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スシ28形は、1933(昭和8)年に食堂と2等座席の合造車スロシ38000形として登場し、1941(昭和16)年の称号改正でスロシ38形に改番された。戦争で食堂車が廃止となり、調理室を残したまま3等座席車に改造され、マハシ49形となったが、戦後にスハシ38形として復活した。展示車両は1962(昭和37)年、交通科学博物館の館内食堂として利用するため、前年に廃車されたスハシ38形102号車を全室食堂として改造したもので車両番号のスシ28形301号は、廃車後につけられた。
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マロネフ59形1号車は、皇族・貴賓客用として1938(昭和13)年に1・2等寝台緩急車マイロネフ37290形として製造された3両のうちの1両で、1人用個室寝台と初のプルマン式開放形寝台が採用された。1941(昭和16)年にスイロネフ38形に改番され、戦後は進駐軍が接収し、緩急装置を撤去して冷房改造が施されたスイロネ37形となった。返還後は2等寝台緩急車に改造されマロネフ38形、さらに等級改正でマロネフ59形となった。
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ワム3500形は、1917(大正6)年~1925(大正14)年に11,873両製造された大正時代の代表的な15t積み有蓋貨車。登場時の形式はワム32000形で1928(昭和3)年、称号規程の改正によりワム3500形となった。車軸が長軸であったことから戦時中には2,500両が標準軸に改造され、中国に送られた。戦後も引き続き全国で活躍し、晩年は北海道に集約され1970(昭和45)年まで現役を続けた。
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ヨ5000形は、1959(昭和34)年、日本初のコンテナ専用特急貨物列車「たから」のため、ヨ3500形の軸箱支持装置を2段リンク式に改造して最高速度85km/hでの営業運転を可能にした高速貨物用の車掌車。当初は12両が改造されたが、1962(昭和37)年からは新造車も加わり、区分するため5050番代となった。このほかにも、1967(昭和42)年以降にヨ3500形から追加改造された13500番代などがあり、最終的には1,000両を超えた。しかし1986(昭和61)年に貨物列車の緩急車・車掌車の廃止により用途を失い、全車が引退となった。
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EF81形は、幹線の電化が進む中、交流50Hz・60Hz、直流の電化区間を直通走行できる電気機関車として1968(昭和43)年に登場した。貨物から旅客まで、汎用性の高い標準形機関車として1979(昭和54)年までに関門トンネル用のステンレス製300番代を含む156両が製造された。その後、JR貨物が450番代・500番代を新製している。103号機は、僚機5両とともに塗色が変更され、連結器の交換や強化型緩衝装置の装備などを行い、「トワイライトエクスプレス」のけん引機として活躍した。
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スロネフ25形は、「トワイライトエクスプレス」専用24系客車のA寝台車。1889(平成元)年、運転開始に際してオハネ25形2両を、後にオハネフ25形1両を改造して合計3両が誕生した。大阪寄り最後尾に連結され、展望室を備えたスイートルーム1室とロイヤルルーム4室で構成された最も豪華な寝台車で、個室には、ベッドのほかソファーやトイレ、シャワー室があり、定員は6名である。2015(平成27)年の同列車廃止まで活躍しました。
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スシ24形は、1988(昭和63)年、食堂車の廃止で余剰となっていた489系電車のサシ489形を改造して誕生した24系客車の食堂車。車内は豪華な内装に一新されたが、車体や台車は流用したために編成中では異彩を放っていた。当初は、青色のブルートレイン塗装でイベント列車などに使用されていたが、1989(平成元)年、「トワイライトエクスプレス」の運転に際し、塗装や内装など再度改造を受け組み込まれ、「ダイナープレヤデス」の愛称で、2015(平成27)年の同列車廃止まで活躍した。
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オハ25形は、「トワイライトエクスプレス」のサロンカー。1989(平成元)年の運転開始に際し、14系のオハネ15形2両を改造して合計3両が誕生した。屋根まで達する大型窓と日本海の眺望が楽しめるソファーが特徴で、フランス語で「北のサロン」を意味する「サロン・デュ・ノール」の愛称で呼ばれた。またシャワー室、電話室、洗面所、自動販売機などのサービス設備も備わっていた。
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カニ24形は、24系客車の電源車。発電機を搭載し照明、冷房、放送などのための電力を供給した。また、新聞輸送用の荷物室が設けられている。0番代の車掌室は非貫通で左右に傾斜が付けられているのが特徴で、「トワイライトエクスプレス」用には4両が充当された。
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吉田肉腫はしろねずみ(ラット)の腹水がんである。1943(昭和18)年に長崎医科大学で腹水がんを発見した。腹腔内にたまっているネズミの腹水をみるとがん細胞が浮遊して増殖していた。画像左のラットが腹水肝がんAH-130であり、画像右のラットが移植した腹水肝がんAH108である。
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