| 特徴 |
昭和39年7月、東京タンカー(K)から発注された本船は当初125,000DWTタンカーとして計画されたが、港湾設備などの整備にともない運行採算性のさらによいものとすべく最終的に150,000DWT(当時世界最大)と決定され、昭和39年秋に完成した当時横浜第二工場の108,500GT建造ドックにおいて建造された。IHIは大形船の建造に多くの実績をもっており、また132,000DWT型タンカー「日章丸」(佐世保重工業(K)建造、船主:出光興産(K)、昭和37年7月完成)の設計にも参加して超大形船の建造に多くの技術を蓄積していた。しかし、150,000DWTという大形船になると、ひとたび事故を起こして停船をよぎなくされた場合、船主の蒙る損害は莫大なものとなる。また、超大形船の建造には従来の大形船に比し多くのUnknown Factorがかくされている。このため、本船の建造に際しては、各設計部はもとより技術研究所をも加えた全社的な超大形船の検討会を設け、設計から現場工作法に至るまで細部にわたる検討を重ねた。本船は超大形船として扱われている種種の考慮はもとより、単に従来の大形船の思想を受け継ぐだけでなく、さらにそれらを推し進めて大幅な合理化および自動化に重きをおき、超大形船であるばかりではなくその内容も高度の技術を採用したものとすべく多大な努力をはらった。 |