26,828 件中 5341-5360件を表示
資料画像

日の丸印商標

資料番号 00003
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 大正14年(1925年)、時の皇太子が大阪に行幸された際に侍従を当社の大阪工場に差遣されました。民間企業を視察いただくことは大変な光栄で、これを記念して日の御子(天皇)・日本国の日・日本ペイントの日をデザインし、世界へ飛躍の夢を託して制定しました年代:1925
資料画像

茂木重次郎翁の胸像

資料番号 00004
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 日本ペイントの前身「光明社」の創業者:茂木重次郎の胸像。明治12年(1879年)、無毒おしろいの原料:「亜鉛華」精製法を開発して以来、塗料の国産化に取り組み、各種塗料やその製法の研究に尽くしました。輸入品を圧倒、輸出振興に尽くした功労により、明治44年1月に緑綬褒章を受章され、これを祝して社員より贈られました年代:1911
資料画像

小畑源之助翁の坐像

資料番号 00005
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 大正元年(1912年)、37歳の時に営業部長として入社。実業界での経験を活かして頭角を現わし、大正7年には取締役支配人に就任しました。大正9年世界恐慌の余波で窮地に陥った経営を一切任せられて、大改革を実行して建て直されたことから、「日本ペイント中興の祖」と称されました。昭和4年(1929年)緑綬褒章受章に際し、役員一同から贈られました年代:1929
資料画像

小畑千秋翁の立像

資料番号 00006
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 中興の祖:小畑源之助翁の次男として生まれ、昭和12年(1937年)当社に入社。昭和19年取締役就任以来経営の刷新に取り組みました。特に世界大戦で奪われた厳父の海外事業への夢を実現すべく積極的に取り組み、グローバル企業への礎を築きました、昭和56年勲3等瑞宝章受章に際し、社員一同からお祝いに贈られた立像です年代:1981
資料画像

塗り見本の衝立

資料番号 00007
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 当社創業に多大のご尽力があった海軍主船局の中川平吉塗工長が、明治14年(1881年)当社の前身「光明社」創業の年に自ら塗装された塗板見本で、事務所入口に衝立として使われていました。裏面には、艦船営需用塗具一覧として、大理石調・蝋石調・木目調など、30種の変わり塗り見本が貼られています年代:1881
資料画像

28ポンド鉄丸缶各種

資料番号 00008
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 明治から大正時代にかけて、舶来塗料は主に28ポンド(12.5kg)丸缶で流通していました。国産塗料の鼻祖である当社は、市場で馴染まれている缶のサイズにするため空缶を再利用し、シェアが上がってくると同じ容量のブリキ缶を社内でつくりました。缶の内作は昭和のはじめまで続きました年代:1881
資料画像

光明社看板

資料番号 00009
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 明治15年、55歳の時に清国に渡り、てん書・隷書・楷書・行書・草書の各書体を極めたわが国の最初の人で、「書聖」と称されている中林悟竹先生《文正10年(1827)~大正2年(1913)》が、明治18年(1885年)当社役員宅での酒宴で、談論風発、興ずるにおよんで筆を振るわれたもの。木製看板に揮毫されたのは非常に珍しいものです年代:1885
資料画像

応接テーブル

資料番号 00010
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 光明社時代に外国船の船長から、塗料納入のお礼に贈られ、貴賓室の応接テーブルとして使われてきました。特に下回りの彫刻が凝っており、船首像や船尾像を思わせる深い彫りになっています年代:1897
資料画像

特約店会から贈られた本箱

資料番号 00011
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 大正9年、大戦後の恐慌のあおりを受けて多くの塗料販売店が窮地の陥りましたが、共存共栄を理念とした小畑源之助社長は、製販一体化の模範的な販売網を整備しました。この本箱は小畑社長が昭和4年緑綬褒章受章の際に、西日本の特約店会「大黒会」からお祝いの品として贈られたもので、長らく貴賓室に置かれていました年代:1929
資料画像

阿部式大電気時計

資料番号 00012
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 大阪工場の守衛室に大正初期(1912年頃)に設置され、昭和44年(1969年)の保安室移転に伴い、現役を退いたものです。長期間、親時計として構内全域の子時計を制御した標準時計です年代:1912
資料画像

土人形(1)               光明丹製造の鉛切り

資料番号 00013
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 大正~昭和時代、大阪の漫画家界をリードした藤原せいけん氏に描いていただいた創業当時の製造法の漫画をベースに土人形で原寸大で製作したもの。これは、第7図 ”光明丹製造の鉛切りの様子”の再現です年代:1991
資料画像

土人形(2)                 魚油以外の油の精製

資料番号 00014
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 大正~昭和時代、大阪の漫画家界をリードした藤原せいけん氏に描いていただいた創業当時の製造法の漫画をベースに土人形で原寸大で製作したもの。これは、第4図 ”魚油以外の油の精製法”の再現です年代:1991
資料画像

土人形(3)               ペンキの溶解と濾過作業

資料番号 00015
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 大正~昭和時代、大阪の漫画家界をリードした藤原せいけん氏に描いていただいた創業当時の製造法の漫画をベースに土人形で原寸大で製作したもの。これは第13図 “ペンキの溶解と濾過作業”の再現です年代:1991
資料画像

手廻しロールミル

資料番号 00016
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 明治14年(1881年)から同30年頃 樹脂と顔料の練り合わせや、溶解色物ペンキ練り用として使用しました。生産能力は1日3人がかりで、28ポンド入り5缶分=約63kg でした年代:1881
資料画像

ワニス焚き鍋

資料番号 00017
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 明治41年(1908年)頃よりコーパル(半化石化した植物性樹脂)焚き用として使用した鍋です。1日約20ポンド(9kg)の製造能力でした年代:1908
資料画像

練り合わせ用オール

資料番号 00018
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 塗料用原料の練り合わせや、色合わせの時に使った小型船用オールです年代:1881
資料画像

ブリキ缶用取っ手曲げ機

資料番号 00019
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 明治30年(1897年)より同39年頃まで、ブリキ缶の取っ手を製造するプレス機として使用しました年代:1897
資料画像

鉛板製造器

資料番号 00020
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 明治34・5年(1901・2年)頃より、鉛白製造の際、まず鉛を溶融してこの器に流し込み、鉛の薄板としました年代:1901
資料画像

「モテキ塗料」紋型

資料番号 00021
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 創業者:茂木重次郎は、亜鉛華精製法はじめ研究開発に意欲的で、明治43年(1910年)には、エナメル代用の新塗料を完成し「モテキ塗料」と命名しました。用途の特殊性から200ccの小缶入りが普及しました。代替製品に変わってからもこの容量の缶を「モテキ」と呼ばれました。これは同塗料の看板製作に使った捺染用のブリキ型です年代:1910
資料画像

釣鐘

資料番号 00022
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 明治14年(1881年)から同30年(光明社時代)に、始業・終業時間を知らせたり、火災報知などに使用した釣鐘です年代:1881
26,828 件中 5341-5360件を表示