REX COMBI
| 資料番号 | 00007 |
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| 情報所有館 | スバルビジターセンター |
| 特徴 | スバル360以来20数年間、スバルの軽自動車はRR(リアエンジン・リアドライブ)方式をとってきたが、1981年に登場した新型レックスからFF(フロントエンジン・フロントドライブ)方式を採用している。女性ユーザーの増加にしたがい、軽3ドアハッチバック(ボンネットバン)ブームが到来した。 名称の由来は、ラテン語で「王様」の意味をさす。年代:1972年~ |
| 資料番号 | 00007 |
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| 情報所有館 | スバルビジターセンター |
| 特徴 | スバル360以来20数年間、スバルの軽自動車はRR(リアエンジン・リアドライブ)方式をとってきたが、1981年に登場した新型レックスからFF(フロントエンジン・フロントドライブ)方式を採用している。女性ユーザーの増加にしたがい、軽3ドアハッチバック(ボンネットバン)ブームが到来した。 名称の由来は、ラテン語で「王様」の意味をさす。年代:1972年~ |
| 資料番号 | 00008 |
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| 情報所有館 | スバルビジターセンター |
| 特徴 | 1966年FF(フロントエンジン・フロントドライブ)方式+水平対向エンジンという画期的なメカニズムを持つ本格的小型車「スバル1000」を誕生させた。当時からFF方式は優れた操作性と走行安定性を持つことで知られていたが、技術的課題が多く、まだ日本ではどこのメーカーでも本格的な量産化に成功していなかった。走りの良い車作りを目指していたスバルはそれらの問題を解決し、優れた素質を持つ水平対向エンジンと組み合わせ、FF方式量産小型車の開発に成功した。年代:1965年~ |
| 資料番号 | 00009 |
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| 情報所有館 | スバルビジターセンター |
| 特徴 | 日本初の乗用タイプの4輪駆動車。オフロードタイプばかりであった当時に、乗用車の快適性と4WDの踏破力をあわせ持った4WDを発売。水平対向エンジンは4WDとのマッチングは良く、シンプルでバランスの取れた構造をしている。その利点を活かし、スバル4WDは、高速性能を重視したレオーネ4WDターボ、ドライビングの楽しさと安全性を追求したレガシィへと発展していった。イタリア語で「雄ライオン」の意味年代:1971年~ |
| 資料番号 | 00010 |
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| 情報所有館 | スバルビジターセンター |
| 特徴 | スバルの新時代を象徴し、全世界で販売される世界戦略車として位置づけられスバルの車造りが大きく変わった。ドライビングの楽しさを徹底的に追求し、エンジン・ボディ・サスペンションすべてが一から考え出された新型車。レガシィツーリングワゴンは、一大ワゴンブームを巻き起こした。レガシィとは、英語で「大いなる伝承物」を意味する年代:1989年~ |
| 資料番号 | 00011 |
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| 情報所有館 | スバルビジターセンター |
| 特徴 | 背高系軽乗用車という最大ボリュームゾーンに向けて、スバルが送り出した軽自動車。振動の少ない4気筒エンジンと、新開発i-CVTによる走りのよさに加えて、お子様のいるご家庭も満足いただけるようにインテリアの使い勝手に工夫を凝らしている。使いやすい機能を満載し「楽しい関係空間」を作りだした。2006年~ |
| 資料番号 | 00012 |
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| 情報所有館 | スバルビジターセンター |
| 特徴 | アメリカで企画され、1977年から日本(群馬製作所本工場)で生産された2シーターのレクレーショナルビーグル。輸出専用車として北米や豪州で販売されたが、日本国内では正規に販売されることはなかった。荷台には、補助シートやFRPカバーが用意され、1981年にモデルチェンジしたときには、ガラス・ハッチルーフも装備された。年代:1977年~ |
| 資料番号 | 00013 |
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| 情報所有館 | スバルビジターセンター |
| 特徴 | 2003年秋の東京モーターショーで発表された、次世代型ハイブリットカー。環境性能と走行性能と高次元で融合した新世代のドライバーズカーとして誕生。時速80km前後までの実用領域の大部分を高性能モーターで駆動する、SSHEV(シーケンシャル・シリーズハイブリット電気自動車)と名づけられた新開発のハイブリット方式により、スムーズな加速と優れた燃料性能や環境性能を実現。年代:2003年 |
| 資料番号 | 00014 |
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| 情報所有館 | スバルビジターセンター |
| 特徴 | 2003年秋の東京モーターショーに出品された、都市型電気自動車。高度な高性能電池の特性を活かすことで、都市型ミニカーの理想系であるZEV(排出ガスゼロのクルマ、ゼロ・エミッション・ビーグル)として完成させた。年代:2003年 |
| 資料番号 | 00015 |
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| 情報所有館 | スバルビジターセンター |
| 特徴 | 中島飛行機からの技術者達が飛行機作りの優れた技術を活かして、高性能な小型乗用車「すばる1500」を完成させた。モノコックボディやウイッシュボーンタイプの独立式サスペンションなど画期的な先進機構を採用。しかし、諸般の事情で発売されず「幻の名車」として後世に伝えられている。そこで培われたクルマ作りの経験は、「スバル360」に引き継がれていった。 |
| 資料番号 | 00016 |
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| 情報所有館 | スバルビジターセンター |
| 特徴 | スバル360を開発した当時の石膏実寸大モデル。日本の自動車界でも大変貴重な財産として扱われている。 |
