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引札「琵琶湖汽船一番丸」

資料番号 00014
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 琵琶湖を走る外輪船「一番丸」を運航している会社が宣伝広告としての引き札(広告ビラ)。年代:明治時代
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引札

資料番号 00015
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 廻船問屋が顧客に配った引札で和紙に木版で印刷してある。店が独自に製作したものもあるが、絵だけを刷った紙に店の名前を追加する場合が多く、これもその一例。年代:江戸末期~明治初期
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船箪笥

資料番号 00016
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 和船船頭が重要書類などを入れていた。現在の手提げ金庫にあたる。高価なものは前面の飾り金具が美しい。蓋の内側に美人版画を貼ってあるのが面白い。年代:江戸末期
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和船絵馬

資料番号 00017
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 船主が建造時や購入時に航海の安全を祈ってあるいは無事帰着を感謝して奉納した舟絵馬は、現在でも多数残っている。この絵馬は同じ船主の船二隻を一枚に描いた例。年代:江戸末期
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和船模型「正直丸」

資料番号 00018
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 通常和船模型は神社等に奉納されたものが多く残っているが、山陰地方にはこの模型のように個人所有の小型模型が多い。但馬地方の船主は正月に床の間に持船を飾って航海の祈る習慣があり、そのための小型模型を正月船と呼ぶこともある。 これらの模型は写実的である必要はなく、見た目に美しく豪華に飾り立てればよいのである。この模型船体寸法は全長123cmに対して幅54cmと実際の船ではありえないような比率になっている。年代:江戸末期~明治初期
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水雷駆逐艦模型「曙」

資料番号 00019
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 明治32年英国ヤロー造船所で建造された。排水量345トン、長さ67.6m、2軸6000馬力、速力31ノットの新鋭艦であった。旧日本海軍が駆逐艦を初めて建造したのは、明治30年(1897)英国ソーニクロフト造船所、ヤロー造船所に各2隻発注したのが最初であり、この曙は、明治30年ヤロー造船所に発注された2隻のうちの1隻である。本模型は来歴などがないため、ヤロー造船所製か日本製かは確認できないが、初期の駆逐艦の装備を示す珍しい模型である。年代:明治30年
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鯨船模型「明神丸」

資料番号 00020
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 江戸時代後期には日本沿岸各地で盛んに捕鯨が行われた。紀州太地、土佐室津、長州青海島、五島などであった。当時の捕鯨は網取り法と呼び、鯨を網に追い込んで銛を打ち込み、勢いの弱ったところで鯨に泳ぎついて止めを刺した。この鯨を追い込む船を鯨船と称し、美しく彩色してこれに銛打ちの羽刺しが乗り、八丁櫓の快速で鯨を追った。 この鯨船は和船中では最も幅が狭く、舳も細くとがって速力も速かったから、捕鯨以外にも参勤交代の御座船に随行して伝令をつとめていた。 この模型は、長州捕鯨末期をしのばせるものである。年代:江戸末期~明治初期
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絵馬「住吉丸」

資料番号 00021
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 大正8年9月奉納。西洋型帆船絵馬で愛媛県中島桑名神社にあったものである。「大正八年九月拾七日、進水式、五人乗り、船主川口佐兵衛」とある。右下に「大阪黒金町絵馬藤筆」の署名があり、絵馬藤の手書きのものである。 保存も良く貴重品である。『日本の船絵馬』(柏書房)に2点(66頁、103頁)類似の絵馬が載るが図柄は異なる。年代:大正8年
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逆針磁石

資料番号 00022
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 広島県 高橋幸雄氏贈 、椋本氏使用 明治頃より昭和10年前後まで使用 若松より大阪まで石炭輸送の帆船にて愛用していたと言われる。年代:明治~昭和
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朝顔丸船首像

