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小松空港の歩み

双発のプロペラ機DC-3型が油をタラしながらゆったりと舞い降りていた古き良き時代から現在までの航空の急テンポな発展を支えて来た小松空港と共に歩んだ翼たちの歴史を紹介しており、昔懐かしい旅客機のパネルが勢揃いしています。また、これらの模型(1/100)も展示されております。

情報所有館 : 石川県立航空プラザ 


小松基地と小松空港の歩み

小松空港の開港と、航空自衛隊小松基地の開設以来の歩みが克明に記録されています。国内の他の空港とは異なった共用飛行場としての位置づけを理解出来ます。写真も組み込まれていますので、時代の流れを目で確かめることも出来ます。

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ピッツS-2B ピッツスペシャル

原型機の設計は、アメリカのカーチス・ピッツ氏で1944年に初飛行しました。その後、小型曲技飛行機として、ロシアのYak50が出現するまで小型曲技飛行機のトップの座を占めていました。展示しているこのピッツS-2Bは、航空自衛隊の戦闘機パイロットから転進し日本人初のエア・ショーパイロットとなったロック岩崎の愛機で、1996年アメリカ・アビアット作られたもので整備すればまだ十分に飛行できる機体です。

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T&A式 GS-8 ジャイロプレーン

ジャイロプレーンは、見た目はヘリコプターに似ていますが、回転翼は駆動されず、飛行する時にはプロペラの動力で前進し、その前進によって起こる相対的な気流を回転翼に受け回転させて揚力を生み出しています。展示機は、福井市の寺井正頼氏から平成27年に小松市に寄贈されたものです。

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先進技術実証機(航空機)スケールモデル

先進技術実証機とは、防衛省技術研究本部が、将来の国産航空機に適用できる先進的な技術を実証するために開発されているステルス研究機です。展示のスケール機は、実物の5分の1の大きさで作られ、平成19年度に北海道広尾郡大樹町の多目的航空公園で飛行実験を行いました。

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YS-11フライトシミュレーター

全日本空輸株式会社が約30年にわたりパイロットやシミュレーター教官及び教官要員の訓練、技能審査員、整備士などの習熟訓練に使用されました。平成13年に当館に展示用として寄贈されました。当館の展示に当たっては設備の都合から動揺(モーション)装置を固定して、窓に4つのモニターを設置し、実飛行さながらの操縦体験をすることが出来るよう改修されています。

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フライトシミュレーター

アナウンスされる音声の指示に従って操縦かんやスロットルを操作すると前の画面が連動し、実際に飛行しているような操縦体験が出来ます。セスナ機、大型旅客機、F15戦闘機、ヘリコプター、ビジネスジェット、ピッツ曲技飛行機の6種類があります。

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子ども広場 ぶ~んぶんワールド

国内最大級の飛行機型大型遊具(飛ぶぅ~ん)及び雲をイメージした雲形クッション遊具(はねるぅ~ん)を備えた子供広場が平成24年にオープンしました。また、小松空港をイメージした滑走路の上をプラズマカーで滑走もでき、大人も子どもも天候・季節に関係なく楽しめる施設です。「キッズスペース」もあり、2歳以下のお子様も保護者の付き添いの下、安心して遊ぶことが出来ます。

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カメラスポット

航空自衛隊の曲技飛行チーム「ブルーインパルス」のT-4練習機及び日本航空のボーイング767旅客機の大型パネルのコックピットの窓から顔を出して実際に搭乗しているような立体的な写真を撮影することが出来ます。

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航空管制シミュレーター

モニター上に現れる日本航空及び全日空の旅客機に着陸許可・離陸許可などの管制指示を出して、空港におけるスムーズな運行を体験することが出来ます。

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小松空港の概要・空港での各種業務の紹介パネル

平成26年のリニューアルにより、1階の小展示場にパネルを展示して、小松空港の施設やそれぞれの組織の役割等の概要を説明しています。また、航空自衛隊小松基地の概要や日本航空、全日空の旅客機運航の地上における各種業務の説明をするとともにクイズ形式で空港に関する勉強が出来るようになっています。

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世界の旅客機ダイキャストモデル

約2500点におよぶ世界の旅客機の金属製ダイキャストモデルで400から600分の1の大きさで精巧に作られています。全ての展示モデルは、もと小松市在住の三浦俊明氏から平成25年に小松市に寄贈されたものです。

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精密スケールラジコンヘリコプター ヒューズ369HS

小松市の村田浩吉氏が製作された6分の1サイズの精密スケールラジコンヘリコプターです。操縦席の細部まで実物そっくりに作られています。長い間中日新聞社の本社ビルに展示されていましたが、当ビルの建て替えに伴い、平成28年に小松市に寄贈されたものです。

