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フォード モデルT Ford Model T

資料番号 00048
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 モデルTが火をつけたモータリゼーションは急激に発達、人々のニーズも時代とともに変わっていった。もちろんモデルTもそれに応えるべく、ボディバリエーションを充実させるなど絶えまない変化を続け、'20年代半ばには、対シボレーを考え、バルーンタイヤやメッキグリル、ボディカラーも選べるようになっていった。しかし時はすでに遅く、大衆のなかで生き抜いた偉大なモデルTも、時流に一歩遅れをとり、1927年5月26日を最後に生産を中止されることになった。 1927年
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フォード モデルA Ford Model A

資料番号 00049
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 モデルAの登場は、1927年の10大ニュースにランクされるほどの一大センセーションを巻き起こした。モデルAも実用車という観点においてはフォードの姿勢を完璧につらぬいているが、すべてがまったく新設計のモデルだったのである。大きな変更は、ギアシフト方式の3段トランスミッションや4輪ブレーキなどがあげられるが、エドセル・フォードが採用したスタイリングは上級モデルであるリンカーンに習った魅力的なものとなったのである。 1928年
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シボレー コンフィデレイト シリーズBA Chevrolet Confederate Series BA

資料番号 00050
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 1920年代、フォードとの闘いは激化していた。フォードは'27年にモデルAを発表、シボレーも'29年から主力車種に6気筒をつみ込んで対抗した。こうした実用車の八イグレード化のなかにあって1932年のシボレーは、キャデラックV16をスケールダウンしたような豪華なスタイリングを特徴とした。もちろん、インテリアに至るまて美しく化粧され、装備も充実。大型高級車と違うところはそのサイズのみで、“ベビーキャデラック”の愛称で人々に親しまれた。 1932年
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フォード モデル40 Ford Model 40

資料番号 00051
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 高級化する実用車へ、フォードが出した答えは全てのモデルにV8エンジンを使うというものであった。実際には4気筒も残されたが、1932年にV8を採用したモデルを発表した。V8の利点はパワフルかつスムーズなことだか、コンパクトに収まることからスタイリングに与えた影響も大きい。短いノーズは違和感なく流線型を採り入れることができたのである。1934年のモデルは丸みをおびたボディと傾斜したハート型グリルを持ち、すでに流線型デザインの兆しが見られる。 1934年
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シボレー マスター シリーズDA Chevrolet Master Series DA

資料番号 00052
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 1920年代後半から毎年のようにモデルチェンジを行なってきたシボレーは1934年、マスター・セダンで∨型ラジエターグリルを採用。クロームメッキを多用して豪華さをみせ、低められたボディは早くも流線型をイメージしているほか、構造的には失敗作に終わったがニーアクションによる前輪独立懸架を備えた画期的なモデルであった。注目すべきは、トヨダAA型がこのエンジンをスケッチしたことである。燃費のいいシボレー直6型を選んだことは互換性だけでなく経済的にも正しい選択だったのだ。 1934年
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デ ソート エアフロー シリーズSE De Soto Airflow Series SE

資料番号 00053
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 多くのメーカーがまだ段階的に流線化を行なっていた1934年、クライスラーとデ・ソートが突如として発表したエアフローは、進歩的すぎたため失敗に終わったが、当時の常識をはるかに超えていた。エンジンを前車軸の真上に置いて重量配分を変えたことで拡大した乗り心地のいい室内、現代のモノコックに近いボディ構造など、あらゆる点で画期的だったのである。このデ・ソートのシャシーやボディ構造がトヨダAA型の開発に与えた影響は大きかった。 1934年
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リンカーン ゼファ シリーズHB Lincoln Zephyr Series HB

資料番号 00054
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 1935年に登場したリンカーンゼファはまさしく完成された流線型であった。前開きのエンジンフード、フェンダーに埋め込まれたヘッドランプ、形跡だけをとどめるランニングボードなと美しくまとめられた未来的なデザインはたちまち人気の的となった。とくにモノコック構造から生まれた前後のバランスは絶妙であり、そのスタイリングは、フォルクス・ワーゲンにも強い影響を与えている。この'37年モデルも細かなマイナーチェンジは受けるが基本的にはデビュー時と変わるところはない。 1937年
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キャデラック シリーズ60スペシャル Cadillac Series 60 Special

