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世界初の高性能撮像管(カルニコン)  E5022

資料番号 00071
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 1971年(昭和46)に光導電面に高感度のセレン化カドミウムを使用した世界初の高性能撮像管「カルニコン」の製品化に成功し、電磁集束・電磁偏向のE5022の販売を開始した。可視光全般にわたり高感度を持ち、暗電流が小さく、焼付が無くかつシューティングやフレヤがないなど数多くのすぐれた特性を持ち、工業用から放送用までの幅広い範囲に応用される撮像管である。E5022は小型の18mm管で、機動性を重視した放送用カラーカメラに最適な撮像管として各放送局から評価された。年代:1971年
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日本初の家庭用もちつき機 AFC-154

資料番号 00072
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 わが国では、古くからもちを食べる習慣があり、お正月など季節の行事やお祝い事には欠かせない特別な食べ物であった。1965(昭和40)年代に入り、さまざまな家電商品が普及する中で、どこの家庭でも、手軽につきたてのもちが食べられる「もちつき機」の開発が進められた。 もち米を蒸し終えたら、そのまま同じうすの中で「つく」作業ができることや、もちの「食感」と「ねばり」を出すための工夫など、さまざまな実験を繰り返し、1971年(昭和46)に発売すると大ヒット商品となった。年代:1971年
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世界初のブラック・ストライプ方式ブラウン管

資料番号 00073
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 当初のカラーブラウン管は、デルタ配列電子銃・丸孔シャドウマスク方式だったが、高品位化や、広偏向角化による奥行きの短縮は、コンバーゼンスの調整が難しく、必要な調整回路も複雑で高価であった。これらの問題を解決するため、3本の電子銃をインライン(一列)に配列し、シャドウマスクの開孔を長方形状(スリットマスク)に、スクリーン構造を線状(ストライプ)にしたブラックマスク方式のカラーブラウン管を、1972年(昭和47)に世界で初めて開発した。年代:1972年
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世界初の単管式カラー撮像管  E5280

資料番号 00074
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 家庭用カラーカメラを開発するため、1973年(昭和48)に開発した世界初の単管式カラー撮像管E5280である。これは、色ストライプフィルターを走査線に対して斜めに配置し、周波数インターリーブを採用することで、輝度信号と周波数を共有でき、さらに二つの色信号も周波数インターリーブの関係に保つことで、色信号同士でも周波数を共有できる。単に周波数領域だけで赤青信号を多重していた撮像管方式に比べて、周波数帯域を効率よく利用できる画期的な方式であった。年代:1973年
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世界初のVコード方式VTR KV-3000

資料番号 00075
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 1974年(昭和49)に三洋電機と規格統一を行い、同社とともにVコードグループを結成、チューナ組込みカセットVTRの商品化に着手し、取扱いが簡単で、誰にでも使用できるカラーカセットVTRのKV-3000を開発した。これは録画時間1時間で、世界で初めて1/2インチカセットVTRとして商品化したものであった。テープをカセットに収納しているため、録画テープがビデオレコードパッケジとして取り扱えるほか、カセットが小形であるため整理保管に場所をとらない便利さがある。年代:1974年
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世界初の家庭用単管式カラーカメラ IK-12

資料番号 00076
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 当時、放送局など業務用カラーカメラは高価な撮像管を3本も使い、家庭用として普及させるには著しく困難であった。 そこで考案されたのが周波数インターリーブという技術で、色ストライプフィルターを走査線方向に対して、斜めに配置して撮像管1本で行う方式である。この撮像管を量産化する為に、特別プロジェクトが結成され、開発設計、量産技術の改善に取り組み、1974年(昭和49)に世界初の家庭用単管式カラーカメラ IK-12を発売した。年代:1974年
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日本初の一般照明用クリプトン電球

資料番号 00077
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 現在の白熱電球の封入ガスは主としてアルゴンであるが、このアルゴンより原子量の大きいクリプトンを封入すると、一般照明用電球では、効率が約10%向上する。クリプトンはアルゴンに比べてはるかに高価なガスであるため、製造時におけるガスの使用を効率よく行う必要がある。当社では、電球製造上この高価なガスを効率よく封入する技術を開発したことにより、わが国で初めて一般照明用クリプトン電球の開発に成功し、製品化した。年代:1975年
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世界初の自動車エンジン電子制御マイコン EEC-1

