シルバーピジョンC-25
| 資料番号 | 00003 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | スクーターの普及期に,延べ20,000台を生産したシルバーピジョン最初のベストセラー。エンジンは,直立単筒サイドバルブ式で,その後のピジョンシリーズの主力エンジンとして活躍。Vベルト式自動変速機を踏襲し,新たにキックスタートを併設。 年代:1951 |
| 資料番号 | 00003 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | スクーターの普及期に,延べ20,000台を生産したシルバーピジョン最初のベストセラー。エンジンは,直立単筒サイドバルブ式で,その後のピジョンシリーズの主力エンジンとして活躍。Vベルト式自動変速機を踏襲し,新たにキックスタートを併設。 年代:1951 |
| 資料番号 | 00004 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | C-25型の発展型であり,エンジン排気量アップ,自動変速機の改良などが図られた。これらにより走りやすく,乗り心地も向上し,スクーターブームを作り上げた。速度計も常装備化された。 年代:1953 |
| 資料番号 | 00005 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | 第2種原動機付自転車(51cc~125cc)のカテゴリー車。エンジンの動弁機構をそれまでのサイドバルブ式からオーバーヘッドバルブ(OHV)式に変更して馬力の向上を図った。点滅式方向指示器を始めて採用。 年代:1958 |
| 資料番号 | 00006 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | 排気量をアップして,7馬力と強力になったエンジンを積む。前輪にブレーキを新装備し前後サスペンションには油圧ダンパーが装着され,走りやすく乗心地も向上したC-90型の発展型である。 年代:1956 |
| 資料番号 | 00007 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | C-83型の発展型で第2種原動機付自転車の最高級仕様のスクーターである。キックスタートからセルボタンスタート(ダイナスターター)に変更し女性に好評であった。前輪ブレーキを追加するとともに,初めてブレーキ灯も採用した。 年代:1959 |
| 資料番号 | 00008 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | 新しい概念のライトスクーター。エンジンは,2サイクル87cc水平搭載した。ボデー部品に樹脂財を多用することで軽量化を図った。タイヤは,8インチから12インチにサイズアップし,操縦安定性が向上された。 年代:1962 |
| 資料番号 | 00009 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | スクーターの全盛期にいっそうのデラックス化が進み,従来の開発思想を一新した大型スクーター。このためエンジンはオーバーヘッドバルブ(OHV))式とし,駆動方式には初めてドライブシャフトを採用した。最高速度も95km/hと大幅に向上した。 年代:1960 |
| 資料番号 | 00010 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | 前輪カバーと泥除フェンダーを一体化した近代的スタイルのスクーター。2サイクルエンジンを搭載。10インチ化されたリヤホイールは片持ち支持となっている。ボデーカバーはポップアップ式を初めて採用した。 年代:1963 |
| 資料番号 | 00011 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | 1946年のC-10型登場以降,三菱のスクーターは性能・スタイルの向上によりヒットを続け,長期にわたって高いシェアを記録したが,1964年に製造・販売を打ち切った。展示車は,初代デボネアのデザイナー,H.ブレッツナー氏によるアメリカンスタイルのC-140型で,シルバーピジョン最後のモデルとなった。 年代:1964 |
| 資料番号 | 00012 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | 日本初の量産乗用車として1917年(大正6年)に製作を開始。当時,自動車先進国であった伊フィアット車を参考に,三菱造船(株)神戸造船所で1921年迄に試作を含め22台製作。展示車は,当時の資料をもとに1972年に復元したもの。 年代:1917 |
| 資料番号 | 00013 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | 日本初のフルタイム4WD車。1935年陸軍自動車学校向けに,三菱重工業(株)神戸造船所で試作された。(1台2万円) この展示車は,1988年にパジェロをベースに作ったレプリカです。 年代:1935 |
| 資料番号 | 00014 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | 戦後,日本における外国乗用車組み立ての第1号。1950年に東日本重工(株)がカイザー・フレーザー社と提携,1951年6月から川崎工場で4気筒車をノックダウン。1952年,三菱日本重工(株)に改称すると同時に,6気筒のデラックス車を追加。この車はその同型車。1954年1月までに,502台を組立てた。 年代:1952 |
