26,828 件中 2541-2560件を表示
資料画像

万能真空管「ソラ」

資料番号 00031
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 海軍の航空用万能五極管として1943年(昭和18)に日本無線のFM-2A05Aが制定された。これはテレフンケン社のNF-2に近い構造を持ち、万能管としての性能も優秀で、機械的に頑丈であったが、量産の点で問題があった。海軍は当社にも生産するようにと要求したが、当時の技術本部長西堀栄三郎(後の第一次南極越冬隊長)は製造の難しいことを理由に了承せず、当時すでに航空機用に使われ始めていた「RH-2」を原型とした「ソラ」の開発に成功し、納入した。年代:1943年
資料画像

万能真空管「ソラ」組立作業教本

資料番号 00032
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 日本無線の万能真空菅(FM2A05A)は、量産が難しく絶対数が不足していた。その為、海軍からの依頼を受け、当社は航空機用として使われていたGT管(RH-2)を原型に、1943年(昭和18)に「ソラ」の開発に成功した。「ソラ」は大量生産できることを前提に設計され、材料も極度に不足している状況から「トタン屋根を剥しても作れる」ように考えられ、素人にもわかり易い製造マニュアルを作成して「新橋の芸者を集めてでも製造可能」と言う優れたものだった。年代:1943年
資料画像

ガラス製水銀整流器

資料番号 00033
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 1947年(昭和22)に製作されたガラス製水銀整流器で、形状から「タコ」と呼ばれた。陰極は水銀溜であり、封入気体は主として陰極より蒸発する水銀蒸気である。この水銀整流器は点弧装置等の付属装置を必要とするため、余り出力電流の小さい範囲はセレン整流器などが使われ、20A以上が適用範囲である。また最大電流容量は当時の製作技術では400Aであるが、欠点はその構造上機械的に弱く、400A以上のものを製作することは困難であった。年代:1947年
資料画像

日本初の5球スパー全波ラジオ受信機 ZS-1007

資料番号 00034
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 全波受信機は、超高級品であるという観念を打破しようと、小型で普及型として1948年年(昭和23)に発売された日本初のスーパーヘテロダイン式全波ラジオ受信機である。当時の米国と同じGT管シリーズを使用した世界標準の性能で、部品に対しても、バンド切換スイッチ、電解コンデンサー、スピーカー等の他、0,01μF程度のバイパスコンデンサーにはチタン酸バリウムの極めて小さなものを使うなど、積極的に最新の技術を取り入れている。年代:1948年
資料画像

日本初の小型撹拌式免税洗濯機  P型

資料番号 00035
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 戦後の洗濯機の生産は、主に進駐軍向けとして再開されたが、価格も高く、とても庶民には手の届かない商品であった。そこで何とか日本の家庭に洗濯機を普及させようと、1952年(昭和27)に価格3万円を切る小型撹拌式洗濯機P型を発売した。また、その年の物品税(贅沢税)の改正で、消費電力が100W以下のこのモデルは日本で初めての免税洗濯機となり、「P型」の愛称で大ヒットした。翌年1953年(昭和28)は、電化元年と呼ばれている。年代:1952年
資料画像

強制空冷3極送信管 8T71R 

資料番号 00036
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 1951年(昭和26)民間ラジオ放送の開始とともに、中波放送機用各種送信管の製作が盛んになり、陽極損失25kWの強制空冷三極管8T71R(文化放送50kW、NHK福岡、札幌の100kW放送機に使用)を完成した。この8T71Rは、RCA―5671と互換性を有する大型強制空冷3極管で、従来この種大型管では、試みられなかったトリウム・タングステン・フィラメントを使用し、グリッドを板封じにし、高周波の動作安定をはかってある。年代:1953年
資料画像

東芝7吋テーブル型テレビセット 73A型

資料番号 00037
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 1953年(昭和28)2月1日のNHK東京テレビジョン局の開局で、わが国で初めてのテレビジョン本放送が開始された。テレビが珍しい時代から、家庭でテレビが使用される時代となり、この目的にそって作られたのが本機で、いわば家庭用の普及型小型テレビセットである。ブラウン管は、7インチ電磁型180C-B4を使用し、使用真空管は16球である。本機は小型にも拘らず、大型同様の性能を有し、家庭用としてのあらゆる条件を備えている。年代:1953年
資料画像