資料番号 00023
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 右手を胸に当ててこころもち顔をあげ、右上方を仰ぎ見て祈りを捧げるポーズをとった豊満な婦人像である。 三菱会社が 朝顔として明治22年英国サンダーランドのJames Laing &Sons造船所で建造され、日本回航後、船体と同色に黒く塗り潰されたらしい。回航後日本郵船に買い取られて朝顔丸となり 日露戦争の旅順港閉塞で自沈した朝顔丸の船首像が残ったのは、出撃前の広島港で取り外されたからであろう。、明治37(1904)年5月日露戦争の旅順港閉塞のため黄金山砲台下で自沈した。年代:明治22年
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八分儀

資料番号 00024
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 航海計測計器、天文航法の船位測定のために使われた八分儀。年代:明治後期
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木造貨物船構造模型

資料番号 00025
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 東京大学造船学科の教材資料として作られた。昭和33年頃神戸商船大学に船体構造も軽視料として移管された。年代:昭和初期
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錦絵「丹鶴丸」

資料番号 00026
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 江戸末期に鎖国が解けると、各藩は西洋帆船の建造を始めた。紀州新宮藩主の水野忠興オランダ造船書を訳させて、それに基ずいて三本マストバーク型帆船2隻を新宮で建造した。永らく熊野川口につながれていた。年代:1857年
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浦賀沖合江渡来亜米利加船併人物之図外器財之図

資料番号 00027
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 弘化2年(1845)浦賀に来航したアメリカ船と弘化3年鎌倉に来航したデンマーク船に乗船して人物、鉄砲、炊事器具、食料用の豚にいたるまで正確に描かれている。年代:1846年
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メンデズピントの航海記

資料番号 00028
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 メンデス・ピントは1509年生まれのポルトガル人で有名な旅行家である。1537年頃インドに渡りその後東洋諸国を回り、1558年帰国して旅行記を書き、スペイン王に献じた。1653年に英語で出版された、ポルトガル植民地事情の記録として重視されている。年代:1653年出版
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セーリスの航海記

資料番号 00029
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 John Sairisは1579年に英国に生まれ、東インド会社の艦隊司令になった。1613年に平戸に入港して、幕府との間で通商条約を結び、平戸に英国商館を開設した。本航海記は英国ドーンズ港から喜望峰、日本陸路江戸へ登り、帰国途中のインドネシアまでの見聞記である。年代:1611年
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神戸大学海事科学部 電子航海図資料

資料番号 00030
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 特徴的な所蔵航海図と屏風二双を電子データ化して、航海できる状態にしたものである。それらは南海海路図屏風下巻、浪花から長崎までの屏風六曲二双、江戸より長崎道中図巻、仙台伊達藩の開成丸航海図(掛軸)である。年代:2005年
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神戸大学海事科学部 バーチャルミュージアム

資料番号 00031
情報所有館 神戸大学 海事博物館
特徴 所蔵の資料を電子化して、バーチャルとしての資料検索ができるもので、1826年製作の大型航海海路図2件の電子情報と所蔵和船(天照丸)と原油タンカー(Stanvac London)の電子船舶模型である。海事博物館ホームページにアクセスするとこれらの電子資料を検索できるものである。年代:2006年
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歴史館看板

資料番号 00001
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 日本ペイント「中興の祖」と称される小畑源之助社長と親交のあった、臨済宗妙心寺派本山の第628世「泥龍窟」:伊澤寛州老師が、昭和15年(1940年)に第2代歴史館の完成を祝して特に揮毫されたものです年代:1940
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槌印商標

資料番号 00002
情報所有館 日本ペイント 歴史館
特徴 明治14年(1881年)当社の前身「光明社」は、艦船用塗料の専用工場として創業しました。明治31年、日本ペイント製造株式会社に改組の際、創業に多大のご尽力いただいた海軍の塗工長:中川平吉氏のご恩に報いるため、中川の「中」を小槌に図案化し、「光明社」の「光」と海軍のシンボルマーク「桜」をあしらい、社員の怠惰の心を打ち砕く意味を持った商標を制定しました年代:1898
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