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釜屋

塩づくりは、かん水槽とつながっている「内あな」から、かん水を「刎ね釣瓶」で桶に汲みあげて、余熱を利用した「湯め鍋」に移してから釜に入れ、沸騰させることで結晶塩ができます。結晶塩を居出し場に移して苦汁を垂れさせ、塩が作られていました。現在は釜屋内にある鍋(2.4m×3m)に、流下式塩田(枝条架)で作られたかん水を入れて煮詰め、結晶塩をつくり、居出し場に移し余分な苦汁を抜いて塩(粗塩)をつくります。ここで作った塩は、入館記念として来館者に配付しております。また。毎週日曜日の午後1時30分頃には、釜焚きの実演をしています。(1987年復元設置)

情報所有館 : 赤穂市立海洋科学館・塩の国 


白沢像

中国の想像上の神獣。6本の角と9つの眼を持ち、 人語を解するという。麒麟(きりん)や鳳凰(ほうおう)と同様、徳のある治政者の時に出現し、病魔を防ぐ力があると信じられていた。こうしたことから、白沢の絵を持っていれば道中の災難や病気をまぬがれると、江戸時代の旅には欠かせない "お守り”となっていた。コレラ流行の時なども白沢の絵が売りに出され、人々はこれを身につけたという。 (江戸後期製作) 48×115cm

情報所有館 : 内藤記念くすり博物館 


経絡人形

中国医学は薬物療法と針灸医学の2本立てである。 「経絡」 という一種の循環路をエネルギーが流れているという考え方があり、その流れの滞ったところを 「経穴(ツボ)」 として、その点を刺激する一種の物理療法である。これはその経路が描かれた人形である。(江戸時代製作) 50cm

情報所有館 : 内藤記念くすり博物館 


伝シーボルトの薬箱

文政6年(1823)に、長崎のオランダ商館付医師として来日したドイツ人・シーボルトの持ち物といわれる薬箱である。残念ながら薬品はないが、外科道具が残されている。(江戸時代製作)

情報所有館 : 内藤記念くすり博物館 


人車製薬機

これは江戸時代に考案されたもので、大きな輪の中に人が2人入って足踏みをし輪を廻すと、歯車が連動し、石臼が廻り、薬草を粉にする仕組みの装置である。この装置は、大坂・江戸・京都・梅ノ木(滋賀県・栗東町) の薬屋にあり、評判であった。これは、その等倍のレプリカである。 ( 昭和時代製作)

情報所有館 : 内藤記念くすり博物館 


聴診器 トラウベ氏式

1819年フランスのラエンネックが紙を筒状に丸めて糸で縛り、膠(にかわ)で固めた聴診器を作った。これは片耳で聴くタイプのもので、後に木製のものが作られるようになった。(製作年不詳)  17cm

情報所有館 : 内藤記念くすり博物館 


体温計/木ケース入り

体温計は17世紀に開発されたとされるが、普及したのは19世紀にドイツのウンデルリッヒが病気の診断に体温測定が役立つことを発見してからである。この体温計は、普通は42℃まである目盛が44℃までつけられている。23×1.5cm

情報所有館 : 内藤記念くすり博物館 


神農像

古代中国の伝説上の帝王・神農が、草木をなめ、その効能を調べ、教えたという故事から、中国では、医薬の神様としてまつられている。わが国でも、古くからの医家ら薬屋を訪ねると、神農像がまつられているのを見ることができる。 (昭和時代製作) 35cm

情報所有館 : 内藤記念くすり博物館 


蒸気風呂

この風呂は蘭方医・江馬蘭斉が考案したもので、大きな樽を2つ重ね、下の桶で湯を沸かすとその蒸気が樽の中にこもる仕組みとなっている。梅毒、リウマチ、神経痛などの治療に用いたという。この風呂は、薬草風呂屋で実際に使われていたもので、蘭斉の時代から数えて3台目のものといわれている。(昭和時代製作) 249×76cm

情報所有館 : 内藤記念くすり博物館 


「精錡水」/岸田吟香

日本最初の液体目薬である。コルク栓のはまったガラス瓶には「精錡水」の文字が浮き彫りになっていて、このタイプはラベルが貼られる以前の古い形である。(明治時代製作)  7cm

情報所有館 : 内藤記念くすり博物館 


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