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竜巻盛り付け透かし彫り壺

外面全体にマンガン釉が掛けられている。胴部には波文が透かし彫りの技法でくりぬかれ、盛り付けの技法で竜と雲が施されている。盛り付けとは仕上がった器面に、粘土で作った文様を施す技法で、沖縄ではタックヮーサーと呼ばれている。頚部にはシーサーが盛り付けられている。【壺屋焼/20世紀】

情報所有館 : 那覇市立壺屋焼物博物館 


味噌甕

無釉の陶器で、味噌を仕込んで貯蔵するために用いられた。肩にはヘラ描きで二本筋が、その上には耳が3つ施されている。戦前は多くの家庭で自家製の味噌を作っており、味噌は貴重な貯蔵食品であった。【壺屋焼/20世紀】

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スーチカーガーミ

無釉の陶器で、塩漬けの豚肉を入れるために使われた。肩にはヘラ描きで二本筋が、その上には窯印が施されている。荒焼用の単室登り窯ではそれぞれの窯元の製品をまとめて窯に詰めて焼成するため、窯印をつけてどの工房の製品かわかるようにされているものがある。豚肉は沖縄を代表する食材。戦前は養豚も家庭単位で行われていた。【壺屋焼/20世紀】

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シーサー

シーサーの原形はオリエントやインドに生息していたライオンといわれる。シルクロードを通って中国に伝わる間に姿・形を変えて獅子になり、13~15世紀頃沖縄に伝わり独特のシーサーになった。14世紀頃シーサーは王族の権力の象徴として、寺社や王族の墓などに用いられた。17世紀頃になると、村落の入口などに石獅子が魔よけや火災よけとして置かれるようになった。作者の國場真一(1887~1968)は、陶工達の間でも「彼の右に出るものはいない」と称されるほどシーサーの名工として知られていた。尻を立て威嚇する姿勢や顔を横に向けるスタイルは彼が考案したものといわれている。【國場真一作/20世紀】

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チブルシーサー

壺屋焼の荒焼の製法で作られた頭部(チブル)だけのシーサー。陶製のシーサーが壺屋で作られるようになったのは19世紀末期から。始めに作られたのが荒焼のチブル(頭部)シーサー。そのころ、瓦葺き職人が瓦と漆喰で作る漆喰シーサーも普及していった。大正から昭和にかけて全身像のシーサーが焼物で作られるようになり、戦後は上焼のシーサーなども作られるようになった。現在では、屋根の上や門柱に据えられているシーサーを沖縄の至る所で見ることができる。【壺屋焼/19世紀】

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白土焼締シーサー

白土で成形し焼成した作品。作者小橋川永仁(1922~1977)は、ロクロの技術は父・仁王から、絵付けは兄・永昌から、そしてシーサー作りは國場真一から学んだ。壺屋の伝統を守りつつ新しい技術を取り入れる革新的存在であり、シーサー作りに石膏型を利用したのは永仁が最初といわれている。非常にアイディアが豊富で、シーサー形の灰皿を考案するなど、新しい形の製品を次々と生み出した。壺屋陶器事業協同組合の初代理事長として壺屋焼の発展に貢献した。【小橋川永仁作/20世紀】

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線彫双魚文皿

皿の中央に二尾の魚が、縁には2本筋と連弁文様が線彫りで描かれている。飴釉、濃紺、鮮やかな青色に発色するそれぞれの釉薬を使い分けて画面の構成を行っている。1963年12月に行われた第6回壺屋陶芸三人展出品作品である。濱田庄司は「次郎の魚は笑っている」と評した。金城次郎(1911~2004)は沖縄県真和志村字与儀(現那覇市)生まれの陶芸家。1985年に国指定重要無形文化財「琉球陶器」の保持者(人間国宝)に認定されている。魚文がトレードマークともいえる次郎だが、インタビューで「沖縄は海に囲まれているので、沖縄らしい模様を作りたかった。そこで魚と海老を選んだ」と答えている。【金城次郎作/1963年】

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イッチン魚文皿

器全体に鉄釉が施されている。スポイト状の道具を使い、液体状にした白土で模様を描くイッチンと呼ばれる技法で、魚と波紋が描かれている。また、口縁部にも白土がぬられ、器面全体を引き締めている。底部・高台内には「金次」の刻銘がある。高台には紐が通せるように穴が二つあけられており、壁面に下げる飾り皿としての意図がうかがえる。琉球電信電話公社総裁でもあり、また沖縄民藝協会を支えた人物の1人でもある新里善福の旧蔵作品。【金城次郎作/1960年代】

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指描唐草文双耳壺

口縁に緑釉が、外面全体に透明釉が施されている。外面は白化粧が施されているが、乾く前に指でふき取られ、唐草模様が描かれている。肩には2つ耳が付けられている。【金城次郎作1960年代末~1970年代】

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線彫魚・海老文壺

口縁に緑釉が施されている。外面全体に魚と海老が様々な模様とともに線彫りで描かれており、文様部分は青と飴色の釉薬で彩色されている。【金城次郎作/1970年代前半】

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