炭火アイロン
| 資料番号 | 00012 |
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| 情報所有館 | 五十嵐健治記念洗濯資料館 |
| 特徴 | 明治期、焼き鏝や火熨斗の後に使われだした炭火アイロン。空気を取り入れる穴とエントツがついており、その形は軍艦のとがった前頭部に似ているため「軍艦ゴテ」と呼ばれていた。 |
| 資料番号 | 00012 |
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| 情報所有館 | 五十嵐健治記念洗濯資料館 |
| 特徴 | 明治期、焼き鏝や火熨斗の後に使われだした炭火アイロン。空気を取り入れる穴とエントツがついており、その形は軍艦のとがった前頭部に似ているため「軍艦ゴテ」と呼ばれていた。 |
| 資料番号 | 00013 |
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| 情報所有館 | 五十嵐健治記念洗濯資料館 |
| 特徴 | 昭和33年(1958年)製造の日本製水洗い用洗濯機械。構造は近年のドラム式洗濯機と同じであるが、内胴が木製になっているため、繊維を傷めにくいといわれていた。 年代:1958 |
| 資料番号 | 00014 |
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| 情報所有館 | 五十嵐健治記念洗濯資料館 |
| 特徴 | アメリカ製ドライクリーニング機械。引火性のある石油系溶剤を用いていたため、内胴が木製で静電気の発生を防いだ。 |
| 資料番号 | 00015 |
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| 情報所有館 | 五十嵐健治記念洗濯資料館 |
| 特徴 | 明治42年(1909年)発行の洋服の取扱いマニュアル。洋品店や呉服店の宣伝や英語版の説明書きや料金表なども記載されている。 年代:1909 |
| 資料番号 | 00016 |
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| 情報所有館 | 五十嵐健治記念洗濯資料館 |
| 特徴 | 昭和10年(1935年)5月3日より30日まで、白洋舎多摩川工場で「家庭洗濯科学展覧会」が開催され、延べ30,000人の入場者を集めた。昭和10年発行の記録。 年代:1935 |
| 資料番号 | 00017 |
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| 情報所有館 | 五十嵐健治記念洗濯資料館 |
| 特徴 | 昭和14年(1939年)に作られた、北原白秋作詞、山田耕作作曲による「白洋舍の歌」の譜面。 年代:1939 |
| 資料番号 | 00018 |
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| 情報所有館 | 五十嵐健治記念洗濯資料館 |
| 特徴 | 昭和21年(1946年)発行の洗濯に関するデータ集。ランドリーやドライクリーニング設備、仕上げ設備、動力設備などの仕様。生産管理、ランドリー作業、ドライクリーング作業、しみ抜き作業、メンテナンス方法などを記載。 年代:1946 |
| 資料番号 | 00019 |
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| 情報所有館 | 五十嵐健治記念洗濯資料館 |
| 特徴 | 昭和31年(1956年)発行のお客様向けのPR誌。季刊誌で年4回、10万部ほど発行されていた。 年代:1956 |
| 資料番号 | 00020 |
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| 情報所有館 | 五十嵐健治記念洗濯資料館 |
| 特徴 | 繊維素材別のドライクリーニングや水洗い方法、乾燥やしみ抜きの可不可など、取扱い方法の一覧表。現在の取扱い絵表示のさきがけ。昭和35年(1960年)発行。 年代:1960 |
| 資料番号 | 00021 |
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| 情報所有館 | 五十嵐健治記念洗濯資料館 |
| 特徴 | 外交員が携帯した、お客様との営業会話集。一問一答型式になっている。 |
| 資料番号 | 00001 |
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| 情報所有館 | 石川県立航空プラザ |
| 特徴 | 展示の機体は、63番目に製造された機体で曲技展示飛行に必要な排煙装置などが付けられています。宮城県松島基地をベースに全国各地の航空ショーで曲技飛行を披露して国民に親しまれて来ました。平成7年12月の飛行を最後に3代目のT-4型機にバトンタッチされ、退役後は岐阜県各務原市の岐阜基地に移され、各種の実験飛行に使用されていましたが、平成12年7月末で用途廃止になり、当プラザで展示されることになりました。 |
| 資料番号 | 00002 |
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| 情報所有館 | 石川県立航空プラザ |