テレビ用角型ブラウン管(静電集束) 14HP4

資料番号 00038
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 当社のブラウン管の歴史は1924年(大正13)に測定用ブラウン管を製作した時に始まった。浜松高等工業学校で進められた高柳健次郎博士の研究も、当社のブラウン管(光電管)を使用して行なわれた。戦後、1953年(昭和28)のテレビ放送の開始に備え、RCA社との技術提携やブラウン管製造部門の整備を行い、角型ブラウン管(電磁集束)14CP4の量産体制に入った。1954年(昭和29)に角型ブラウン管(静電集束)14HP4を完成し、テレビセット価格の低減に寄与した。年代:1954年
資料画像

日本初の計数形電子計算機 TAC

資料番号 00039
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 当社が製作した最初の計数形電子計算機は、1954年(昭和29)3月に東京大学に納入したTAC(Tokyo Automatic Computer)である。当時、マツダ研究所では電子計算機の将来性に着目して、その研究を行なっていた。TACはブラウン管の静電的記憶装置を有し、真空管式の演算回路によるもので、長寿命の真空管7,000本、記憶装置のブラウン管16本、安定電源整流器、制御卓からなる12架1卓の実装回路設計であり、構造設計を完了して、東大に納入した。年代:1954年
資料画像

日本初の自動車用シールドビーム電球

資料番号 00040
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 アメリカ製の自動車前照灯の反射鏡とレンズとを封じ込んだシールドビーム電球は、従来の前照灯に比べて格段の優れた点があるが、国内の状況はアメリカ製品のままでは不都合である。アメリカ製品は左側の対向車に対して眩しさを与えないようになっているが、日本では右側の対向車に対する必要があり、当社は1954年(昭和29)に日本初の全部左側通行用としたシールドビーム電球を発売した。明るく、耐久性が優れていたため、多くの自動車に使われた。年代:1954年
資料画像

国際比較用光度標準電球

資料番号 00041
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 国際比較用光度標準電球は日、英、米、加、仏、独、ソの7ヶ国が製作して、フランスの国際度量衡局に届けるものである。この電球を比較試験して、平均値を国際標準値とし、データを付して各提出国に返還される。日本では当社が電球の製作を担当し、この電球の品質は直接世界各国の技術を代表することとなるので、営利を度外視して技術の粋を集めて製作に当たった。1955年(昭和30)に国際度量衡局から、当社製の標準電球の優秀なことが認められた。年代:1955年
資料画像

日本初の環形蛍光ランプ(サークライン) FCL30W

資料番号 00042
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 蛍光ランプは,直管形として登場したが、その後小形化が強く求められ、当社は1953年(昭和28)に環形蛍光ランプの開発に着手した。当時外国で開発された32Wでは電源電圧が100Vより高く、変圧器を必要とし普及性に間題があった。1955年(昭和30)に完成した変圧器を用いない30W環形蛍光ランプ(サークライン)は電源電圧100Vで使用できるため急速に普及した。この成功は、わが国の住宅照明に蛍光ランプが広く使用されるようになった最大の理由の一つである。年代:1955年
資料画像

日本初の自動式電気釜 ER-4

資料番号 00043
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 1955年(昭和30)に開発した自動式電気釜は、特許の間接三重構造が特徴で、バイメタルとの併用により優れた炊飯特性を持ち、当社の全商品を通じて指折りのヒット商品となった。更に、他の厨房機器の自動化の先駆となった記録すべきものである。その性能・品質・意匠は世界的にも認められ、米国はじめ、東南アジア各地へ相当数が輸出された。また、通商産業省からグッドデザィン賞を獲得するなど、多くの栄誉を得た製品である。年代:1955年
資料画像