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精密ヘリコプター模型 UH-60J(紙製)

航空自衛隊の救難ヘリコプターの20分の1サイズの精密な模型です。展示の模型は、航空自衛隊小松救難隊所属のUH-60Jをモデルに同隊の創設50周年を記念して救難隊隊員が製作したものでほとんどの部分が紙で作られています。

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戦闘機パイロットの服装

航空プラザの上空を飛行しているF-15J戦闘機のパイロットの服装です。飛行服の上に対Gスーツ、救命ジャケット、ハーネス、酸素マスク、飛行ヘルメットを装着しています。航空自衛隊小松基地から無償貸与を受け展示しています。

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ボーイング747 政府専用機貴賓室

政府専用機は天皇皇后両陛下や皇族、または総理大臣など政府の要人が外国を訪問される時に使用される専用の航空機です。平成5年から平成31年3月まで運用されました。約25年間、2機のB-747政府専用機の総飛行距離の合計は約1460万キロメートルです。これは地球をおよそ365周した計算です。展示の貴賓室は、2号機の実物で、B-747の1階一番前の区画に設置されていました。広さは約33平方メートルで定員は5名ですが、実際には一人用の個室で天皇陛下や皇太子殿下、総理大臣などの専用の部屋として使用されました。平成31年3月に退役後、翌年の令和2年6月から当プラザに展示されました。

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ボーイング747専用トーイングバー

小松空港で使用されていたボーイング747ジャンボジェット機専用のトーイングバーです。トーイングバーとは、航空機の前輪とトーイングカーの間に接続する専用器材で、航空機を格納庫からエプロン(駐機場)へ移動させたり、航空機をプッシュバックするときに使用されます。プッシュバックとは駐機している航空機がエプロンから離れて滑走路に向かう際、機体の大きさや空港建物のレイアウトの都合により、機体を後退させて移動する必要が生じる場合があります。しかし、航空機自身の動力で後退することができない場合プッシュバックにより航空機を後退させます。

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F-15戦闘機ウインドシールド

実物のF-15戦闘機のウインドシールドです。風防とも言います。飛行中の鳥との衝突による被害防止の為、アクリル板を重ね厚さを約2.5cmにして強化してあります。展示物を触ることができウインドシールドの厚さや質感を間近に見ることができます。航空自衛隊小松基地から無償貸与を受け展示しています。

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初の国産高級石鹸として発売された「花王石鹸」

花王(株)の創業者「長瀬富郎」は、舶来のブランド石鹸に負けない国産ブランド石鹸の創製を決意し、石鹸職人村田亀太郎・薬剤師瀬戸末吉らの協力を得て、1890年10月に桐箱入3個35銭の「花王石鹸」を発売した。ブランド名は顔も洗える高品質を訴求して「顔」に通じる「花王」とし、発売当初から中国大陸等への輸出も考慮に入れ、東洋第一の石鹸にしようと、桜ではなく牡丹をあしらった包装紙にした。

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「花王石鹸」発売当初の原料調合ノート

花王石鹸発売当時の原料調合ノート。石鹸だけでなく、その後発売された歯磨・香水・クリームなどの原料調合も記載されている。長瀬富郎は花王石鹸製造にあたり、自身で薬剤師瀬戸末吉から必要な化学知識を習得し、香料・色素など薬剤の調合技術をほぼ完全に吸収している。

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瀬戸末吉の薬品調合の技術により製品化された粉歯磨「寿考散」

1891年発売。長瀬商店の発売商品第2弾として発売。袋入り3銭。粉歯磨「寿考散」の外袋は赤で輪郭をとった落ち着いたデザイン、「寿考散」の背景には“まがたま”ふたつが組み合わせてある。寿は長寿を祝うこと、考は老でもあり古来歯の保全が人間の寿命に重大な関係があるものとして名づけられたもの、散は粉のことである。

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練歯磨の草分けとして広く愛好された「鹿印練歯磨」

卵型・つぼ型・楕円型の陶器製の容器入りで、高級歯磨「鹿印練歯磨 卵型」10銭)として1893年4月発売。練歯磨の草分けとして広く愛好された。

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ニ八水

1900年.初代長瀬富郎が自宅に作業場を設けて自ら研究開発した高級化粧水を発売。容器のデザインも長瀬富郎が考案した。

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二代目長瀬富郎のメッセージ「社員諸君に與(あた)う」

1927年12月に22歳で長瀬商会の社長に就任した二代目長瀬富郎は、翌年、欧米視察に出発する。その際富郎は「外遊に際して」「就任の辞」「店員諸君に要求する」の3つを「社員諸君に與(あた)う」の表題で冊子にまとめ、配布した。特に、「外遊に際して」の5つのメッセージは、花王ウェイのバックボーンともいえるものです。

