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月桂冠の酒蔵群

月桂冠酒造群は豊臣秀吉が築城した伏見城の外堀に当たる宇治川派流に面して並んでいる。昔の酒醸造に使用した酒造用具などが保存されており、今も一部分を改装し、酒香房と名付けられて酒造りが続けられている。(1906(明治39)年建造)

情報所有館 : 月桂冠大倉記念館 


名水「さかみづ」

清酒月桂冠の仕込みに使われる水は名水「さかみづ」として大倉記念館構内で汲み出された。水質は、まろやかで適度にミネラルを含む中硬水である。(井戸は1961(昭和36)年に掘り直された)

情報所有館 : 月桂冠大倉記念館 


酒林(さかばやし)

酒屋のシンボルである酒林は杉玉ともいい、その年の新米を仕込んだ新酒の初搾りの際に、新しい緑色のものと取り換えられた。現在は酒の神である奈良県の大神神社で毎年11月14日に行われる醸造安全祈願祭に参拝して授与されるものを掛けることが多い。

情報所有館 : 月桂冠大倉記念館 


伏見の酒造用具類

月桂冠株式会社が所有する京都市指定有形民俗文化財「伏見の酒造用具」6120点のうち、もろみ樽など400点ほどを大倉記念館内に展示公開している。(明治時代から昭和初期)

情報所有館 : 月桂冠大倉記念館 


甑(こしき)

中世に羽釜が発明される以前は、米は炊くのではなく蒸して食べられていた。今でも清酒の製造工程では、米は蒸して使われる。米を蒸す道具の甑は、大きな蒸籠のようなものだが、補強と保温のために縄を巻いてある。この縄の結び目が、杜氏の流派によって違い、これはかつて伏見で活躍した越前杜氏の結び方である。(大正中期頃製作)

情報所有館 : 月桂冠大倉記念館 


狐と狸という名の手桶

醗酵させたもろみを搾るために酒袋に移すのに使う小型の桶。杜氏の流派により、狸という名の桶(右側写真)や狐という名の桶(左側写真)を使用した。(昭和初期頃製作)

情報所有館 : 月桂冠大倉記念館 


大倉式猪口付き壜(鉄道駅売りボトル第一号)

かつて清酒は樽詰であり、焼物の徳利を使用して量り売りで販売されていた。現在のような衛生的な容器入りの清酒を促進したのが月桂冠である。これは、発売当初馴染みがなく、販売が困難だった壜詰清酒を広めるために考案されたコップ付き容器である。鉄道の駅をターゲットとした容器で、これに実用新案登録をして、明治末期には全国約300の駅売店で月桂冠が瓶詰清酒として独占販売された。(1911(明治44)年ごろ)

情報所有館 : 月桂冠大倉記念館 


剪台(かんな刻み機)

阿波池田の中村武右衛門が北海道の昆布切り機を葉たばこの刻みに利用できないかと考え、苦心の末発明したといわれる。積み重ねた葉たばこを圧搾し固形化したものを片端から鉋で削り、細さを自由に加減できることや量産が可能(1人1日3~5貫目(約11~19㎏))なことで当時の刻み業者がかかえていた課題を解決し、たちまち各地に広がり関東にまで普及した。年代:寛政12(1800)年頃 (ひもなど一部は修繕のため交換)

情報所有館 : 阿波池田たばこ資料館 


ぜんまい刻み機

俗にゼンマイと呼ばれた『ぜんまい刻み機』は江戸で開発されたといわれる。葉たばこを刻む機械で刃が手刻みのように上下運動し、同時に送り出しを行うようになっている。剪台にくらべると製品の質が高く、上級製品の製造に使われた。(1人1日1貫目(3.75㎏))また、明治以降の刻み機械の基本的な機構とされた。年代:文化年間(1804)年頃

情報所有館 : 阿波池田たばこ資料館 


摩周丸

津軽丸型(全7隻)の第5番船として三菱重工業神戸造船所で建造された国鉄連絡船(客載車両渡船)。当時の造船技術の粋を集めた高速自動化船で1965年6月15日竣工、8327.71総トン、全長132m、搭載貨車48両(ワム換算)。同年6月30日国鉄青函航路に就航、1988年3月13日青函トンネル開業に伴う同航路廃止により終航。現在、博物館船として函館港で保存・公開。前部グリーン船室、甲板部士官居住区等は展示室に改装されたが、その他の部分はほぼ原型を残している。そのうち操舵室、無線通信室は直接、車両甲板、総括制御室、主機室はネットワークカメラを通じて見学可能。年代:1965年

情報所有館 : 函館市青函連絡船記念館摩周丸 


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