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旭日と富士山を背に画面外に飛び出すよう走るのは、欧州航路強化のため建造された8,500トン級の賀茂丸である。画面右上に、2週1回の運航予定、下部には、ロンドン街のシルエットをバックに寄港地と船会社、日本郵船ロンドン支店の住所が書かれている。簡潔に画面配置された文字とモチーフから想起される欧州航路イメージは、瞬間的に人目を惹き内容がすぐさま把握できるポスターの機能を十分に備え、日本海運の発展の喧伝に申し分ない、イギリスの荷主と旅客に向けた大型の英語版ポスター。 リトグラフ サイズ:152.3cm×102cm 年代:1908年頃
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浅野総一郎により1896年6月2日に創立された東洋汽船は、1898年12月15日サンフランシスコ航路を開設する。この英語版ポスターは、東洋汽船の社旗である富士を逆さにした扇型を髣髴させる画面であり、鉛筆での下書きのうえ彩色されるが塗り残しも多く未完成であることが伺える。黄色に着彩されたファンネル、船体が一部白に塗られていることから画面中央に航行するのは日本丸。画面右側に日本丸・香港丸・亜米利加丸の三姉妹船が見立てとして描かれ、それぞれ手には東洋汽船の社旗も持っている。サンフランシスコ航路開設にかける東洋汽船の意気込みが感じられるポスターである。年代:1897~1898年頃
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日本郵船と紡績業者の連合団体である大日本紡績連合が、インドから輸入する綿花運送について1905(明治38)年1月25日に締結した契約書。日露戦争に伴い、日本郵船はほとんどの社船を政府に徴用され、船腹不足のため孟買(ボンベイ)航路を一時休止せざるを得ない状態であった。このため綿花の安定輸送を目的とし、海運同盟間にあったイギリスP&O汽船、オーストリア・ロイド社、イタリア航運会社三社の船を利用すること、綿花の輸送量が多い場合、外国船社に交渉し傭船をできる旨などが記されている。 年代:1905年
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氷川丸で使用されていた六分儀。2つの物標の角度や天体の角度などを測る光学機器。全円を六分割した円弧の枠をもっているのでこの名が付いている。 製造:株式会社玉屋商店 年代:1946年
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世界初の純電気式小型計算機です。341個のリレー素子を用いて計算をおこないました。今日の電卓と同じ10キー式を採用。 発売時の価格は485、000円でした。年代:1957年 *樫尾俊雄発明記念館の見学は要予約。
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リレー(継電器)式で最初のプログラム機能付き計算機です。6ビット58ステップの命令を6枚の歯車(歯数60、入れ替え可能)であらかじめプログラムしておくことが可能でした。歯車の歯の有無で0又は1の判断をさせてプログラムを組む仕様で、官庁・大学の研究室に多く採用されました。年代:1962年
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初めてソフトウェア方式によるプログラム機能を備えた電卓です。演算・記憶素子にはトランジスタと磁気コアを使用。プログラムは30ステップ。置数以外の12個のキーにそれぞれ数字をプログラム命令として対応させているほか、2ステップの命令を加え、計14種類の命令を使って計算手順を覚えさせることができました。年代:1967年
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大画面ドット表示で任意の関数グラフや統計グラフを表示することが可能なプログラム関数電卓。米国では、数学教育界で学生の数学能力を高めるために、関数電卓を学校に採用する制度を制定するきっかけとなった製品です。年代:1985年
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厚さわずか0.8mmという薄型化技術の結晶といえるカード電卓です。1チップLSI、液晶、ソーラーバッテリーなどをすべてフィルム化することで、薄型化を実現。その革新性とスタイリッシュなフォルムから、米国のニューヨーク近代美術館に永久保管されています。年代:1983年
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