26,828 件中 4161-4180件を表示
資料画像

ベンツ 14/30HP Benz 14/30HP

資料番号 00028
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 ヒット作ヴェロの単気筒に固執したため、技術面で遅れをとったベンツも、1905年から6年にかけて新しい4気筒車を続々と発表、多くのトライアルに参加して成功を収めた。このスポーティなツアラーは1912年製でカウルを曲面で構成したモダンなスタイルを特徴としているほか、電気式ヘッドランプなど、装備も充実している。またデザインや効率がいいことから、ラジエターグリルが他車へ与えた影替も大きく、しだいに普遍的なものになっていく。 1912年
資料画像

ルノー タイプDJ Renault Type DJ

資料番号 00029
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 初期型のルノーは、現代の自動車のように前方から開閉するボンネットとエンジンの後に置かれたラジエターを大きな特徴としていた。このスタイルの利点は、メインテナンスを容易にしたことだが、武骨なラジエターグリルにかえて流線型を採用、前方視界を確保することもできた。みごとなコーチワークの1913年型タイプDJは高級なリムジンボディを持ち、馬車時代のなごりから運転席と客席は完全に分離、運転手というより御者と呼んだほうがよさそうだ。 1913年
資料画像

パッカード ツインシックス モデル3-35 Packard Twin Six Model 3-35

資料番号 00030
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 パッカードは欧州の最高級車に一歩もひけをとることのないまぎれもない高級車である。なかでも1915年に登場したツイン6は信頼性においても技術面でもアメリカが世界に誇ることのできる最高のモデルであろう。もともと航空機用に開発されたツイン6、つまり∨12気筒エンジンをいち早く量産車につみ込み、アメリカ車初のアルミピストンを採用。優れたエンジン特性はトップギアのまま時速5kmからでもスムーズな加速を可能にしたのである。 1920年
資料画像

ミネルバ 30CV タイプAC Minerva 30CV Type AC

資料番号 00031
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 ギリシャ神話の知恵の女神の名を持つベルギーのミネルバは、全世界の王族や大富豪に愛用され、とくにアメリカ上流階級やハリウッドでは別格のプレステージを誇った高級車であった。女神のマスコットと美しい曲面のラジエターグリルが印象的で、1900年から39年まで存続。各国のコーチビルダーが競って腕をふるい、多くの名車をつくりだした。エンジンは最後までナイト式のスリーブバルブに固執したが、品質のよさと高性能から高い評価を得た。 1925年
資料画像

ピアスアロー シリーズ36 Pierce-Arrow Series 36

資料番号 00032
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 ピアスアローは、パッカード、ピアレスと合わせて“スリーP”といわれたアメリカの超高級車である。その品質や格式の高さは、ロールス・ロイスを上回る厳重かつ贅沢な品質管理のうえに成り立ち、とくに信頼性においては他車を寄せつけないものがあった。さらに、ヘッドライトとフェンダーを一体化させた独特なスタイルをはじめ、パワーブレーキ、油圧タペット、アルミを使用した軽量ボディなど技術的にもすぐれ、すばらしい乗り心地を示したのである。 1927年
資料画像

イスパノスイザ 32CV H6b Hispano-Suiza 32CV H6b

資料番号 00033
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 第1次世界大戦前はアルフォンソXⅢで名をはせたイスパノスイザも戦争中はフランス空軍の主力エンジンの生産に全力をあげた。その経験から1919年、1台の新鋭モデルを生み出すことになった。世界初のサーボ付き4輪ブレーキやOHCヘッドを持つ軽合金エンジンなど進歩的な航空機技術が惜しみなく採り入れられた32CV・H6bである。もちろん、このモデルも'30年代に出現する∨12気筒車のようにフランス的なしゃれたボディが架装されプレスティッジカーの王座に君臨したのである。 1928年
資料画像