日本初の真空管式球形ラジオ 5LE-92

資料番号 00044
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 1956年(昭和31)に「マーキュリー」の愛称で発売された日本初の球形ラジオで、斬新なデザインが大反響を呼んだ。近代的意匠によるプラスチックキャビネット、強力5インチスピーカ採用、無歪出力1Wで小型軽量トランスレス方式。ダイヤルつまみは上部にあり、スピーカは下向きで、周囲どこからでも同じ音量で聞こえ方向性がない。手提げ付で家庭のアクセサリーとして好適で、東芝ラジオの真価を遺憾なく発揮したものである。年代:1956年
資料画像

自動反転噴流式洗濯機 VQ-3

資料番号 00045
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 1953年(昭和28)に噴流式洗濯機が英国フーバー社より輸入されると、一般家庭に驚くべき速さで普及していった。噴流式は洗濯機の側面についたパルセータが1分間に500~700回転という高速で回転し、汚れ落ちがよく、洗濯時間も短くてすんだ。しかし、布地の傷みがひどいため、1957年(昭和32)に当社から、パルセータが30秒毎に左右交互に反転して、噴流式の欠点である布地の傷みを改善した自動反転噴流式洗濯機が発売された。年代:1957年
資料画像

電気冷蔵庫 GR-820

資料番号 00046
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 戦後、電気冷蔵庫は非常に高価であり、贅沢商品とみなされ、物品税も40%という最高課税であった。そこで当社は一般家庭向きに普及を目的として、1954年(昭和29)に低価格のGR-910を開発した。翌年の1955年(昭和30)にはGR-810に生産の主力を移し、性能の向上と価格の低減を図った。これらの製品は好評をうけ、生産設備も逐次増強された結果、1957年(,昭和32)にGR-820などを量産して、欧米の一流工場に匹敵する規模と設備をもつ冷蔵庫メーカにまで発展した。年代:1957年
資料画像

東芝トランジスタラジオ量産1号機 6TR-127

資料番号 00047
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 1957年(昭和32)に東芝製トランジスタ6石、ゲルマニウムダイオード1本を使用した量産1号機ラジオ6TR-127形を発売した。価格は24,000円と高価であったが、シャーシは完全プリント配線を採用し、外装の革ケースをそのままキャビネットとする等、意匠に設計に品質に東芝の技術の結晶として誇り得るものであった。このラジオの発売以降「東芝トランジスタラジオ」と名称を用い、従来の真空管式「マツダラジオ」と区分した。年代:1957年
資料画像

日本初の電気やぐらこたつ

資料番号 00048
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 当社のヒット商品の一つとして、1957年(昭和32)他社にさきがけて発表した電気やぐらこたつである。これは従来のものとまったく異なり、高級朴(ほう)材を使ったやぐらの上部に発熱体を固定し、上部から放射熱を下向きに出す方式である。構造はきわめて簡単で、手もとのダイヤルで好みの温度に調節ができる。しかも、こたつ板を併用すれば,テーブルや食卓になり、移動も簡単で、冬物の暖房器の王者となった。年代:1957年
資料画像

日本初の3インチ撮像管(イメージオルシコン) 5820

資料番号 00049
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 1946年(昭和21)に米国RCA社で、撮像管の決定版ともいうべきイメージオルシコンが発明された。当社もこれに注目し、1951年(昭和26)からマッダ研究所において研究を開始したが、この管は電子管の中でも、もっとも高度の製造技術を要求されるもので、完成には多大な困難が伴った。そこで、NHK技術研究所と共同研究を行い、1957年(昭和32)に初めて外国製品に劣らぬ当社製イメージオルシコソ5820が完成、市販された。年代:1957年
資料画像

東芝14吋白黒テレビセット 14EK

資料番号 00050
情報所有館 株式会社東芝(旧 東芝未来科学館)
特徴 1958年(昭和33)に発売された白黒テレビで、世界で初めて当社が高感度用に設計した新形真空管6R-HH2、6M-HH3をチューナー回路に採用し、12チャンネルどこを廻してもムラがなく、超感度テレビである。その上、Hi-Fi用として設計した25×10cm超大形楕円スピーカーを前面に取り付け、好みの音質で聞ける三段音質切換装置付である。更に、FMラジオ放送を受信するためのFMアダプターTF102形の取付け可能等の多くの特長がある。年代:1958年
26,828 件中 2541-2560件を表示