| 資料番号 | 00015 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | 1957年当事,自動車メーカーは大型プレス設備を持たず,三菱の設備と航空機生産技術を活用した。ヒルマン・ミンクスは,1953年いすヾ自動車(株)が,英国ルーツ社と "ヒルマン・ミンクス" の製造技術援助契約を結び,ノックダウン方式により生産を開始した。ボデーの生産は,新三菱重工業(株)が引き受け,1957年3月~1964年4月ヒルマンサルーンのボデーを43,039台,1958年11月~1964年11月ヒルマン バンのボデーを 7,255台生産。そのほか,ダットサンDB型,トヨペットRHN型なども三菱の大型プレス設備と航空機生産技術を活用した。 年代:1958 |
| 資料番号 | 00016 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | 通産省の「国民車構想」に呼応し,三菱が第2次大戦後初めて手掛けた量産四輪乗用車。安価で本格的なコンパクト・ファミリーカーを目指し,三菱の技術力を駆使して1960年に世に送り出された。合理性を追求したシンプルデザインで,当時39万円という低価格で発売。日本で初めて風胴実験を実施したモデルでもある。駆動方式はリヤエンジン/リヤドライブ。道路事情の悪い日本でも快適に走れるようサスペンションには4輪独立懸架方式を,またボデーには堅固なモノコック構造を採用した。モータースポーツにも参戦し,1962年の第9回マカオグランプリレースのAクラス(750cc以下)で1~3位を独占した。 年代:1960 |
| 資料番号 | 00017 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | コルト600は,三菱500の後継として1962年に登場,「コルト」の名を冠した初めての車。三菱500の経済性はそのままに,軽快なスタイルの5人乗りとし,パワーアップしたエンジン,コラムシフト,ベンチシート,拡大されたトランクスペースなど,商品力を向上させた。展示車は,1964年から1991年まで27年間27万Km愛用された車両を,御寄贈いただいた当時の姿を残したまま展示している。 年代:1962 |
| 資料番号 | 00018 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | 第9回全日本自動車ショー(1962年開催)では,スポーツカーが焦点の一つとなった。自動車の普及にともなって,そのスポーツ性が見出される中にあって,国内各自動車メーカーから多数のスポーツカーが出品された。待望のスポーツカーの人気は高く,三菱自動車も真紅のコルト600コンバーチブルを参考出品し観衆を魅了したが,市販には至らなかった。展示車は,1991年にコルト600(RR)のボデーを使用し,’90ミニカトッポ(FF)のシャシーに載せて復元したものである。 年代:1962 |
| 資料番号 | 00019 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | 1959年に発売された,三菱で最初の軽自動車で三輪車。トラック・バンともに,積載量は300kgで,主に都市での小口配達用として大流行。1962年に生産が打ち切られるまでに総計約28,000台を生産・販売した。2灯式ヘッドランプ,オールスチールキャビンなどの特長があった。日本に5台現存していることが確認されている。 年代:1959 |
| 資料番号 | 00020 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | 1946年 (昭和21年) から三菱重工業水島機器製作所 (現弊社水島自動車製作所) で量産されたオート三輪トラック。他社の三輪車にはなかった風防が前面に取り付けられ,頭上には幌を張った屋根付。エンジンは,単気筒 744cc。“MEW“とは,MIZUSHIMA ENGINEERING WORKSの略です。年代:1946年 |
| 資料番号 | 00021 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | 「みずしま号」は終戦間もない1946年試作第1号を完成,翌年5月にTM3型を発売,1962年にTM18B型で生産を打ち切るまで35車種,総計約91,000台が世に送り出された。トラックタイプだけでなく,8人乗りの三輪乗用車やライトバン型など時代を先取りした企画センスも好評だった。三輪車業界では初めての幌や,航空機技術を活かした風防,フロントオレオフォークを採用,他社とはひと味違う特長を備えていた。展示車は,1955年のTM6D型で,四国で消防車として活躍していたもの。 年代:1955 |
| 資料番号 | 00022 |
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| 情報所有館 | 三菱オートギャラリー |
| 特徴 | 1962年に発売された三菱で最初の軽乗用車。1961年に発売し大ヒット作となった軽ライトバン三菱360(LT20型)をベースに製作されたフロントエンジン/リヤドライブ車。車体前部は三菱360と同一タイプをとりながら,より乗用車的にまとまったデザインに工夫されている。車体後部は思いきったクリフ・カットを採用,4人がゆったり座れる室内空間だけではなく,軽乗用車最大のトランクスペースを実現した。発売間もなく月平均販売台数800台を記録する人気を博した。 年代:1962 |