | 第4回内国勧業博覧会が明治28年(1895年)京都で開催されました。出品した当社の塗料が高く評価されて、日本銀行総裁から銀杯1組を賜ったことを記念として作られた金庫で、昭和54年頃まで使われていました。鍵穴蓋に「菊の御紋」と「進歩」の文字が鋳造され、番号合わせのダイヤルが、数字ではなく“イロハ”で表示されています。年代:1896 |
| 資料番号 | 00076 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 歴史館 |
| 特徴 | 明治40年3月20日から7月30日まで、上野公園で開催された東京勧業博覧会は、夏目漱石の「虞美人草」の舞台となり、不忍池に建設されたウォーターシュートが人気を呼びました。この博覧会に塗料を出品して名誉銀牌を受賞しました年代:1907 |
| 資料番号 | 00001 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 明治記念館(公開中) |
| 特徴 | 明治14年に日本の塗料工業の鼻祖として創業した「光明社」の事業を受け継ぎ、現在地に日本ペイント製造株式会社としてスタートしたのが明治28年です。旺盛な需要を賄うために明治42年に建設した油・ワニス工場は、現存する品川区内最古の洋式建築物として保存の要請を受け、明治記念館として昭和56年に開館しました。年代:1909 |
| 資料番号 | 00002 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 明治記念館(公開中) |
| 特徴 | 明治中期、生産能力を強化するため、日本ペイント製造株式会社に改組し,明治28年に東京都品川区に東京工場を建設しました。大正14年、時の皇太子大阪行幸に際し、当社大阪工場に侍従を差遣された光栄を記念して、昭和4年に社章:「日の丸印」を制定しました。そして門柱飾りを作成し工場門柱に被せました。年代:1929 |
| 資料番号 | 00003 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 明治記念館(公開中) |
| 特徴 | 昭和2年、日本ペイント製造株式会社創立30周年を記念し、定款に規定した営業期間が満期になった機会に、社名を日本ペイント株式会社に変更し、東京および大阪営業所を支店に格上げしました。それを機に工場に掲出された木製表札です。年代:1927 |
| 資料番号 | 00005 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 明治記念館(公開中) |
| 特徴 | 工場や事務所では、始業・休憩・終業の合図に保安員がハンドベルを鳴らしながら巡回し、時間を知らせていました。 |
| 資料番号 | 00006 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 明治記念館(公開中) |
| 特徴 | ボイル油とは、植物油(乾性油・半乾性油)にドライヤー(金属化合物)を加えて加熱し、乾燥性を増進させたペースト状の油です。塗膜を作る樹脂の働きと塗料を薄める溶剤としての働きをもっています。この製造設備は日産4tで、昭和48年頃まで使われており、その熱源は、石炭→ガスおよび重油→スチームと、時代とともに変化してきました。年代:1909 |
| 資料番号 | 00007 |
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| 情報所有館 | 日本ペイント 明治記念館(公開中) |
| 特徴 | 当社の前身「光明社」は明治12年(1879年)鉛中毒を起こさない、亜鉛華を主原料とする「無毒おしろい」(亜鉛華=酸化亜鉛=白色顔料)の製造に成功したのが起業のきっかけでした。その製法は、炭火の上にこの坩堝を置き、その上に素焼きの皿を重ねて砕いた亜鉛の地金を乗せ、溶けた段階で皿を割って中に落とし、それがジューンと蒸発したのを回収するというものでした。年代:1881 |