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1833年に英国のウィリアム・ジョージ・ホーナーが発明した動く絵の玩具で、世界中に広がり大流行した。円筒に縦のスリットを設け、円筒内に動きが連続した静止画を貼り付ける。円筒を回転させるとスリットから見る静止画は人間の眼の残像現象で、動画として見ることができる。円筒を大きくすれば、動画の数を増やすことができ、後に発明される映画の基礎となった。年代1840年頃
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カードを重ねて閉じた本を親指ではじくと、中に描かれたアニメーションが動きだすフリップ・ブックと呼ばれる、いわゆるパラパラ漫画は、幼い頃に誰でも体験したことであろう。この原理をもう少し装置化し、営業用娯楽機として「キノーラ」と呼んで販売した。動きが連続した100枚程度の静止画カードの端面を円柱に貼り付ける。クランクで円柱を回転させると静止画カードが連続した動きに見える。この装置も後の映画へと発展することになる。年代1900年頃迄
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ステレオ・スコープの原理は、初期の写真術であるダゲレオタイプやカロタイプを使って実験が繰り返されたが、思うような立体感を得るには至らなかった。1849年、スコットランドのダニエル・ブリュースターによって発明された「ステレオ・スコープ」は湿板写真以降、ようやく「立体」に見合う写真を見ることができた。1860年代には世界各地の風景や建物を撮影したステレオ写真が販売され、爆発的なブームを呼んだ。本ステレオ・テーブル・ビュアーはクルミ材の台付きビュアーで高さが51センチ。ビュアー内部には50枚のステレオグラムが収納され、取っ手の回転によって連続してステレオ写真を観賞することができる。年代1865年
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英国はマンチェスターのW・I・チャドウィツク社製のステレオカメラで、本体は艶出しされたマホガニー材。携帯性を考慮して、折り畳みができる持ち運びに便利な構造である。感光板のサイズは10.8×16.5センチで、J・H・ダルメイヤによって発明された風景写真用レンズはロータリー式の絞りが付いている。年代1885年
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1910年、国司浩助は当時最も進歩したトロール船建造のため渡英した。1911年、ニッスイ(田村汽船漁業部)は英国で建造し日本に回航した新式のトロール船湊丸で事業を開始した。(契約書作成年1910年)
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ニッスイ(共同漁業株式会社)のグループ企業である戸畑冷蔵で食品の冷凍技術の開発を進め、1930年にイチゴの冷凍方法の特許を取得し、現在の冷凍食品の端緒となった。
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1921年、民間トロール船として日本で初めて、ニッスイ(共同漁業株式会社)の宇品丸、武蔵丸に無線電信装置が装備された。主・副装置ともに1,364 キロサイクルと500 キロサイクルの2種類の電波を発信することができ、火花式でかつ空中線電力は0.3キロワットだった。その後、数年を経ずしてトロール船全船に無線電信装置を装備した。
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1933年、ニッスイ(共同漁業株式会社)は戸畑に無線基地局を開設した。出漁中に絶えず連絡を取り合えるため、海陸間の気象・海象などの情報交信により海難の予防に役立つとともに、沖からは漁獲状況、基地からは各地の魚価を交信して、生産と価格との調整ができるようになった。無線の活用により漁業の合理的経営が著しく進展した。
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1930年、ニッスイ(共同漁業株式会社)は船内急速冷凍装置を開発し、八代丸ならびに5隻のディーゼルトロール船に設置した。これにより漁獲物の鮮度保持が画期的に高まり、商品として規格化が可能となり、市場へ計画的な供給が可能となった。
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