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日本水産魚譜の刊行

1920年、ニッスイ(共同漁業株式会社)は早鞆(はやとも)水産研究会を設置し、海洋生物、漁場調査の責任者であった熊田頭四郎がトロール漁船に乗船し、現場で種々の魚類の色彩・形態の精密な描写をし、天然のままの姿を記録した。これらの魚類の原図「魚譜」は1千余点を数え、戦前には『南洋食用水産図説』『南洋有毒魚種調査報告』などが発行された。さらに戦後の1961年に『日本水産魚譜』が出版された。2011年には『日本水産魚譜 Nippon Suisan Gyofu, Scientific Illustration of Food Fish of the World』が刊行された。

情報所有館 : ニッスイパイオニア館 


クルマエビの養殖研究

早鞆水産研究会は1933年にクルマエビの養殖研究を開始し、同年7月世界初の人工産卵に成功、1939年に完全養殖に成功した。

情報所有館 : ニッスイパイオニア館 


フィッシュソーセージの開発

1946年、ニッスイ戸畑工場で開発が始まったフィッシュソーセージは、1952年に本格的生産を開始した。同業他社の参入もあり、市場はまたたく間に全国に拡大した。

情報所有館 : ニッスイパイオニア館 


洋上すり身の開発

1960年、スケソウダラの豊富な資源量に着目し、北海道水産試験場が冷凍すり身を開発した。ニッスイはこの冷凍すり身の共同研究の成果を踏まえ、北海道水産試験場の技術者の協力を得て、1964年に洋上すり身の事業化に成功した。

情報所有館 : ニッスイパイオニア館 


5t試験転炉

1954年(昭和29年)、当時の新日本製鐵㈱八幡製鐵所が製作したもの。製錬過程においてドロドロに溶けた溶銑(溶融銑鉄)は、転炉の中で炭素や不純物が取り除かれ溶鋼(溶融鋼鉄)へと転換される。転炉とは、銑鉄(せんてつ)を鋼(はがね)に転換する「転換炉」に由来するもの。(敷地内屋外展示)

情報所有館 : 北九州イノベーションギャラリー (KIGS) 


アジア新図

地図の収集・出版者として知られるA.オルテリウス(1527-1598)が、1570年に出版した大地図帳「世界の舞台」の中の1図。地図に見る日本の北端には「BANDOVMIA」(坂東)とあって、それ以北はない。なお、「世界の舞台」は、天正遣欧使節の帰国(1590年)にあたって豊臣秀吉への献上品に含まれていたことが記録に残っている。  製作年1570年。

情報所有館 : ゼンリンミュージアム 


日本島図

オルテリウスの地図帳「世界の舞台」の1595年版に載せられた地図。原制作者は、スペイン王室の地図製作者でポルトガル人のテイセラである。この地図における日本の概形は、それまで西欧で知られていたものからは一新して半島や島々の形が描かれている。地図には、城の絵をかき国名を記している。九州島を「BVNGO」(豊後)と表記しているのは、キリシタンが盛んであった土地によるものであろう。 製作年1595年。

情報所有館 : ゼンリンミュージアム 


日本図1

地図帳(アトラス)の歴史においてオルテリウスと双璧をなすのはヘルハルト・メルカトール(1512-1594)である。本図はメルカトールの「アトラス」の最新版のために彫られた地図の1つで、1606年ホンディウスによってはじめて出版された。1595年に刊行されたオルテリウス/テイセラの日本図を克明に踏襲している。 製作年1606年。

情報所有館 : ゼンリンミュージアム 


アジア図

本図の製作者ファン・ロフォムは、銅板彫刻師でパレ・カルディナル(宮殿)の大広間やパレ・ロワイヤルの第一室の銅板刷りなどが残されている。本図は、オルテリウスの「アジア新図」と比べると中国部分が寸詰まりの感があるが、朝鮮は半島として明示されている。日本の形状はテイセラ型である。日本の南に続く諸島が詳しいのが本図の特色である。 製作年1640年。

情報所有館 : ゼンリンミュージアム 


日本諸島図・長崎から江戸まで

本図は、ダヴェルニエの日本図と呼ばれる。彼は旅行記「6つの旅行」を著し、その中に本図を収録している。本図は、1679年のパリ初版の旅行記集に登場した。長崎出島のオランダ商館長が江戸に参府したときのルートに沿って、土地土地の情報が書き込まれている珍しい地図である。 製作年1679年。

情報所有館 : ゼンリンミュージアム 


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