| 特徴 | 米国ロッキード社が音速の2倍を目指して手掛けた戦闘機です。NATO諸国向けに生産されたG型からFCS(火器管制装置)の爆撃計算部分を取り外して、迎撃専用機としたのが航空自衛隊のF-104J(栄光)です。レーダー誘導ミサイルが使えない対戦闘機戦闘に適していないなどの問題もあり、F-4EJファントム戦闘機に道を譲ることになりました。 展示機は39番目に生産された国産機で、国内でも最後まで飛び続け、昭和57年6月に用途廃止になったものです。 |
| 資料番号 | 00003 |
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| 情報所有館 | 石川県立航空プラザ |
| 特徴 | 山国スイスの小さな飛行場で多目的に使用できるように設計されたSTOL(短距離着陸)機です。機体構造を出きる限り簡単にするため、翼は全て短形、胴体断面も4角。着陸装置も頑丈に作られており、荒地用に車輪間隔も広くして雪ソリ、フロート等の換装も簡単に出来ます。展示機は極地研究所が2機輸入して南極観測に使用した内の1機です。南極の空で約11年間にわたって観測飛行任務についた後、総飛行時間1,757時間で用途廃止となりました。 |
| 資料番号 | 00004 |
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| 情報所有館 | 石川県立航空プラザ |
| 特徴 | 航空自衛隊に1955年(昭和30年)から供与が始まり、アメリカから計60機の引き渡しを受けました。この他川崎重工業でも国産が始まり、1959年3月の生産終了まで計210機(機体番号201から410まで)を生産しました。T-33をライセンス生産したのはカナダと日本だけで、日本は敗戦によって壊滅した航空工業が一躍近代的なジェット機を大規模に量産する能力をつけることができた救世主的機体でもあります。 |
| 資料番号 | 00006 |
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| 情報所有館 | 石川県立航空プラザ |
| 特徴 | 国内に存在する唯一の機体で、昭和37年12月に1機だけ輸入され阪急航空がネパール山岳地の空中写真撮影に使用しました。途中、北海道航空に譲渡され沖縄の島を結ぶコミューター路線を飛んでいましたが、昭和55年1月に除籍となりました。その後約20年間野外に展示されて、荒れるにまかされていたものを「立川に航空博物館を作る会」が譲り受け、在りし日の姿に復元。平成11年3月23日、当プラザに移されて現在に至っています。 |
| 資料番号 | 00007 |
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| 情報所有館 | 石川県立航空プラザ |
| 特徴 | 富士重工業は自社で国産したビーチクラフト社のT-34メンターをベースにLM-1型機を製造しましたが、この機の馬力不足を補うためにエンジンを過給器付きのライカミングGSO-480-BIA6に換装したものがKM-1型機です。この展示機は昭和56年に製造され、海上自衛隊小月航空基地でパイロットの養成訓練に使用されて来ましたが、6100時間飛行して平成7年3月用途廃止となり、同年9月に当プラザに展示されました。 |
| 資料番号 | 00008 |
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| 情報所有館 | 石川県立航空プラザ |
| 特徴 | 空力的に洗練することで有害抵抗を減らし、ローターの羽根を増やして直径をつめる等コンパクトな設計になっており、狭い場所の発着超低空飛行、高速飛行等も優れた性能を持っています。1,434機製造され日本でも陸上自衛隊が観測機として117機を導入しました。その他にもヒューズ500型の名称で民間航空も多数使用しています。 |
| 資料番号 | 00009 |
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| 情報所有館 | 石川県立航空プラザ |
| 特徴 | 当プラザの機体は、川崎重工業で昭和36年4月に国産した機体を愛知県警察航空隊が同年9月に導入、約20年間使用した後中日本航空専門学校の教材として売却され、同校では約7年間使用されました。その後石川県に売却されて当プラザの展示機となったものです。 |
| 資料番号 | 00010 |
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| 情報所有館 | 石川県立航空プラザ |
| 特徴 | 構造上タフなことと優れた飛行特性で定評があり、ルフトハンザ航空などでエアーラインパイロットを育てる訓練機として使用されました。我が国でも航空大学校の訓練機として、1969年から1990年まで19機が使用され、1機も失うこと無く用途廃止されました。ラインパイロットにとっては若い時代に苦楽を共にした思い出深い機体です。 |
| 資料番号 | 00011 |
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| 情報所有館 | 石川県立航空プラザ |
| 特徴 | 当プラザの展示機は、昭和58年3月に三菱重工業において製造され、海上自衛隊館山航空基地で平成7年7月に用途廃止となったB型機です。艦載型でメインローター(主回転翼)が関節式になっていて折りたたみが出来るほか、尾部も折りたたむことが出来ます。胴体は艇体構造になっていて着水も出来ます。 |