資料番号 00055
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 1938年のキャデラック・60スペシャルは、実用性を考慮して流線型を応用した最初のモデルであろう。ランニングボードのない、低く幅広のスタイルは力強く、プレスティッジを演出するにふさわしいものだし、なによりトランクルームを設けたことに注目したい。当時、このスタイルはトヨタの大型B型やBC型にも採り入れられたように、現代の3ボックスセダンの基本形がこの時できあがったのである。また、60スペシャルはコラムシフト方式を採用したことでも有名であった。 1938年
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フィアット 500 (トッポリーノ) Fiat 500 "Topolino"

資料番号 00056
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 トッポリーノの愛称で親しまれ、のちにイタリア中を走り回る小ネズミ“フィアット500”は1936年に完成した。当時の技術ではむずかしいといわれた500ccクラスの小型車で、ミニマムななかに充分な居住スペースを確保。しかも4輪油圧ブレーキなど大型車と変わらない贅沢なメカニズムを備えていたことは驚くべきことであり、それまでのように大型車のスケールダウンではなく独自の設計から生まれたことも高く評価できる。 1936年
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シトロエン11B Citroën 11B

資料番号 00057
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 1920年代、通称5CVで大成功を収めたシトロ工ンは1934年に前輪駆動システムを採用した7CVを発表。わずかに遅れて主力である11Bを加えた。シトロエンはFF方式を導入したことで低重心を持つボディ設計を可能にしたばかりか、ワイドトレッドやモノコックボディ、前輪独立懸架など斬新なメカニズムも採用。これらがもたらすロードホールディングは当時のスポーツカーをしのぐものであったし、安定性や乗り心地のすばらしさは、のちのフランス車の特色になったのである。 1937年
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モーリス エイト シリーズⅠ Morris Eight SeriesⅠ

資料番号 00058
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 1930年代に入ってからも、イギリス大衆車は他の欧州車に比べて、大きな進歩はみせなかった。1934年に発表された、このモーリス・エイトも、セパレートフレームにリジッドアクスル、サイドバルブエンジンなど、オースチン・セブンの時代からあまり変化していないのである。もちろんあまりスピードを必要としない国土や保守的な国民性が、複雑なメカニズムを否定したのかもしれないが、最大の要因は整備や手入れをオーナーにゆだねたことであろう。経済的に乗ることが実用車の本質であると考えたのである。 1937年
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フォルクスワーゲン 38 プロトタイプ(レプリカ) Volkswagen 38 Prototype "Replica"

資料番号 00059
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 ドイツでは、ヒトラーの掲げた「匡民車構想」をもとに国をあげて自動車の大衆化が行なわれた。国民車=VW、すなわちフォルクス・ワーゲンが誕生したのである。設計はいうまでもなくフェルディナンド・ポルシェが担当。頑丈なプラットフォームシャシー、スウィングアクスルによる4輪独立懸架、空冷水平対向4気筒OHV、そしてRR駆動の公式がこの時できあがったわけだ。販売は一定額を積み立てていく貯蓄販売という方法が採られたが、第2次世界大戦のため、民間にはほとんど渡らなかった。 1938年
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フォード モデルGPW(通称;ジープ) Ford Model GPW "Nickname, Jeep"

資料番号 00060
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 第2次世界大戦直前の1941年に軍用偵察や連絡を目的として生まれたいわゆるジープは、かつてわれわれの知らなかった新しい可能性を持つ自動車として、さまざまなかたちで人類に貢献した。たとえば、4輪駆動を使うことによって得られる不整地走破能力は生活や行動の範囲を広げたことをはじめ、自動車技術においても高く評価できる。乗用車のように美的な意識を持ってつくられたわけではないが、ボディ各部の機能を目的別にボルトオンしただけの合理的かつ経済的な構造は純粋な機能美を持っているのだ。つまりジープこそ、ヘンリー・フォードがモデルTで出したトランスポーターとしての自動車の機能を徹底的に追求した本来の姿であり、戦後のクルマづくりの基本にもなっているのである。 1943年
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トヨダ AA型乗用車 Toyoda Model AA