デイムラー タイプ45 Daimler Type 45

資料番号 00034
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 イギリス最古の自動車会社であるデイムラーは、工ドワード7世により「御料車」として指定されて以来、戦後ロールス・ロイスにその地位を譲るまで、長い間イギリス王室や各国の上流階級に愛用されてきた。また、納車はストラットストーン社が一手に引き受けていたことも知られている。著名なコーチビルダーによる豪華なボディ架装と大排気量のスリーブ・バルブ・エンジンによる静粛な走行は、超豪華車の代表に相応しいものであった。なお、この車はインドの藩王(マハラジャ)が使用していたものである。 1920年
資料画像

デューセンバーグ モデルJ Duesenberg Model J

資料番号 00035
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 モデルJは、アメリカ最高の多くのコーチビルダーがボディを架装。この時代の豪華サルーンに一歩もひけをとらないし、性能においてもはるかに抜きん出ていた。レーシングカーなみのそのパワーは、腕に自信のないドライバーではおさえつけることができないほどの強靭なパワーで人々を圧倒したのである。2カウルの独特なボディはマーフィ製フェートンで、数あるバリ工-ションのなかでも有名なモデルである。 1929年
資料画像

キャデラック シリーズ452A Cadillac Series 452A

資料番号 00036
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 1930年、キャデラックはV16エンジン搭載車を世界に先がけてデビューさせた。452型と呼ばれるこのエンジンは7.4リッターの排気量を持ち、油圧タペット付きOHVヘッドを採用して、その出力も165馬力。豪華で重いボディをのせながら強力なパワーを発揮した。年間500台程度の限定生産だったが、キャデラックはこのV16によって速さと力と美しさを備えたアメリカ№1のラグジュアリーカーの名声を手に入れることに成功したのである。 1931年
資料画像

ランチア アストゥーラ ティーポ233C Lancia Astura Tipo 233C

資料番号 00037
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 アルファロメオと肩を並べ、スポーツカーの華をさかせたランチアが1931年に発表したアストゥーラは当初、それほどスポーティなモデルではなかった。ところが1933年、エンジンを大型化したことで時にはアルファロメオを破るほど高性能なツーリングカーに成長。1935年以降はピニン・ファリーナなどのカロッツェリアか魅力的なボディを架装して高級スポーツカーの道を選んだ。1936年のこのモデルもピニン・ファリーナの手になるものである。 1936年
資料画像

ロールスロイス 40/50HP ファンタムⅢ Rolls-Royce 40/50HP Phantom Ⅲ

資料番号 00038
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 1935年、ロールス・ロイスはV12気筒をつんだファンタムⅢを送り出した。この∨12気筒は多気筒競争に参加するためのものではなく、長い時間をかけて蓄積した航空機エンジンの豊富な知識や経験を生かしたものであった。サスペンションは前輪独立懸架を採用して、乗り心地と操縦性は大きく向上。ラジエターが前進したことで室内のスペースも大きくなった。この1937年型サルーンは、フリーストン・ウェッブのコーチワークによるもので、そのフィニッシュについてはいうまでもない。 1937年
資料画像

パッカード トゥエルヴ(ルーズヴェルト専用車) Packard Twelve "Roosevelt's Car"

資料番号 00039
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 1915年に登場して一躍'20年代の花形になったパッカード・トゥエルヴは、'30年代に向かって大きな変貌を遂げる。そして、この新しいモデルを語るとき、なくてはならない人物がアメリカ大統領フランクリン・デラノウ・ルーズベルトであろう。彼もまた、パッカードを選び、その信頼性と豪快なパワーに魅せられたひとりだったのである。この専用車は、12気筒がのせられた最後の年、1939年につくられたもので、格式の高いロールソン(ロールストン)がボディを架装。防弾ガラスをはじめ大統領専用の補強は装甲車並みだが、軽快なツーリングボディはルーズベルトの笑顔とともに華やかなアメリカの象徴である。 1939年
資料画像

フォード モデルT(英国製) Ford Model T "U.K.Make"

資料番号 00040
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 モデルTは運搬の道具として、あるいは情報の手段として、広大な国土に暮らすアメリカ人の生活になくてはならない存在であった。生産台数も着実に伸ばし、1911年にはアメリカの総生産台数21万台の約柑%にあたる3万4528台を送り出していた。そして、この年セルデン特許の法廷闘争に勝ったフォードは、それを祝ってイギリスでノックダウン生産を開始。全盛を極めたモデルTは世界中にモータリゼーションを拡げ、1923年からはわか国でも生産された。 1913年
資料画像