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大量生産・大量販売を目指した「新装花王石鹸」

長瀬商店は合資会社長瀬商会へと発展し、二代目長瀬富郎(創業者初代富郎の嫡子)は、花王石鹸の品質改良に着手するとともに、「大量生産・大量販売」をめざしてドイツから輸入されたクーリングプレスやトンネル式乾燥機を採用し、製造工程を近代化した。そして、1931年3月「新装花王石鹸」を発売する。

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花王シャンプー

1932年.「シャンプー」と銘打った本格的な洗髪剤を発売した。従来の「髪洗い粉」の荒物屋的イメージを化粧的イメージに高め「シャンプー」という言葉の定着にも貢献した。

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月刊「家事の科学」

家事を合理化・能率化する啓蒙雑誌として1937年に創刊。その内容は被服、調理・栄養、育児、衛生・美容、洗濯法など、広く家事全般に及んだ。

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家庭用合成洗剤「エキセリン」

1938年(昭和13)7月に発売した家庭用洗剤「エキセリン」は、50匁(約190g)35銭で、ほぼ同時期に発売された小粒洗濯石鹸「ビーズ」(約210グラム10銭)と比べて3倍強の価格だった。それでも折からスフ(ステープル・ファイバーの略称。人造繊維。昭和10年代に木綿の代用品として広く使用された)の生産と需要が急増しつつあったことが幸いして、「もまずに落ちる」,「スフを傷めぬエキセリン」の宣伝も功を奏して売上げが伸長した。

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カオークレヨンと花王タルカム

花王の油脂技術を活かし、戦時中に製品化された「カオークレヨン」と、汗しらずの「花王タルカム」。石鹸の売上減少を補った商品のひとつで、1941年に発売された。

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合成洗剤の先がけとして発売された「花王粉せんたく」

1951年(昭和26年)発売。昭和26年当時、家庭用合成洗剤は「ソープレスソープ」、すなわち「石鹸でない石鹸」とうたわれていたが、「花王粉せんたく」はこの分野を切り開いた。1個200g50円の赤い袋詰めで、粉石鹸を連想させる名称には消費者に親しみをもってもらうという狙いが込められていた。

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電気洗濯機メーカーとタイアップ販売した「ワンダフル」

「花王粉せんたく」発売2年後の1953年、成分の改良に伴い名称が再検討された。「粉せんたく」「ザブ」「ワンダフル」の三つの名前を候補とし、新聞広告で投票を募ったところ「ワンダフル」が圧倒的支持を得た。こうして「花王粉せんたく」は「ワンダフル」と改称され、1953年4月、合成洗剤「ワンダフル」(1袋50円)が市場に送り出された。赤いパッケージから「赤ワン」と呼ばれ、広く親しまれた。

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粉末中性シャンプーとして発売された「花王フェザーシャンプー」

1955年中性シャンプーとして発売された「花王フェザーシャンプー」は、アルミホイル3g入り2袋綴り10円で売り出された。中性で泡立ちもよく、ポマードを使用する男性にも好評で、大ヒット商品となった。また、東南アジア諸国にも輸出され、現地でも生産された。

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食器・野菜洗い専用「ワンダフルK」

肉や油の摂取量が増え、生野菜をとる習慣が拡がるという食生活の変化に対応し、厚生省は、優れた洗浄力で食器の油汚れをおとし、寄生虫卵の駆除に有効な合成洗剤による食器・野菜洗浄を推奨するとともに、洗剤メーカーに対して食器・野菜洗い専用洗剤の発売を要望していた。こうした背景により、食器・野菜洗い専用洗剤「ワンダフルK」は誕生した。 粉末タイプ1958年発売。

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花王初の石油系合成洗剤として発売された「ザブ」

高度成長期に突入して日本にも大衆消費社会が到来します。合成繊維と電機洗濯機の普及に伴い、粉末石鹸から合成洗剤へと急速に転換していった。高級アルコール系から出発した合成洗剤は、石油系に主力が移っていき、花王も1960年3月に石油系合成洗剤「ザブ」を発売した。

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生活様式の洋風化に対応して発売された住居用洗剤「マイペット」

1960年11月に住まいの洗剤「マイペット」(350cc100円)を発売。生活様式も洋風になり、タイル式の洗面所・浴室やリビングキッチンが増えて、家具調度品も増加してきた。生活様式の洋風化に対応して発売されたのが住居用洗剤「マイペット」です。

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ソフト化第1号台所用洗剤「ファミリー」

日本での合成洗剤のソフト化は台所用洗剤から始まるが、花王では1965年11月、台所用洗剤「ファミリー」を発売している。これは高級アルコールを用いたソフトタイプで、手荒れ防止剤も配合しており、手荒れに悩む主婦から好評をもって受け入れられた。