資料番号 00061
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 1936年、トヨタ初の生産型乗用車として誕生。当時流行のストリームラインをいち早く採り入れ、理想的な前輪荷重やすぐれた乗り心地を実現したことはきわめて先進的であり、海外とくらべても一歩先を行くものであった。また、生産合理化を進め、自社の技術開発に努めて完成させたことは、歴史的にも大いに注目できるし、当時の自動車生産にも大きな自信を植えつけることになったのだった。 1936年
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トヨタ AB型フェートン Toyota Model AB Phaeton

資料番号 00062
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 AA型乗用車をフェートン形式(幌型)とした軽快なモデルで、スタイルの上では遊びの部分さえ感じさせるが、そのほとんどは陸軍に納められ、一般の手にはあまり渡らなかった。軍用に関してはABR型と呼ばれたが、試作を含めると3種類のタイプが存在。ボディデザインはAA型とはまったく異なる。このタイプは1936年から45年までのあいだに353台が生産され、発売当初の価格は3,300円であった。 1936年
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筑波号(ダットサンの競合車 東京自動車製造株式会社製) Tsukuba

資料番号 00063
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 国産初の前輪駆動車は、オートレースで活躍した川真田和汪氏が1931年に製作した「ローランド号」といわれている。その改良発展型である「筑波号」は、1935年から3年間、東京自動車製造(株)により、セダン、幌型、トラックの3車種かおよそ130台生産された。なお、車名は関東の筑波山に由来している。(大村正敏氏より借用) 1935年
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トヨタ AC型乗用車 Toyota Model AC

資料番号 00064
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 1938年には早くもAA型に続く新型車の設計がスタート。陸軍の要望も含めてAC型として落ち着き、1943年3月から生産に入った。基本的にはAA型と変わらないが、グリルやフロントウインドウを変更した。B型エンジンを搭載してパワーアップを図ったことやインチからミリ寸法に切り換えたことが大きな特徴である。乗用車製造禁止の'44年2月までと、戦後初の外国貿易代表団の足として組み立てられた50台を含めても生産台数は115台にすぎないが、戦後初の国産乗用車である。 1943年
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トヨペット SA型乗用車 Toyopet Model SA

資料番号 00065
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 小型車部門への進出構想からトヨタも1947年、1リッタークラスの小型乗用車SA型を送り出した。流体力学を応用したスタイルもさることながらバックボーンフレーム構造や4輪独立懸架など斬新なメカニズムを多く採り入れ、2ドアを標準としたオーナードライバー向けである。また、発売するに当たり一般公募で決定した「トヨペット」の愛称は、1949年に商標登録されて以来、多くの人々に親しまれて現在に至る。 1951年
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トヨペット スーパー RHN型 Toyopet Super Model RHN

資料番号 00066
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 1953年、それまで1000ccであった小型車規格が1500ccまでに引き上げられたのに合わせて発表されたのがトヨペットスーパーである。Sシリーズから20HPもパワーアップが図られ、性能は格段に向上し、おもにタクシーとして活用された。ボディスタイルは新三菱重工でつくられたこのRHN型のほかに関東自工製のRHK型も存在。トヨタの主力モデルとなったのである。 1953年
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日産 オースチン A50型 Nissan Austin Model A50

資料番号 00068
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 日産自動車も英国のオースチン社と技術提携し、1953年4月からA40サマーセットの国内生産をはじめ、1955年に新型のA50ケンブリッジに切り替えられた。当時の国産車では比較にならないほど快適な乗り心地と優れた走行性を備え、人気も高かったが、なにより提携で得た海外の先進技術を自社のものとして、その後、次々と新しいモデルを送り出したことは高く評価できる。 1960年
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