ブジョー ペペ Peugeot Bébé

資料番号 00041
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 フランスのプジョーも早くから大衆向けの小型車の開発に努め、1905年、年間400台も販売された画期的な大衆車、最初のベベを完成させていた。そのコンセプトにもとづいて1913年、エットーレ・ブガッティが設計したのかこのプジョー・ベベということになる。ユニークな機構や当時としては極端に小さなエンジンを備えたミニマムなオープン2座はフランスの大衆に自動車の楽しさと便利さを教えたことはいうまでもない。1916年までに3000台以上も生産されたのてある。 1913年
資料画像

シボレー シリーズ490 Chevrolet Series 490

資料番号 00042
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 1916年、シボレーがフォード・モデルTと同じマーケットに送り出したモデル490は、明らかにGMのフォードヘの挑戦であった。490は独特な運転技術を要するモデルTの遊星ギアに対して、日常には使いやすい一般的な3段ギアボックスを採用してきたのである。さらに、OHVエンジンを搭載したこともあって整備性も格段に向上、着実にユーザーのハートをとらえ、1910年代の後半にはモデルTを脅かす存在になっていたのである。 1918年
資料画像

エセックス コーチ Essex Coach

資料番号 00043
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 エセックスは、ハドソン社の小型車部門として1921年にスタートした。特色としては、当初からコーチと呼ばれるセダン型を主生産車としたことだが、標準型がまだホロ型であったその頃のアメリカ車では異例なことであった。しかし第1次世界大戦後から大衆の間で、あがりはじめたセダン型を望む声にいち早く、しかもホロ型に近い価格で対応したエセックスにいちばん脅威を感じたのはやはりフォードであろう。大衆車の高級化はすでにはじまっていたのである。 1923年
資料画像

シボレー スペリア シリーズK Chevrolet Superior Series K

資料番号 00044
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 T型フォードに挑戦してたゆまざる改良を進めてきたシボレーは、よりパワフルによりスムーズにを目標にして、1925年にKシリーズを発表した。そして、2年後の1927年には生産台数でT型フォードを抜き、世界のベストセラーカーとしての地位を確立した。なお、この車はエセックスに次いで箱型ボディを大衆車ベースに導入できた事でも大きな意味を持っていた。 1925年
資料画像

モーリス オックスフォード Morris Oxford

資料番号 00045
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 モーリスオックスフォードはイギリス人のための車づくりをめざしたモーリス社の創立者ウイリアム・モーリスによってつくられた小型大衆車。この車はエンジンなどの主要部品の外注により、製造コストを低く抑えて提供され続け、1913年から1923年までに約15万台生産された。また、個性的なラジエターから「ブルノーズ(牛の鼻)」と呼ばれ、広く親しまれた。 1913年
資料画像

オースチン セブン(チャミー) Austin Seven "Chummy"

資料番号 00046
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 必要なものはすべて揃っているが、それ以外のものは何もない。つまりサイズこそ小さいが大型の実用車と同じ装備や機構を備えたオースチン・セブンこそ英国人にとってのフォードであり、まさに大衆のための自動車であった。1923年から39年までの17年間に約25万台も量産されたロングセラーとしてその信頼性が高く、わが国へも上陸。戦前のオールドダットサンとともに親しまれた。 1924年
資料画像

シトロエン 5CV タイプC3 Citroën 5CV Type C3

資料番号 00047
情報所有館 トヨタ博物館
特徴 「フランスのフォードでありたい」アンドレ・シトロエンの言葉である。彼は創業当時から量産方式を採用、大衆車メーカーを目指して生産を開始した。1922年、大型車の機能と構造をそのままスケールダウンしたヒット作であるタイプC、通称5CVを送り出す。個性的なボートテールからわが国ではセミと呼ばれ、翌'23年にはホイールベースを延長して3人乗りのC3に発展。さらに実用的なものとなったのである。この5CVがフランス大衆車の母体であることはいうまでもない。 1925年
26,828 件中 4161-4180件を表示