| 資料番号 | 00017 |
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| 情報所有館 | スバルビジターセンター |
| 特徴 | 日本初の技術の粋が込められた車。量産車初のラジアルタイヤの採用・ツインキャブレター・ラジエーターファンを持たない冷却システムを採用している。フロントブレーキはインボードディスクブレーキシステムという、通常タイヤの内側にあるブレーキをトランスミッションの両側にレイアウトしバネ下荷重を最大限に小さくした特徴を持っている。1965年~ |
| 資料番号 | 00018 |
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| 情報所有館 | スバルビジターセンター |
| 特徴 | 開発段階で、カーブ時の異音が問題となっていた。発売6ヶ月前に世界初の「ダブル・オフセット・ジョイント」を開発、異音問題が解決した。以降、日本の前輪駆動車はこのシャフトで育っていったといえる。 |
| 資料番号 | 00019 |
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| 情報所有館 | スバルビジターセンター |
| 特徴 | 昭和22年に生産が開始され、ラビットの愛称で爆発的な人気となった。50万台記念号。1947年~1968年までに63万7千台あまりを生産し、1968年、21年間の生産を終了した。年代:1947年~ |
| 資料番号 | 00020 |
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| 情報所有館 | スバルビジターセンター |
| 特徴 | 水平対向エンジンに代表される、スバルの歴代車に搭載されたエンジンのカットモデルを紹介。 |
| 資料番号 | 00001 |
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| 情報所有館 | 日産エンジンミュージアム |
| 特徴 | 7型エンジンのルーツは日産自動車の前身のダット自動車製造(株)が、1929~1930年に小型乗用車DAT91型用に開発した、直列4気筒、排気量495cc、サイド・バルブ式エンジン。1935年に排気量を722ccに拡大し、7型となり小型車・ダットサン14型に搭載。1935年は日産自動車横浜工場が日本ではじめて自動車一貫生産方式で操業を開始した年で、7型エンジン生産用に米国から当時の最新の生産技術と多数の生産設備が導入された。保存している7型5640号機は1935年の横浜工場製。年代:1935 |
| 資料番号 | 00002 |
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| 情報所有館 | 日産エンジンミュージアム |
| 特徴 | 日産自動車は、1937年大型トラック分野に進出するため、米国グラハム・ページ社から大型車用エンジンの設計図面と生産設備一式を買収した。このときのA型エンジン(直列6気筒、排気量3670cc、サイドバルブ式)をもとに、1955年に排気量を3956ccに拡大。1959年にはバルブ駆動方式を高速・高出力型のオーバー・ヘッド・バルブ(OHV)式に変更して、新型ニッサン・トラック680型に搭載。エンジン型式もP型となった。保存しているP型091146号機は1970年の横浜工場製。年代:1970 |
| 資料番号 | 00003 |
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| 情報所有館 | 日産エンジンミュージアム |
| 特徴 | 1957年、日産自動車は英国オースチン車の1H型エンジン(直列4気筒、排気量1489cc、オーバー・ヘッド・バルブ(OHV)式)の国産化生産用に、わが国初のトランスファーマシンを導入。C型エンジンはこの設備を使って1H型の排気量を988ccに縮小したもの。この改造設計は技術支援のために招聘中の米人ドナルド・ストーン氏の指導によったのでC型を「ストーン・エンジン」と呼んでいる。C型を搭載したダットサン210型は1958年の豪州ラリーで優勝し信頼性の高さを証明した。保存中のC型06424号機は1957年の横浜工場製。年代:1957 |
| 資料番号 | 00004 |
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| 情報所有館 | 日産エンジンミュージアム |
| 特徴 | 日産自動車は1950年代後半に英国オースチン車の4気筒エンジン(1H型)を国産化したが、その後高速、高出力化の市場ニーズが高まり、1960年に日産独自で直列4気筒、排気量1488ccのG型エンジンを開発し、新型ニッサン・セドリック30型に搭載し発売した。G型エンジンは当時の最新技術を結集し、オースチン車エンジンに比べショートストローク化していることなどでオーバー・ヘッド・バルブ(OHV)式ながら軽量・高速タイプが特徴になっている。保存しているG型59126号機は1962年の横浜工場製。年代:1962 |
| 資料番号 | 00005 |
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| 情報所有館 | 日産エンジンミュージアム |
| 特徴 | 旧プリンス自動車工業(株)の前身、たま自動車(株)は、1952年に最初のガソリンエンジン搭載の中型プリンス乗用車ALSI型を発売した。エンジンは直列4気筒、排気量1484cc、オーバー・ヘッド・バルブ(OHV)式のFG4A型で、富士精密工業(株)が開発・生産した。その後、FG4A型は1963年に新型プリンス・スカイラインS50型に搭載。さらにエンジン型式をG1型と改称。保存しているG1型219801号機は1966年(推定)のプリンス自動車工業・村山工場製。年代:1966 |
| 資料番号 | 00006 |
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| 情報所有館 | 日産エンジンミュージアム |
| 特徴 | 1960年代後半、日本の高速自動車道路網の整備が始ったことに対応して、自動車用エンジンの高速化が進められた。日産自動車でも小型乗用車スカイラインのエンジンを従来のオーバー・ヘッド・バルブ(OHV)式のG1型を置換えるため、高速・高出力型のG15型エンジンの開発に取組んだ。G15型は直列4気筒、排気量1483cc、シングル・オーバー・ヘッド・カムシャフト式(SOHC)を採用、1967年ニッサン・スカイラインS57型に搭載し発売した。保存しているG15型000001号機は1967年の村山工場製。年代:1967 |