資料番号 00078
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 米国大気浄化法改正法(マスキー法)への対策を急ぐ米国フォード社のエンジン点火タイミング電子制御化計画に呼応して、当社は、1973年(昭和48)に国産初の12ビットマイクロプロセッサー(TLCS-12)を用いた1次完成品の制御モジュールをフォード社に納めた。その後、エンジンルーム内搭載への小型化、耐振動、過酷温度耐性(―40℃~125℃ )や廉価などの要求に対応して、1976年(昭和51年)に世界初の自動車エンジン電子制御モジュールを完成した。年代:1976年
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世界初のテレビ受像機用SAWデバイス

資料番号 00079
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 弾性表面波(SAW)デバイスとは、圧電性基板の上に金属薄膜のすだれ状電極(IDT)の反射パターンが形成された構造で、特定の周波数の電気信号を選択的に取り出すフィルタとして使われている。当社は、1977年(昭和52)世界に先駆けて、テレビ受信機の中間周波フィルタとして、SAWデバイスの量産を開始した。量産化に当たっては、タンタル酸リチュウム単結晶の育成や加工技術の確立と結晶カット角の発見、くし形状電極の設計技術の開発がポイントとなった。年代;1977年
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世界初の日本語ワードプロセッサ JW-10

資料番号 00080
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 1972年(昭和47)に京都大学の協力を得て日本語の構文解析の研究を始めた。1974年(昭和49)に文節の形態素解析を基本とした仮名漢字変換の研究を開始し、1978年(昭和53)に実用的な仮名漢字変換システムが完成した。別途開発した小型・低価格の漢字処理用ハードウェアとコンパクトなOS、スクリーンエディターと一体になり、1978年(昭和53)9月26日に世界初の日本語ワードプロセッサJWー10として発表。この日が「ワープロの日」とされている。年代:1978年
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エジソン炭素電球量産品のレプリカ(電灯100周年記念)

資料番号 00081
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 1879(明治11)年にエジソンが実用的な炭素電球を発明して以来、100年余を経過したが、その間に多くの研究が重ねられてきた。1979(昭和54)年には、炭素電球の発明100周年を記念して各地で記念行事が行われた。またエジソンが炭素電球のフィラメントに京都石清水八幡宮の竹を使用したことにあわせて、当時と同じ石清水八幡宮の竹を使用して、炭素電球のレプリカを当社横須賀工場で製作し、CIE(国際照明委員会)京都大会の会場などで、展示された。年代:1979年
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世界初の電球形蛍光ランプ(ネオボール)

資料番号 00082
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 既設の白熱電球のソケットにそのまま取りつけられることのできる電球形の蛍光ランプ(ネオボール)である。白熱電球に比べると、同じ明るさで消費電力を1/3に節約できる。寿命も約3倍(6,000時間)に伸びている。また放熱量が、白熱電球の1/4以下であるところから、店舗などは夏場の冷房費の節約もできる。この種の電球形蛍光ランプとしては世界に先駆けて商品化したもので、1980年(昭和55)7月の発売以来、生産が需要に追いつかぬほど好評であった。年代:1980年
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東芝ポータブル形日本語ワードプロセッサ TOSWORD  JW―1

資料番号 00083
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 重さ11,5Kgで持ち運びの容易な日本語ワードプロセッサを商品化し、1982年(昭和57)秋から販売を始めた。価格も初めて50万円台を実現し、それでいて入力、出力など日本語文書作成の基本機能では高級機なみのものを備えている。1978年(昭和53)秋に日本で初めて開発した日本語ワープロ JW10に比べて、わずか4年間で体積は1/20、重量は1/15、価格は1/10以下となり、半年間で6千台を販売し、ポータブル日本語ワープロの原型モデルとなった。年代:1982年
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世界初の赤外線反射膜応用ハロゲン電球(ネオハロクール)

