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鳴海織部沓形茶碗

重要有形民俗文化財。口径13.8cm。白土と鉄分を含んだ赤土の二種類をつなぎ合わせた沓形の茶碗です。白土には緑釉を、赤土には長石釉をかけて片身替わりにしたものです。文様は赤土部分に白化粧土と鉄絵で描かれます。年代:江戸時代前期

情報所有館 : 瀬戸蔵ミュージアム 


鉄釉十一面観音像

赤津窯加右エ門。高38.7cm。どっしりと立つ大柄な体型や、大きな手足、おたふくを連想させるふっくらとした顔の表情は観音像の造形としては珍しいですが、見る者に大らかで明るい印象を与える良い作品です。全体に鉄釉が施されていますが、顔と両手足は無釉。胎土に鉄を含んだ土を使用しており、全体の色調が整えられています。背中に「慶安四年七月吉日 飽津窯加右エ門」と銘が彫られています。年代:慶安4年(1651年)

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鉄釉敷瓦

穴田窯出土。幅30cm。瀬戸市の北部にある定光寺に建てられた尾張徳川家藩祖徳川義直公の廟所の源敬公廟の焼香殿に使用されたものと同型の敷瓦です。この敷瓦は日本のタイルの黎明期のものといわれ、濃い鉄釉が全面に施され、薄い鉄釉で中央に花文、対角に唐草文が描かれています。年代:17世紀中期

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馬の目皿

口径30.7cm。皿の内面に茶色の鉄系顔料で渦巻き文様が数個描かれているもので、この渦巻き文様が「馬の目玉」のように見えることから後にこの名前がついたといわれています。馬の目皿は一見単調に見えますが、渦巻き文様だけでも千差万別で、その数は3個から10個までと様々です。また、見込み部分に絵の描かれているものもあります。年代:19世紀中期

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松竹梅文石皿

口径27cm。皿の縁が鍔のように突き出た厚手の皿で、この形状は割れにくく、持ち運びが便利という実用性を重視したものだといわれています。石皿は見込みに絵が描かれているものがあり、青色の呉須と茶色の鉄系顔料の二色が必ず使用されています。描かれている文様は、柳、菊、桜などの草木文を始めとして松竹梅、鶴亀、宝珠などの縁起のよいものや判じ絵など多岐にわたります。年代:19世紀中期

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駱駝文行燈皿

口径19.7cm。行燈皿は、行燈の台に置き、その燈火から落ちる油を受けたり、油注ぎを置く台として使用される皿で、別名「油皿」とも呼ばれます。この皿には高台がなく、こぼれた油をこぼさないように皿の縁が立ちあがった形状になっているのが特徴です。行燈皿は、茶色の鉄系顔料で絵が描かれているものが多く、その絵は行燈の灯りでほのかに照らし出されることを考え、落ち着いた雰囲気のものが主流となっています。年代:19世紀中期

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水禽文絵高麗

口径31.6cm。一般的にいわれる絵高麗は中国磁州窯製の白化粧の鉄絵皿などを指しますが、瀬戸では白化粧した素地に鉄系顔料と瀬戸地方独特の赤楽とよばれる顔料を用いて、安南手の獣禽文の絵皿を真似たものをいいます。高麗手ともよばれ、文政5年(1822)に下品野村の加藤定蔵がつくりだしたといわれています。年代:19世紀中期

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染付山水図花瓶

重要有形民俗文化財。伝加藤民吉(初代)伊豆原麻谷 画。高46.8cm。加藤民吉は江戸時代後期の瀬戸村の窯屋。父吉左衛門とともに熱田の新田開発に従事していた際に尾張藩熱田奉行津金文左衛門の指導と援助により南京焼(磁器)の研究を行ない、享和元年(1801)9月、染付磁器の焼成に成功しました。その後、文化元年(1804)に九州へ修業に行き、肥前の技術を瀬戸に伝えて瀬戸の磁器づくりを発展させたことから民吉は瀬戸の磁祖として窯神神社に祀られています。この作品は胴部には山水図、下部には龍が描かれ、底部には尾張を示す「張」の染付銘が記されています。年代:19世紀前期

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染付山水図三段重

重要有形民俗文化財。伝 加藤忠治。高さ18.3cm。加藤忠治は江戸時代後期の瀬戸の窯屋で、享和元年(1801)、瀬戸において最初に磁器生産へ転じた十六家に名を連ねました。また、染付焼茶碗を12俵(約1200個)を尾張藩の蔵元へ最初に納めています。忠司の作品は山水画に巧みで、良質の呉須を豊富に使用することから、発色が鮮やかで、瑠璃釉に近い色合いが特徴です。年代:江戸時代後期

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染付花鳥図獅子鈕蓋付大飾壺

初代 川本桝吉。高さ96.0cm。川本桝吉は瀬戸で「竒陶軒」と号し、三代にわたって陶磁器生産を行った窯屋。初代は、安政4年(1857)に同村の窯屋四代川本半助の婿養子となり、五代半助を襲名しました。文久2年(1862)分家し、輸出向け製品の他、博覧会向の作品も多く製作し、国内外で高い評価を得ました。本作品は、ドイツからの里帰り品で瀬戸市指定文化財です。南画系の繊細な染付画は当時の瀬戸染付の特徴です。下部の龍は注口となっており、ドイツではワインを入れる容器として使われたと伝わります。なお、染付銘から、明治9年(1876)に開催されたフィラデルフィア万国博覧会に出品されたと考えられます。年代:明治9年(1876)頃

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