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化学品から生まれた洗濯仕上げ剤「花王ソフター」

花王では工業用の衣料用繊維柔軟剤を早くから手がけていましたが、皮膚の安全性を第一に考えて開発を進め、1962年2月、業界に先がけて帯電防止・柔軟仕上剤「花王ソフター」を発売しました。経済の高度成長期を迎えて人々の生活も豊かになり、合成繊維の普及ともあいまってファッションも多様化していたこの時期、家庭でも洗濯仕上げに繊維の風合いを重んじる消費者のニーズが芽生えていて、「花王ソフター」は徐々に普及していった。こうして発売された仕上げ剤は、名称に一般名を使用しており同名の類似品が出回ったため、1966年に「ハミング」と改称し、ブランドの確立を図った。

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合成洗剤では落ちない汚れを落とす「花王ブリーチ」

1962年発売の家庭用漂白剤。合成洗剤では落ちない汚れを落とすために開発され、家庭洗剤の幅を拡げた製品だった。この商品は、名称に一般名を使用しており同名の類似品が出回ったため、1966年に「ハイター」と改称し、ブランドの確立を図った。

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濃縮タイプの合成洗濯糊「花王スターチ」

1964年(昭和39)発売。合成洗剤の普及とともに洗濯機でも使いやすい、30倍にうすめて使える、濃縮タイプの合成洗濯糊で、経済的なだけでなく、とけやすく糊づけの手間が簡単、それまでのでんぷん糊のように特有の臭さがないなど、多くの特長を持っていた。この商品は、名称に一般名を使用しており同名の類似品が出回ったため、1966年に「キーピング」と改称し、ブランドの確立を図った。

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ヘアリンス「花王テンダー」

1965年発売。柔軟効果の大きいカチオン界面活性剤を使用した「花王テンダー」は、発売後いきなりトップの地位についた。

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磨いた後も食べ物の味を変えない虫歯予防歯磨「ハロー」

1967年発売。モノフルオロリン酸ナトリウム(MFP)配合の虫歯予防歯磨「ハロー」を発売した。磨いた後も食べ物の味を変えないという特徴が好評で、発売後数カ月で10%を超えるシェアを獲得した。

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毛先きを丸めた「ハローハブラシ」

1968年12月発売。「ハロー」発売から1年後、ハローハブラシは、花王研究陣の1年余りの研究テストを経て生まれた。

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歯槽膿漏予防歯磨「ガードハロー」

1970年に薬効剤アラントイネート配合の歯槽膿漏予防歯磨「ガードハロー」を発売。

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肌を健康にまもる「ニベアクリーム」

1968年、世界40数カ国(当時)で売れているニベアクリームを日本で発売。花王が西独のバイヤスドルフ社と提携して作った世界的な製品。顔や手ばかりでなく、首や背中、腕から脚、ヒジやヒザなど全身の肌をまもるスキンケア専用のクリームとして広く消費者から支持された。

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髪につやのでる「花王フェザーオイルシャンプー」

1969年発売。髪の汚れを落とすだけでなく、髪をしっとり、しなやかにし、洗い上がりにはつややかな美しい輝きが生まれるシャンプーとして売り出した。

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オイル成分配合の「花王フェザーオイルリンス」

1970年発売。花王フェザーオイルシャンプーに続いて、流行のロングヘアーにもぴったりのファッション・リンスとして登場。

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クリームみたいな石鹸「花王石鹸ホワイト」

1970年に発売された「花王石鹸ホワイト」は、新しい製造方法によってつくられるようになった化粧石鹸である。高級クリーム成分セタノール配合し、生地が純白である上に均一ですぐれた品質を有し、従来の化粧石鹸のイメージを一新した。しっとりうるおいのあるお肌を生みだす石鹸として発売された花王ホワイトは、現在まで続くロングセラー商品となっている。

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ロングセラーとなった「メリットシャンプー」

1970年3月発売。ロングセラー商品となったメリットシャンプー。新発売時は、シャンプーするだけでフケ・カユミが止められ、使い続けるうちにフケ・カユミそのものがなくなってくるという特長に加えて、すべてが片手で操作できる機能的な容器もセールスポイントのひとつだった。

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換気扇・レンジのベタベタ汚れに「マジックリン」

1971年発売。汚れを溶かすグリコールAの配合で、換気扇やガスレンジの油汚れを浮きあがらせストレートに苦労なく落とせる洗剤として登場。年末の大掃除には欠かせないものとなった。

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ロングヘアの方に好評の「カオーフェザークリームシャンプー」

1972年発売。卵黄成分(卵黄油・レシチン)を配合、なめらかな感触とミモザの香りが特徴。 髪を優しく洗い上げ、傷んだ髪やロングヘアの方に好評だった。

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