資料番号 00084
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 当社は、1983年(昭和58)に赤外線反射膜を応用したハロゲン電球(ネオハロクール)を開発した。耐熱性に優れた透光性赤外線反射膜を、有機金属溶液を用いたディッピング法でハロゲン電球の外面に形成している。この反射膜は、高屈折率膜としてチタニア、低屈折率膜としてシリカからなる多重干渉薄膜であり、ハロゲン電球に応用したのは世界初である。フィラメントから放射される赤外線を再利用することにより、従来のハロゲン電球より大幅な省電力設計となっている。年代:1983年
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世界初のラップトップPC T1100

資料番号 00085
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 業界標準機と完全互換性を持ち、持ち運べるサイズまで小型化したPCなら必ず売れる。こんなアイデアで1984年(昭和59)にラップトップPC開発に着手した。開発者たちにとって不可能とも思えたPC開発だったが、困難を克服し何とか開発できた背景には、小型化のためのキー部品である3,5型FDD、大型LCD、半導体技術などほとんどが社内で共同開発できたことにある。1985年(昭和60)4月に世界初のラップトップPCを最初に欧州で販売した。年代:1985年
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東芝パーソナルワープロ RUPO JW-R10

資料番号 00086
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 1985年(昭和60)に販売された本格的パーソナルワープロで、RUPO(ルポ)の愛称で親しまれた。当時、パーソナルワープロ市場への参入が増加し、機能を絞った10万円を切る機種が続々と発売されていた。この「低価格・低機能」の流れを変えたのが、当社のJW-R10である。24ドット印刷、文節変換入力などの高級機並みの機能を提供しながら、9万9800円という価格で発売され、発売2ヶ月で6万台とワープロ史上空前の大ヒット商品になった。年代:1985年
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日本初の1MビットDRAM

資料番号 00087
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 当社におけるDRAMの歴史は、1973年(昭和48)に1KビットDRAMを開発したときに始まる。1982年(昭和57)から開始された“W作戦”の重点戦略として1MビットDRAMの開発がスタートした。一貫した設備投資による土台作り、技術者の重点配分による技術力強化を行い、1984年(昭和59)に世界に先駆けて開発、翌1985年(昭和60)に半導体技術の国際会議で発表した。1MビットDRAMは、当社の技術を世界的レベルにまで高め、当社全体でもヒット商品の一つとなり、半導体事業の発展の基になった。年代:1985年
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世界初のHDD内蔵ラップトップPC T3100

資料番号 00088
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 1986年(昭和61)に当社が海外向けに発売した世界初のハードディスク内蔵の16ビットラップトップPCである。振動や衝撃に弱く、実現が不可能とも言われた10Mバイト固定デスク(HDD)を1インチの厚みに実装、さらに高性能CPU80286(8MHz)を採用するなど、技術力の高さを米国PCマガジン誌が「The King of Laptop」と称賛した。その後も次々と継続機種を発表して、当社がラップトップPCの世界的メーカーであることを印象づけた。年代:1986年
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世界初の家庭用立体カラーカメラ SK-D37

資料番号 00089
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 撮像部にCCDを使用した超小形のカメラヘッド部を人間の目の間隔に2個並べ、そこから得られる2枚の映像信号を交互にVHS-CタイプのVTRに記録することによって、カメラ1台で立体映像の撮影記録を可能にした立体ムービーを世界で初めて開発した。この立体ムービーは二つのカメラヘッドから得た映像を、フィールド切換回路を介して左右交互に出力し、再生信号は液晶眼鏡と、この眼鏡を駆動する専用アダプタを用いて同期させ、家庭のカラー受像機で立体感のある映像が楽しめる。年代:1987年
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世界最大級の光トリガサイリスタ  SL2500JX21

資料番号 00090
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 光トリガサイリスタは、発光ダイオード(LED)でトリガできるサイリスタで、電気でトリガする従来のサイリスタに比べ、機器の小型化や部品点数の削減で信頼性も向上する。この光信号で点孤する光トリガサイリスタは直流送電用変換装置、無効電力補償装置などに使用される。当社は、1988年(昭和63)に電気絶縁性、耐ノイズ性、信頼性の高い2,500A 6,000Vの光トリガサイリスタを開発した。世界最大級の6,000Vの高耐圧があり、低損失化と高い光トリガ感度および高過電流耐量を実現した。年代:1988年
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